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一話 いきなりすぎ

 何の根拠もなく、単なる好奇心からの観察。一つを除いて極普通の男子高生だと思っていた。

たぶん、今も変わらず普通だと声を荒くして言えるだろう。


「……なに、してんだ」

「……」


 地面に埋まっている変な人。セーラー服のまま地面に顔から突っ込んでいる。きちんとスパッツを履いているからか見えなくて残念だったが、見えたら見えたでキレられるかもしれないから、まあ良いか。


「えっと、このまま立ち去った方が良いか?」


 バタバタと足を動かしてるところを見る限り助けた方が良いんだと理解した。

腰を掴んだりしてやっぱりキレられるかもしれない。足は論外だし。


「ーーーっ!!」


 早くしろと聞こえたので、とりあえず一言謝ってから腰を掴んで引っ張り出した。

思ったよりスルッと抜けたため、二人揃って尻餅をついた。


「遅すぎ! もっと早く助けろよ!!」

「……何なんだよ、助けてやってその言い方はないだろ」

「助けたことに関しては礼を言う。かたじけない」


 助けて文句を言われてりゃ世話ない。そのセーラー服は立ち上がると仁王立ちをして息を荒く吐いた。言葉遣いがまとまってないが、どんなキャラ作りしてるんだ。


「礼に何か褒美を取らせようじょ」

「……たぶん、言葉違うんじゃないか?」

「うるさい! さっさと言え!」

「いや、別に礼目的で助けたわけじゃないし」


 顔は確かに美人だ。薄い青色の短い髪が風に揺れてる。病弱なほどに真っ白な肌に土が付いている。猫のように大きな瞳に、色づきの良い赤い唇、下手したら助けた奴によって危ない目に遭うんじゃないか?



「聞いてるのか!?」

「いや、だからないって」

「なんと! 見上げた男だのう!」

「だから、何なんだよその口調」


 変な奴に絡まれちまったよ。もう少しマシな性格なら、青春な時間を送れたかもしれない。

これじゃあ、間違いなく無理だ。いくら可愛くてもな。


「ふっ、特別に妾の力を見せてやろうぞ」

「わらわ、なんて言う人と関わりたくない。じゃあな」

「ああっ待て! 仕方がない。あの世で後悔するが良い!!」「ちょっと待て! その言い方は違うだろっ」


 関わりたくないため、そいつに背を向けて帰ろうとしたら変な言い方をしたため立ち止まった。おれが危険になるような言い方は止めろ!


「……え?」


 顔をそいつに向けたら、バタバタとスカートが風に靡いていた。地面に伸ばした手のひらを翳していて、立ったままだけどその光景に目を奪われていた。

地面に魔方陣のような模様が書かれてあり、青白く輝いていた。


「さよーなら」


 素晴らしいほどの笑顔が彼女を目視した最後だった。

助けたことを仇で返される。これ以上ない早さの恩返しだった。


「こんな恩返しはいらねぇぇぇぇぇぇ!!」


 自分の体が白く泡のように消えていく。嫌がろうと体を動かそうとしても地面に張り付いたように動くことは出来なかった。

どんどんと意識が遠ざかっていく。靄のように視点が合わなくて体に力が入らなくなってくる。


「……くそっ、なんなんだ」


 指先も動かず金縛りにあってるような気分で嫌になる。けど、今までそんなことにあったことないから困ってしまう。金輪際こんなことは遭遇したくないが、今更そんなことを言っても無意味になる。


