四話 湖上の古城
「リーマン騎士、か」
「は?」
「いや、何でもない」
じゃあ現実世界なら、王様が奥様ってわけか。なんか世知辛いな。
あまり想像したくない未来に絶望的となった。
誰もがなりたくないと成長し、その運命には逆らえないのか。
「お主はすでに、そうなっとるがの」
「久しぶりに出やがったな。つーか、心を読むなよ!」
「お主の考えなど、すぐに分かるわ」
「また、神様?」
「……ああ」
「ルゥトよ、妾をコロナと呼ぶ権利を与えただろう」
「あ、そうだったね」
あのルゥトが苦笑いをしている!? よっぽどのキャラだと見て分かる。
コロナって、個人に言葉を出せるのか。おれにも聞こえたが、ウィズには聞こえていなくて首を傾げた。
「あの、コロナさん」
「呼び捨てで構わぬ」
「じゃあ、コロナ。てめぇは何のつもりでここに、おれを連れてきた?」
「貴様はダメだ。コロナ様と呼べ」
「……このやろ」
前は呼び捨てでもスルーしてたじゃねぇか。ルゥトがアワアワとしていて、おれはイライラして、ウィズはムカムカしている。
仲間外れみたいなものだからな。もう、おれはコロナとは話さないと決めた。
「ここから古城は遠いのか?」
「……そんなことないわよ。もうすぐ、見えるはず。ただ、霧に囲まれてるから外観は分からないわ」
急に話しかけられたウィズは驚きながらも答える。少し毒が抜けたのは、弱味を見せたからだろう。決して好意ではない。
「じゃあ、古城前で腹ごしらえしとくか」
「そうね。けっこう歩いてきたし」
「セントラルで、パーンムと保存食貰っといて助かったな」
水に浸けとくと、スープになる乾物のようなものを貰った。そのまま食べても美味しいと聞いたから、楽しみだったりする。
「ルゥト、そんな奴無視してさっさと行くぞ」
「そんな奴とはなんじゃ! 勝手にその小娘と仲良くなりよって!」
「勝手にって……、仲間なんだから仲良くするのは当然だろ」
「……トウカ」
「……まさか、今の聞こえてた?」
「……ああ」
ウィズが熱っぽい声を上げ、機械のように首を向けると、少し俯いていた。耳が少し赤いのは間違いなく照れからだろう。
「っ、勝手にするが良い!」
何を怒ってるんだ。もう声が聞こえないため、いなくなったんだろうが、突然現れて突然いなくなるのは止めてほしい、切実に。
「んじゃ、行くか」
「トウカ、コロナにもう少し優しくしてあげてよ。寂しいんだよ、きっと」
「それはないな。あいつに限って寂しいという感情はない。人を道具にしか見てなくて実験台としか思ってないからな」
「……そうかなぁ。コロナ、トウカのこと好きだと思うんだけど」
「気味悪いこと言うなよな。鳥肌が立つ」
聞こえるか聞こえないかの音量で話すルゥトだが、おれの耳にはしっかり入り、ぞくりとした寒気に腕を擦る。
あいつがおれを好きとか、天と地が逆さになろうとあり得ないから。
目的の古城までは、そう遠くはなかった。
「湖上の上の古城か。まさか、作った方もそうなるよう計算したとか」
「それはないと思うよ」
「それはないわね」
「二人揃ってツッコミするなよ」
自分でも寒いことくらい理解してるさ。でも、本当に湖上の上にあって、湖の蒸発した霧なのか古城に纏っていて厳かな雰囲気を醸し出していた。
「中に入る前に飯を済ますか。埃だらけの中で食いたいとも思えねぇし」
「そうだね」
「遠足みたいだな。おやつは300円までよーってさ。帰るまでが遠足ですって……いつになったら帰れるんだか」
「……えんそく?」
「トウカって、本当に異世界から来たのね。いつかは……帰っちゃうのね」
「なんだよウィズ、寂しいのか?」
「ばっ、バッカじゃない? そんなわけないわよ」
「ふぅん」
「……なによ」
興奮したかと思えば、急にジトッとした目で声を低く聞き返すウィズ。弱いところも見たせいか、不愉快になれなかった。
「さっさと食うか。もう、あいつら来ててもおかしくないからな」