「……く……そぉ」


 中途半端に時間をかけていくのは止めてくれ。なかなか気を失ってくれないため、嫌に不安になっていく。


「頼むから早く気絶させやがれっ!!」


 乱暴に言った瞬間、そいつは近寄っておれに向かってカバンを降り下ろした。ガツンと頭に当たるとそのまま意識を飛ばした。こんな強制は卑怯じゃないか。


 次に目を覚ませば、見たことがない場所にいた。


「なんだここ」

「ここは、異世界である」

「その声は、さっきの奴!」

「コロナだ、馬鹿者が!」

「……で、なんで異世界なんだ」

上村灯架かみむら とうか

「フルネームやめろ」


 女みたいな名前なのコンプレックスだから止めてほしい。一方的に話す時があるんだが、おれの言葉は聞きたくないってわけか。


「ってか、夢じゃないのか?」

「夢ではない。現実じゃ」

「……その変な口調は続けるんだな」


 なんかマイペースな奴なんだなコロナって奴は。何を言っても無駄なようだけど、正直、頭がおかしくなりそうだ。


「頼むから、きちんと説明してくれよ」

「ここは、上村灯架の言う異世界だ」

「おれは一切言ってないからな。つーかフルネーム止めろ」


 なんで名前を知ってるのかはこの際どうでも良い。本当にフルネームは止めてもらいたい。というか、偽名で動きたい。どうせ、おれを知ってる奴はいないんだから。


「じゃあ、おまえは何なんだよ」

「コロナ」

「だから名前じゃねぇよ! 何者かって言ってるんだ」

「お主らのところで言う、神だな」

「紙?」

「神様じゃよ」

「もしかして、おまえ実はジジイ?」

「失敬な! まだピチピチじゃ」

「そこが古いんだっての。神様よ、なんでおれをこんな目に遇わせる。あんたを救っただろ」

「楽しいからじゃ」

「あ゛?」

「お主は実験……モルモットじゃ。暇つぶしなだけ」

「さらに酷く言ってるじゃねぇか!」


 いくら巻き込まれやすい体質だとはいえ、これは酷すぎる。頭が痛くなってくる、このおかしな奴に振り回されすぎだろ。

こんな辺鄙なところにいるわけだから嘘じゃないのは間違いないが……。


「安心しろ。ここで生きてくだけの魔法は用意してる。後は上村灯架次第だがな」

「……」

「ここのことは、当人たちに聞け」

「当人?」


 複数の金属音と足音と共に大量の兵士に囲まれた。疑問に思った瞬間に出てくるとは。もう少し早く説明しておいてくれても良いじゃないか。



「何者だ!」

「ここが、スワル城と知っての侵入か!?」

「座る? 今、座ってるが」


 というより腰を下ろしている。それより言葉が通じてるだけまだマシのようだ。下手したら、言葉自体が通じない場所に来てる可能性だってあったのだから。


「何をバカなことを言ってる。大人しくしろ」

「……けっこう大人しいが。このままじゃ、危ないな。よし、手に入れたという魔法で」


 使い方なんて知らない。ただ、良くあるようなポーズをしていれば良いんじゃないかと思う。

手を兵士たちに向けて、力を込めた。


「ファイアー……」


 ボフンと不完全燃焼の煙が出るだけで、豪華なシチュエーションとは違い地味な灰色の煙。炎なんて出ることなく、爆発に巻き込まれた人の口から出る煙のようだった。


「……くっ、くそ。サンダー」


 静電気程度のビリビリとしたものしか出てこない。おれの想像なら、CGを使ったような凄まじい演出で魔法がバンバン使えると思った。

兵士たちも呆れたような顔をしていて、中には笑ってる奴らもいる。


「こらぁぁぁコロナ! 全然使えないだろうが!!」

「だから言ったではないか。上村灯架次第だとな」

「どういう意味だよ。簡単に使えるんじゃないのか?」

「妾とは違う。お主のようなものが簡単に出来るわけがないだろう」

「捕らえろ!」

「ま、待てって! 侵入するつもりはなかったんだって! 変な奴がおれをここに飛ばして」

「意味の分からないことを話すな。言い分は後で聞いてやる」

「だから、コロナってやつが、おれを嵌めたんだ!」

「嵌めたとは人聞き悪い。妾はお主の退屈を埋めてやったんだ。むしろ誉めて貰いたいわ」

「ほらっ聞こえるだろ!? この意地悪い声が!」

「……こいつ、頭がおかしいみたいだな。捕らえる時にぶつけたんじゃないよな」

「だ、大丈夫ですよ隊長。捕らえることに関しては何も問題はありませんでした」

「始末書だけは勘弁だからな」


 おれを捕らえようとする兵士から逃げるように暴れたが、戦闘慣れしている相手に勝てるわけもなくアッサリと捕まってしまった。しかも人を変人扱いしやがって。どこもぶつけてねぇよ。

でもこれで分かった。コロナの声は聞こえてない。


 そしておれはこの通り捕まってしまったのだった。脱出経路があるかと期待したが見つからない。


「コロナ、出してくれよ」

「嫌じゃ」

「……おまえ出来ねぇんだろ?」

「ふふん。妾をバカにするでない」


 指を鳴らすような音がして、すぐに近くにいた兵士がガクンと砕けたように地面に倒れた。スースーと寝息が聞こえてるため寝てるだけだと気付く。そして兵士が持っていた鍵の束が宙に浮いている。


「これでも妾の力を信じぬか?」

「信じる。信じるから寄越せ!」

「嫌じゃ。妾は力は貸さぬ。自らの力で何とかしてみぃ。妾は困った者の顔を見るのが好きなのじゃ」

「単なる性悪ドS野郎なだけじゃねぇか! ってか、女だから野郎じゃねぇか」

「妾に性別はない。神だからな」

「……くそ、ならなんでセーラー服だったんだ変態」

「お主のようなお人好しの変態を釣るのに便利だったのじゃ」


 変態返ししてきた。よっぽど嫌だったらしい。ツッコミしたいが疲れてきたから深くは答えないことにした。

コロナの性格はよく理解した。性格破綻者で力は確かに万能、だが困った人の顔が好きな変態。そして性別はない。


「ちなみに質問なだけだが、どこまで使えるんだ。その力は」

「世界を征服したり、人の心を操ったりじゃな。妾に出来ぬことはない」

「力を与えたりも可能なんだな」

「そうじゃ」

「の割りにおれに来たのはショボいな」

「それは、お主がショボいからじゃ。本質が弱いからその程度なのじゃ」

「くそっ」


 そう返されたらダメージばっか受けるだろうが。意外と打たれ弱いんだからな。


「大体、元は人間なんだから仕方がないだろ。ショボいのは」

「元の人間でも、強い者は強い」

「あーもう、おれの負けで良いよ。おまえと会話してると頭が痛くなる。人を見下してるようなおまえとは会話したくもない」

「……灯架」

「……なんだよ」


 急に大人しい声になり、話したくないと言ったが、少し聞き返してみた。


「妾はおまえではない。コロナじゃ」

「知ってるっての!!」


 期待したのに結局それかよ。期待するだけ無駄ってことらしい。

これも、落ち込んだのもからかうための罠だったんじゃ……。綺麗な花だと思い触ったが最後、全身に回る毒のように見かけに騙されてはいけない。


 逆にこちら側の栄養を吸い取るつもりなのかもしれない。

「なんか、うるさいなぁ」



 静かになって体感的に数分か経つと、汚い空気に酸欠気味になっていた。周りの壁は汚れだけで抜け穴はないみたいだ。

人気がないと思っていた空間に、少し高く柔らかい声が聞こえた。

ずっとろくな人間に、いや人間ではないが、会わなかったから少し安堵した。


「不幸の上塗りだけは止めてほしかったなぁ」

「は?」


 前言撤回。やっぱり変な人みたいだ。ブツブツと毛布から聞こえるため、たぶん毛布に隠れていたんだろう。


「捕まるってだけでも不幸なのに、なんで変な人が一緒なんだろう」

「独り言、大きいぞ」

「うわっ、ご、ごめん」

「……いや、良いけど」


 対話するってこんなに良いことだったんだな。そんなに悪い奴じゃないみたいだし、少し仲良くなっておくかな。


「えーっと、おまえは? おれは」


 偽名、やっぱりめんどくさいな。どうせ知り合いいるわけじゃないし、異世界からしたら名前で男らしさとか女らしさなんか分からないしな。


「灯架」

「トウカ?」

「ああ。上村灯架」

「変わってる名前。カミムラって何?」

「名字だけど、まさかそんなものないのか?」

「みょーじ?」

「いや、気にしないでくれ。灯架で良い」


 名字がない世界なのか。コロナもなかったが、あれは神様だと話していたからな。

毛布から少し顔を覗かせる。暗い牢屋の中で、ギリギリ明るめの茶色い髪が分かった。少し長めで、見る角度によっては女にも見える。

声は間違いなく男だけど。

「ボクはルゥト」

「年齢は? おれは17」

「えっ……45」

「……は?」

「17には見えないね。しっかりしてる」

「何歳だと思ったんだ」

「50代」

「……」


 もしかして年齢の概念って別なんじゃないか? 異世界っていうと、やっぱり長生きだと思うが、ここでもそうかもしれない。

ふと、ひとつの仮説が生まれた。


「×3か……ってことは、15くらいってわけか、ルゥト。まあ、確かにそのくらいだな」