「じゃあ、まずはパーンムを食べよっか」
ルゥトがバスケットから取り出したパーンムは前に食べたものとは違い、タマゴのようなものが入っていた。ふわふわにしたスクランブルエッグで、タマゴよりも味は濃厚で、甘みは少なかった。口当たりが良くてタマゴサンドよりも好きな味だった。
「これも美味いな。ガツンとしてないけど、繊細な味で忘れられないくらいだ」
「ボクはこっちのパーンムの方が好きかな」
食える時に食っとかないと、いつ食えるか分からないし、力が入らなくなる。
本当は、魔物でのことで食べる気はなくしていた。食事のタイミングとかは周りに合わせるべきだし、気持ち的には食べられなくても胃は正直だった。
「アッサリ食えちゃうもんだな」
「ん?」
「いや、正直さっきの魔物のこと引きずってる」
「……仕方がないんじゃない? 今回が初なんだから」
「なんか、ウィズ優しくなった?」
「そっ、そんなことないよ」
ルゥトの小首をコテンと傾げて聞くため、思ったよりも至近距離に顔があってウィズは顔を赤くして否定をした。
「でも、そうだよね。ボクも、たぶん自分の手で……気分は良くないよ」
パーンムを食べ終えて、バスケットを片付け始めた。ルゥトはバスケットを返すことも考え大事に扱うことにし、医療品をバスケットの中へと入れた。
二重の箱になってるが、いざというとき邪魔にならないか心配だ。
「この古城さ、おれの城にしたいな」
「え?」
「は?」
おれの突拍子のない言葉に二人は揃って変顔をしていた。そんなにバカな発言してるわけじゃないんだがな。
「ほら、領主ってか城主がいないなら誰がなっても良いわけだろ? ここを拠点にしたら便利じゃね?」
「……誰かがなるのに、必要なものはないから良いんだろうけど」
「で、でもさ、城とか、町長とか市長とか、一番偉いんだよ? よそのところから攻めてきたら守れないわよ!」
「それは、単にあれだろ。有名になったら危険なだけだろ。目立たなきゃ問題ないし」
「こ、こんな幽霊が出そうな場所……拠点って」
「怖いのか?」
「こ、怖くないわよ!!」
怖いんだな。確かにいかにも出そうな雰囲気はある。電気も通ってないからか、外から見た感じでは薄暗く思える。
「城を乗っ取る勇者ってのも新しいな。勇者じゃないけど」
心地よい風が髪を靡かせ、仁王立ちをして城を見上げる。男の夢だよなぁ一国の主っての。おれじゃ、戦国の世で生きても足軽、または農民止まりだろうな。
「……ふと思ったんだが、ここの情勢ってどうなってんだ? どっかと戦争状態とか」
「スワル城と学園都市は仲が悪いんだよね、確か」
「リンドーも、最近は大きくなってるから警戒されてるみたい。戦争ってまではないけど、いつ起きてもおかしくはないかな」
「また新たな国が出てきた。リンドーってどんなとこ?」
「雪国だよ。昔はそんなに知れ渡っていなかったけど、最近は勢力をのばしてきてるみたい。科学技術が急成長してるみたいだし」
「色んなとこで聞いてきたのか、ルゥト」
「うん。ほとんどは、噂だけどね」
「……あまり、話したくないことか?」
主語もなく聞いてみると、ルゥトは首を傾げた。おれも口にしてると思わず、その言葉について何て話すべきか悩んだ。
「姉のこと」
「……それ、は」
俯いて無言で唇を噛みしめた。どんな思いをしてるのか、おれでは把握出来なかった。
「おれは一応、包み隠さず話した。ウィズも話したし……信じてもらえると嬉しい」
「……」
「今じゃなくても良い。手遅れにしたくないし、いつかは話してほしい。ルゥトが嫌じゃないなら」
自分のことを話すのを嫌な人もいる。言いたくないというなら言わなくても良い。でも、おれは一緒に旅してるし知りたいと思う。
知らないで後悔をしたくないから。
「……必ず」
「ん?」
「必ず、いつか話すから」
「ルゥト……」
「今は、待って」
そんなに話しにくい内容だったか。おれみたく異世界から来たとか、とんでもない話ってわけでもないし。