「トウカは……なんで捕まってるの」

「急に飛ばされた先が城だったからな」

「魔法使いに? まさか、伝説の魔法使いウィズに?」

「いや、違う」


 やっぱり魔法使いがいるのか。伝説のってどんな奴なんだろう。おれが捕まってるのに疑問を持つのは仕方がないが、それならルゥトもなんで。


「おまえは何で捕まってる」

「……怪我の治療をしていたら、不審者扱いされたんだ」

「怪我してるのか? そりゃあ酷いな」

「あ、違う。ボクが治療したんだ。医者見習いだから」

「へぇ……」


 医者って見習いとはいえ凄いよな。心を許してきたのか、顔を隠していた毛布が少しずつ下がってきた。幼さの残る顔は、おれの周りの奴等とは比べ物にならないほどに綺麗だった。


「人を救ってて捕まえるとか、最悪だな」

「その人、手配中の人だったみたいで仲間に間違えられたんだ」

「……知らなかったなら仕方がないよな」

「知ってたよ。でも、怪我をしてるなら敵も味方も関係ないし」

「……お人好しなんだな」


 敵にもって下手したら自分の命が危ないかもしれないのに良くやるな。


「はうー、でも、医療品奪われちゃったな」

「……」


 本気でショックを受けてるため項垂れてしまった。商売道具が手元にないのは心配だよな。清潔が第一の医療品なら尚更。



 日が傾き始めてきた。小さめの窓から日が見えてくる。外からは賑やかな声がして、何も気にせず遊んでいるのが懐かしくなる。


「……絶対に忘れてるな」

「え?」

「おれたちのこと忘れてる。そういやいつ飯来た?」

「……さあ?」

「……おい」


 まさか餓死させる気じゃないよな? こっちの弁解も聞かずに勝手に処罰かよ。

どこまで災難が降りかかるんだか……。


「……はぁ、疲れた」


 完全に手詰まりでルゥトの隣に座った。無駄に体力を使うわけにはいかない。


「ルゥト」

「ん?」

「いつからここに?」

「えーっと……昨日の朝かな」

「から一食も?」

「うん」

「……」


 これはガチに見捨てている。なんて酷い城なんだ。

だんだんと自分の最悪な未来を想像していき、気分が悪くなってくる。

新鮮な空気もないカビついた空間にいたら、そりゃあ気分も悪くなる。


「リアル過ぎだろ」


 マンガとかなら都合良く脱出出来るだろ。死なせるようなこと絶対にしない……まあ、中には例外もあるが。


「助けてやったのに、この仕打ちないだろ……コロナ」


 だんだんと元気がなくなる。肺が汚れていってるような気にもなり、お腹がけっこう長いこと鳴ってる。約1日分の食事を抜いている。


 飲まず食わずで生きられるのって何日だったかな。そんなに長くはなかったような気がする。

ああ、喉も渇いてきた。



 少し気を失っていたようだ。いや、少しと言っても時間が分からないからどのくらいなのか……。ただ真っ暗で何とか見えていた光景すら見えなくなっていた。


「ルゥト、起きてるか?」

「……よかった。急に静かになったから焦っちゃった」

「大丈夫か?」

「……たぶん」


 見た感じひ弱そうにも見えていたし、おれより長くここにいたから具合もよくはないだろう。医者の不養生って感じにも思えるから、自分を後回しにするタイプだろうな。


「おれ、けっこう寝てただろ」

「うん。外の兵士も交代しちゃったよ」

「……バレてないよな」

「?」


 コロナが寝せたことに気付かないでもらいたい。おれが何かをしたと思われても困る。

まあサボりだと思われたくないから誤魔化すだろうが。

けど、やっぱり食事は用意しないつもりらしい。


「貧血になりそうだ」

「大丈夫?」

「そっちも似たようなもんだろ」


 心配してるが辛いのは同じかそれ以上なんだからな。

座ってて貧血ってよっぽどのことだよな。


「大火の印、私はそれを契約とする」

「いま、なにか、きこえなかった?」

「……ボクも、いやな、よかん、が」


 二人揃って棒読みに話すと、背中に振動がきて前の方へと吹っ飛んだ。瓦礫などが一緒に飛んできて、牢屋の鉄柵にぶつかると地面へと倒れた。


「兄上いる!?」


 甲高い声が聞こえて、性別しか把握出来なかった。月を逆光にして立つ者の身長は低かった。旅人のようなコートをはためかせ、中の服はロリータファッションのようなフリルがたくさんついている短めのスカートが見える。

明るめの金髪がセミロングで風に揺れる。そして辺りを見渡している。


「違うか」


 それだけを呟くと、それは次の場所に向かい同じく爆発音を響かせた。


「なんなんだ」

「……えっと、出ても良いのかな」

「……あ、そうだな」


 ぽっくりと空かれた壁から出られるのだが、少し唖然としてしまって吃ってしまった。

次々に爆発音を出すため、兵士の足音が聞こえてきた。


「出るぞ」

「でも、医療品が!」

「……頼む、コロナ。一度だけでも頼みを聞いてくれよ」

「仕方がないのう。妾は神じゃから、平民の頼みもたまには聞いてやろうぞ」

「……ありがとう、ございます、神様」


 やっぱり上からなのがムカつく。だけどコロナはちゃんと言うことを聞いてくれた。すぐに手元に医療品があってルゥトは驚いた顔をする。


「出よう」

「うん!」


 約何時間ぶりだろうか。久しぶりの外に出られた。感動する暇も、新鮮な空気を吸う暇もなかった。

瓦礫から出た瞬間に、誰かにぶつかった。きゃっと声がして、相手が尻餅をついた。


「悪い、大丈夫か?」

「何する、アホ! こっちは急いでるんだ!」

「……だから悪いって言ってるだろ!」

「それが謝る態度か!?」

「二人とも! 追っ手が来るよ。ケンカしてないで隠れよう!」


 いきなりの高圧的な態度。コロナを思い出させる性格に、おれは気分が悪くなった。

だがルゥトにたしなめられて、すぐに隠れることに決めた。


「このままじゃ、捕まっちゃうよ」

「……どうする。ここから出ない限りは」

「……」

「おいっ、どこに行くんだ」


 そいつはどこかに行こうとしたために腕を掴んで止めた。


「なっ、さ、触るな! アホ!」

「アホって言うな!」


 顔を真っ赤にさせて拒絶しようとするそいつは、捕まれた腕を思いっきり振るが力は男のおれに勝てるわけもなく無意味となった。

 月明かりがそいつの姿を捉えた。今まで見てきた中で一番可愛いと思える姿だった。美少女だと全員が言えるほどに、その見た目は良かった。

ただ性格はコロナと同じく、良くはない。




「どこか行く宛があるの? あるなら教えて」

「……地下道に行けば」


 ルゥトが優しく話せば少女は素直に話す。おれより綺麗なルゥトだもんな、そりゃあ素直にもなるだろ。

自分の魅力のなさに情けなくなってきた。


「一緒に行っても良い? ボク、行かなきゃいけないところがあるんだ」

「……別に、良いけど」

「トウカ、行こう!」

「……おう」


 おれが着いてくるのは嫌らしいが特に反対もしなかった。

少女の案内で地下道の入り口に来た。ここは街の外の川と繋がってるらしく、入り組んでいるらしいが安全に外に出られるようだ。

門を通り抜ける危険よりはマシだろう。


「えっと、きみはどうして牢屋に用があったの?」

「……話したところで解決するわけではない」

「なんだよ、その言い方。巻き込んどいてさ」

「だったら着いてこなければ良い」

「なんだと!?」

「トウカ落ち着いて! 結果的に助かったんだから良かったじゃない」

「……そうだけど」


 年下のルゥトに説得されてるなんて、おれ。

イライラしっぱなしだな、いい加減落ち着かないと。この状況から抜けるためにも。


「待って、きみ」

「え?」

「腕見せて」


 少し広くなった場所に着くと、ルゥトが声を掛けてきた。少女が驚いてる間に、腕を出させていた。


「怪我をしてる。治療するよ」

「だっ、大丈夫だ。このくらい」

「傷だって甘く見ちゃダメだ!」


 持ってきた医療品を開けようとして大変そうだったから持ってあげると、お礼を言うルゥト。けど、おれは少し呆れて少し怒って答えた。