震える声で目を泳がせている姿を見る限り、よっぽどの内容なのかと思う。
「わかった。話したくなったら、話してくれ。おれは、ルゥトも仲間だと思ってる。この世界で、頼りになるのは、信用出来るのは、二人だけだから」
「……トウカ」
もしも、この世界でずっと生きていくことになるとしたら、おれは、この先どうなるんだろう。二人しか、おれのことを分かってくれてる人はいない。
そういえば、おれは何も最終的な目標とか決めてないんだよな。魔王を倒すわけでも、世界を救うわけでもない。ただ一つあるとすれば。
「あの所長、ガチでぶん殴りたい」
「……トウカ?」
「むしゃくしゃすんなぁ! 何なんだよアイツ!」
今更ながらイライラしている。勝手に罪を背負わせて、処刑しようとして、都合悪くなると逃げる。街の人たちは違うことを知っていたが、もし所長の話を真に受けていたらと思うと地獄だったな。
「気持ちは分かるけど、兵士もいるだろうから穏便にしてよ」
「……つーかさ、その兵士ってどこの? セントラルから出てるんだから、関係ないはずだよな」
「あの鎧……」
「ルゥト?」
「あ、ううん。何でもないよ」
「そろそろ中に入ろうよ。もう、日が落ちてきたわよ。暗くなったら中も見れないわよ」
「そうだな。中に入るか」
電気も通ってない城は外の明るさだけが便りだ。ウィズの言うことも正しいため、会話を終わらせて埃っぽい臭いのする城へと入った。
「うげ、中は酷いな」
「水で洗い流さないといけないわね」
「なるほど」
「なるほどじゃないよ! 絵画もあるし、燭台もあるんだから。水に濡れたらいけない物もあるよ」
「やっぱし、地道に掃除しかないか……風で吹き飛ばすとか」
「……その埃は、どこに行くの?」
ルゥトが必死にツッコミをして止める。さっきまで口ごもっていたのが嘘みたいに滑らかだった。
どのくらい長い間、放置されていたんだろう。やっぱり、この城欲しいなぁ。セントラルにも近いし。
白く積もった塵の中に、複数の足跡がある。比較的、最近のものだと分かる。
「やっぱり、ここに来たか」
「あたしとしては、会いたくないわ。大男に」
「まあ、出来るなら会わずに済ませたいな」
荷物を置いていけと言われても困るだけだし、本当に出来れば会わないようにしたいが、あの日記の通りだったり、こんな狭い場所で会わずにってのは無理だろう。
「どこにいるのかな」
「足跡を辿ろう」
こういう時の足跡は便利だ。目的地が分かっていたのか、一本道に歩いていた。とにかく、足跡から五人くらい人がいそうだ。
「……ねぇ、もし、いたら……どうするの」
「ぶん殴る」
「いや、トウカってそういう人だったの?」
「殴るのは一先ず置いてよ。騎士がいるってことは、どこかの国が絡んでる可能性があるんだから」
「……あー、そっか。それは、まずい話だな。目的を聞いてみるか」
「それもダメじゃない? あいつらからしたら、あたしたちは閉じ込められてると思ってるし、会わないことが第一じゃない?」
「それもそうだな。問題を起こさないでおくか」
そう言って、その通りになったためしがない。何かしら、いや、おれがわざと巻き込まれやすい体質を利用して行動してるからな。
「……階段。下かな?」
「地下ってことか。地下はあまり嬉しくないな」
「どうして?」
「ほれ、牢屋とかの定番は地下だろ。ずっと牢屋にいたし、嫌な感じじゃん。下手したら、牢屋の中の時間の方が長いと錯覚するくらい、牢屋と仲良しだったからな」
ルゥトが階段下を見てから、おれの顔を見つめた。始まりが牢屋で、すぐに別の牢屋で、まさか最後も牢屋でってことは勘弁してもらいたい。
壁に手を付けたまま、真っ暗な階段を下っていく。
足音と呼吸だけが耳に入る雑音だった。
今、流行りのオンラインゲーム。無力主人公の上村灯架で書いてみたいな。ただの願望です。
湖上の古城って、なんだか神秘的で良いですよね。西洋風なら尚更。和風なら、お堀ですね。