「こんな不衛生な場所で治療すんな!」

「あ、そうだね。今は少し清潔にさせるだけにする。ここを出たら治療をしっかりとするからね」

「別に、いらないって」

「他人の好意は素直に受け取っとけよ。このお人好しは何も見返りが欲しいわけじゃないんだからな」

「……」


 てきぱきと傷の周りの汚れを綺麗にさせるルゥト。大人しく治療されてる少女は少し可愛いげがあった。


「よしっ、もう大丈夫」

「……ありがとう」

「出たらちゃんとやるからね。勝手に消えちゃダメだよ」

「……分かったわよ」


 優しく微笑むルゥトの顔に、陥落する少女。案外、敵すらも虜にするタイプだと思いゾッとする。

こういうのが、女たらしとなるんだろうか。現実世界にいたら、一気に色んな奴を骨抜きにするんだろうな。こいつの将来が末恐ろしいぜ。


「それじゃ行こう……くかっ!」

「ルゥト!」

「……いたたた。パイプが顔にぶつかった」

「今のは、音的にも痛かったな絶対に。大丈夫か?」

「うん……、へへ、ボク結構不幸なんだよね。いつも何かしらふつかったり、無くしたり、良いことなんてなかった」

「まあ、おれも巻き込まれやすい体質だから似た者同士だな。変な奴に絡まれたり、騒動が駆け足で近寄ってくるんだよ」


 出っ張りになっているパイプに顔をぶつけたルゥト。ガコンという、いかにも痛そうな音で、おれも痛くなってきた。目も当てられないドジっ子を不幸と関連付けして良いものか悩んでしまう。

痛そうな部分を撫でると少し照れたようにはにかむ。

一部カッコイイところを見せたと思ったら、この落差はなんなんだ。


「わわっ」

「なんだよ……あれ」


 いくつもの道に続く大きな広場に出ると、スライムのような大きなものがモニュモニュと動いていた。まるでゼリーまたはプリンみたいだが食べたいとは思わない。


「ここを巣食っている魔物だ。さっきはいなかったのに!」

「爆発音に誘き寄せられたんじゃねぇの?」

「あたしのせいだと言いたいのか!?」

「おまえ以外に騒音出した奴はいないだろ」

「あーもうっ、ケンカしてる場合じゃないよー。こっちにターゲット移してるー」

「マジかよ!」


 こっちは武器すらないんだぞ。変な魔法使いみたいなのがいるけど、戦闘能力皆無ばっかりだ。


「出る道はどこだ? そこに向かって走るぞ!」

「ライトが付いてるところだ!」

「走れ!」


 戦わないに越したことはない。それぞれが別の通りに走って、ライトのある道に向かった。

思ったより動きは遅かった魔物に、余裕かと振り返ると魔物がルゥトをターゲットに近寄っていた。

このままじゃ追い付かれる。


「ルゥト!!」

「トウカ!?」


 すぐに方向転換をしてルゥトに向かった。そしてルゥトに向かってくる魔物のより先に、おれの手がルゥトを突き飛ばしていた。


「ぐっ……」


 魔物の手がおれを掴むと、そのまま魔物の口へと放り込まれた。

ゼリー状の中に閉じ込められ、呼吸すらまともに出来なくなっていた。

 こんな状態なのに、何味なのかと思ってしまったおれは空腹の末期だった。


「あああ、ぼくの、ボクのせいだ。とろいから」

「しっかりして! 魔物から離れなさい! 何のためにあいつが庇ったと思うの!! あいつを生け贄にさっさと逃げるわよ!」


 おいっ、この状況で何をバカなことを言ってるんだ、この女は!!

なんか無性にむしゃくしゃしてきた。


「サン……ダー! ぐぐっ!!」


 水の性質だったのか、魔物と同じく電気が走った。微量だったのが救いで、強かったら感電していた。

体が痺れて上手く体が動かない。ああ、今度こそ終わりってわけか。これはカッコイイ終わり方になるかなぁ。

 いや、餓死寸前とかどこがカッコイイんだよ!


「トウカ!」

「ちょっ、馬鹿者! 敵に近付くな!」

「だってボクのせいでトウカが巻き込まれたんだ。だからボクが助けないと!」


 敵に無謀に突っ込もうとしてるルゥトを少女が止める。

あ、もう限界だ。酸素がなくなってきた。意識が薄くなっていく。

おれ、何度死にかけてるんだろう? もしかしたら、もう実は……って可能性もありそうだ。


「あーもうっ。自分以外ので使いたくないんだけど……大火の印、私はそれを契約とする」


 サッカーボールくらいの火の玉が魔物に向かって飛んでくる。それを目撃したおれは目を見開かせた。耳の当たりで爆発の轟音が響き、全身が業火に焼き付くされたような痛みが走る。


「がはっ!」


 地面に強く背中を叩きつけられて、ほんの僅かな酸素すらなくなった。痛みで眉を寄せるが、体が思うように動かない。

耳鳴りがして、声のような音がした。


「……ああ、酷い火傷っ」

「ちょっと強すぎたかな」

「強すぎなんてものじゃないっ! 下手したら死んでたかもしれないんだよ!?」

「……なんで、怒るんだ。助けてやったじゃないか」

「どうして、そんな言い方を……。冷やさないと……ああでも、こんなところに清潔な水なんて」

「深水の印、私はそれを契約とする」

「……ぶはっ! 何しやがる!?」

「化物並みの生命力ね」


 冷たい水が空から降ってきた。雨なんて可愛いものじゃない。ビニールで出来たプールの量を浴びせられた。窒息し溺れそうになるくらいで、生きてるのが奇跡なくらいだ。

しかもその当人は人を化物扱い。


「トウカ! 良かった、目を覚まして」

「……ルゥト」

「今、手当てするから!」


 まだ感覚のない体の手当てをルゥトがする。

少し涙目になっているような気がする。


「おれさ」

「喋らないで! 体力を温存して」

「今まで誰かの役に立ったことないんだよな」

「……っ」

「だから、今のおれの行動に自分で驚いた。人を守るために、体が勝手に動いていた」

「……」

「……あれ? なんか、意識が」

「ルゥト!!」

「……嘘でしょ? また……あたしの魔術で……死ぬ、なんて。しっかりしなさいよっ、こんなことで問題を起こしてる場合じゃないの! 目を覚ましなさい! お願いだから」


 近くで話してるはずなのに遠くで話されてるように聞こえる。けど、その声すらだんだんと聞こえなくなってくる。


 体も冷たくて動きそうにないな。


「……人間って脆すぎ」

「そりゃあ、てめぇら神様からしたらそうだろうよ」

「ふふっ。死の体験ってどんな気持ち? 妾には分からぬな」

「嫌な気持ちだよ。二度と体験したくねぇ」

「ふふっ、でも上村灯架おまえが弱い限りは続くんじゃよ」

「……終わらせるつもりはないようだな」


 真っ暗な空間で体も動かせないまま目の前の光を睨み付ける。今のおれはどんな状態なのか理解が出来ない。


「ちなみに、お主はまだ死んではおらんがな」

「じゃあ死の気持ちなんてまだ分かってないじゃねぇか!? って生きてるのか!?」

「嬉しい?」

「……さっさと元の世界に戻すなら嬉しいけどな」

「残念。そう簡単にはいかぬよ」

「だから口調を統一しろよ」


 久しぶりだと思ってしまう自分はもう末期だ。空腹も末期だし、色んな意味でヤバいとしか言いようがない。


「さて、おかえりなさい」

「は?」

「帰れって意味じゃよ」

「なんだと、このやろぉぉぉぉ!!」


 優しく話したかと思えば実は邪魔だったという言い方をする。反論する暇はなく全体が明るくなっていた。


 なんでこの神様は、おれを振り回しているんだろう。ある意味では物理的に振り回しているようにも思える。

なんでおれの周りの異性は性格に問題があるやつらばかりなんだ。


「ああ、そうだ。お主がここにいる間は現実世界は多少時間がゆっくりとなっているからな」

「それを今更言うのかよ!!」


 いや、気にしてなかったおれもアレだけど。現実世界のこと一切考えてなかったってことは、おれはあの世界を何とも思ってなかったってことだよな。



 草の香り、柔らかな風に、自然を感じた。大草原のようだと思ったけど、根っからの都会っ子であるため、そんな経験はないから分かるはずがない。


「……ここは」


 体を起こして周りを見渡すと、目に優しい緑に埋め尽くされていた。所々、花があるため単色ではなく綺麗だった。

急に場所を変えられたのかと思ってると、後ろから足音が聞こえ敵かと体を強張らせた。


「トウカ! 良かった目を覚まして」

「……ルゥト」


 その音はすぐに、おれの真横に移動をした。膝を地面に付けて、顔色を覗くために首を傾げた。


「具合は? 悪くない?」

「大丈夫……」

「痛いところは?」

「ない」

「よかった……」


 ルゥトは本当に安心したような顔をした。優しい奴だな、と見ていると、おずおずっ近寄ってくる影が見えた。


「トウカ、目覚めたよ」

「……うん、見れば分かる」

「なんだよ、その言い方」

「彼女、ずっと動揺してたんだよ。ここまで運んだのも彼女だしね。目が覚まさないって騒いじゃって、敵に見付かっちゃって、彼女の暴発した魔力で敵やっつけちゃって」

「……なんか、凄まじいな。まあ、助けてくれてありがとう。あと、心配してくれて、ありがとう」

「……っ、べっ、別に? あたしの……せいだし」


 なんかツンデレみたいな性格だな。おれは別に好きでも嫌いでもないけど、それにしても意外だったな。放置していくと思ったけど、一番心配してくれてたんだな。


「ってか、ここどこ?」

「ここは、スワル城より少し離れた場所。あまり安心は出来ないけど、川が近いから治療に良いと思ったんだ」

「そうか……あ、ルゥトもありがとな。助けてくれて」

「ううん! ボクこそ助けてくれてありがとう」


 スワル城ってのはさっきまでいた場所か。戻るわけにはいかないし、やっぱり新しい町に向かうべきだろうな。


「えっと、おまえはこれからどうするんだ。兄を捜してるみたいだったな」

「……うん」

「そうなんだ。ボクも姉さんを捜してるんだよ」

「……同じね」

「そういや行かなきゃいけないところがあるって言ってたな」

「覚えてたんだ。うん、姉さんを助けなきゃいけないから」

「助ける? 囚われてるのか?」

「えっと、うん、一応」


 一応? ルゥトが濁した言葉の意味が分からず、けど深くは聞かなかった。話したくないことを根掘り葉堀り聞きたくないし。



「おまえは……ってか、名前なんだよ。聞いてなかったし。おれは灯架」

「ボクはルゥト」

「何度も呼び合ってるから覚えたよ。どうせ、これっきりなんだから自己紹介する意味はない。あたしの魔力が原因だったから心配しただけだし」

「その言い方はねぇだろ」


 立ち上がった少女はやはり名乗るつもりはないみたいだ。ルゥトが困ったような顔をしているため、おれはため息をした。

「おれに対して罪悪感があるなら着いてこいよ」

「はあ!?」

「人を瀕死にさせといて、謝罪だけで済ませるんじゃねぇよ。どっち道、おれはルゥトの姉捜し手伝うつもりだ」

「ほんと?」

「ああ、命の恩人だしな。それで色々と回るなら都合良いだろ。ルゥトはお人好しだから、色んな奴等の口は軽くなるだろうしな」

「……なんか、酷い」


 ルゥトは上げられたり下げられたりで忙しく表情を変え、少女は困ったような顔をして迷っていた。


「……あたし、ウィズ。盗賊と間違えられて捕まった兄を捜してるの」

「ウィズ? えっ、あの有名な!? 立ち寄った街は全破壊していくって」

「そっちで伝説だったのかよ」

「あーでも、魔力は本当に強いよ。桁違いで神童って呼ばれてて、下手したら魔法使いで一番だって」

「……あたしより、強い人いるし」

「本物だったんだ」


 おれも食らったし、その力が本物なのは間違いない。破壊して回ってるってのは兄を捜して牢屋を破壊しているからじゃないか? まあ、何にせよ心強い仲間が出来たんだから良いか。

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