十二話 強く想う
船は大きく船体を揺らすと、停泊した。同じく大きな音が響き、海の男たちの声が雄叫びのように響き渡る。
「無事に着いたぜー!!」
「俺たちは生きてる!」
「うぉぉぉぉぉぉ!」
無事に渡りきったことに声を荒くした。それほど危険な航海だったのだと知り鳥肌が立ち、そしてそのルートを選んだことに後悔した。
「……うぉ、さみっ」
まさかのダジャレに寒気がして、腕を擦りながら、停泊する瞬間を甲板で見ていた。
そういや、船なんて小学校の時に修学旅行で乗って以来だな。あの時はほとんど寝てたから記憶になかったが、船の上も良いもんだな。友達は寝不足のため、完全に船酔い状態で、降りてから記念撮影をしたんだが、記念に残った写真の顔色の悪いこと悪いこと。あれは、なぜそうしたのか不明だった。最近になって見直せば、ほとんど全員の顔が真っ青になっていた。
「おう坊主」
「ムキ船長」
「そんな名前じゃない! まあ、それより、ありがとな。おまえのお陰で無事に航海が出来た。それに、この航路も使えるようになった」
「いや、おれが倒したわけじゃ」
「そんな、へりくだった言い方をするな。俺たちはおまえのお陰で救われたんだからな」
いや、謙遜したわけじゃなく事実で、そんな大した人間じゃないんだと口を挟もうとしたが、マシンガントークに、口を挟む余裕すら与えないムキ船長(ムキムキマッチョ船長の略)におれは肩を落として諦めた。勝手に英雄扱いされても、頑張ったのはオッサンとウィズ……そして大健闘のノーウェルだ。おれは情けなく女の子にビンタされて海に落ちただけ。
「今回のことは海の伝説として後世に語り継ぐぜ」
「残さないでーーー!!」
情けない部分が消されて、都合の良い逸話が独り歩きするのだけは勘弁してほしい。必死に止めろと懇願するとムキ船長(ムキムキ略)はおれの必死な目に少し引いたようだ。
「そ、そこまで恥ずかしがることないだろ。おまえは、この船内にいる奴等だけじゃなく、全世界の人々の生活も守ったんだぞ」
「流通に関しては分かる! それはすっげぇ分かるが、おれは何もしてないんだよ! だから、内密にしてくれ。大げさにするならノーウェルを」
「あの人は……、辞退したぞ。おまえに譲るってな」
「……あの野郎ーーーっ!!」
「おまっ……バカか!?」
「は?」
「あの人にそんな口調を……、周りに親衛隊がいないから良いものの。あの人の悪口は止めた方が良い」
親衛隊って、周りにいた女性たちのことだろうか? 意外と団結した時の女子って怖いよな。前に一人の男子が一人の女子をからかった時の総当たりがもう酷くて酷くて……。
というかムキ船長(ム略)の方が恐い顔をしてるんだが。フランケンみたいな顔色になり、斜がかかった黒さの怖さに、しり込みするほどだった。
「船長ーっ! お客さんを降ろして良いですか!?」
「おう! 良いぜ。じゃあ坊主、元気でな」
「……おー」
何とか逃げるチャンスが出来て、空返事をしてからちょうど出てきた仲間たちと合流した。
「探したよー」
「ごめんな」
「早く降りるわよ……うう」
「まだ具合悪そうだな」
困った顔をするルゥトと違い、顔を真っ青にして元気のないウィズと相変わらず無言のオッサンと共に、簡易的に作られた木の板の上を歩いて降りた。
おれたちが降りると、すぐに板を片付ける。どうやら、おれたちしか降りないみたいだ。
そして船はゆっくりと汽笛を鳴らしながら離れていく。ムキ船長が大きく手を振りながら、お礼を何度も言う。
「助かったって思うなら、料金をタダにしてくれても良いよな」
船が離れてから愚痴を溢す。正直ちょっとそこを期待した自分がいたが、わざわざ口にするわけにもいかないため、悶々としたものを吐き出した。
「……なに言ってるの」
「そうよ。あんた、なにも……してない……じゃない」
「もう、あそこの海域で誰かが苦しむことがないんだよ。それ以上に何を求めるのさ」
「分かってるよ。地味に料金高かったよなってさ」
「……あの剣士がいなければ、こちら側が海賊になる」
「そうだよ。何とか勝ったから良かったけど、下手したらボクたちの命も危なかったし、悪いことで名前が広まっちゃうとこだったよ」
「……なんだよ、おまえらだって戦う気満々だったくせに。あーもう良い。少し一人にしてくれ」
「……トウカ」
「……いくら何でも、酷いわ」
「ウィズ宿屋で休もう」
何だかムシャクシャしていた。当たるつもりなんてなかったのに、ちょっとしたきっかけで溝が深くなった。
みんなと別れて少し歩くことに決めた。これ以上、あいつらは悪くないのに当たるのもアレだし少し一人になるべきだな。
海沿いを歩いていると、公園のような場所に着いた。柵に寄りかかりながら穏やかな海を見る。子どもたちの賑やかな声が響いて、この空間だけは他とは変わらないんだな。
「……無力過ぎるだろ」
一番イライラしてるのは、おそらく自分が無力だと理解してるから。何も出来ず、口だけで乗り越えてきた。圧倒的な力を目にして怯えてしまった。
いかに自分が勇者に相応しくないのが分かってしまった。
何のために力があるのか、悩んでしまう。
「大丈夫ですか?」
真後ろから、鈴のようなか弱い声が響く。耳に届く心地よい音色に、思わず肩を揺らしてしまった。顔を上げて振り返ると、お世辞にも綺麗とは言えない洋服を着た女性だった。茶色いキルト生地のワンピースに、薄い緑色のカーディガンを肩から羽織っている。
透き通るくらいの色白な肌に、映えるほどの赤い唇。少し大きめの黒いメガネを掛けている。サイズが合ってなくて少しズレてしまっている。
「具合、悪いのですか……こほっ」
「いや、平気だけど……そっちこそ、風邪か?」
「いえ、そうじゃなくて」
曖昧に答えた。貧弱というか、あまり体が強くなさそうだというのが第一印象だった。
「あまり、潮風に当たるのは良くないですよ。旅人ですか?」
「まあ、一応」
良く見れば少し風が強くなってきたのか、家へと帰ろうとしてるのが見えた。まだ日は高いのに、夕暮れ過ぎまでは遊ばないのか。
「行くところが無ければ、家へ来ますか?」
「え、いや、それは迷惑だろ」
女の子の家に見知らぬ男がってのは流石に問題だろ。というか、民家らしい民家は初めてだよな。今まで宿屋と屋敷だけだし。
「それに、家族にも迷惑がかかるだろうし」
「大丈夫です。わたしは……一人暮らしで。ごほっ」
「いや、それはそれで問題じゃ」
「ダメですか?」
うっ……、今までに会ってきた女性の中で一番まともだ。メガネで容姿はよく分からないが目鼻立ちはしっかりしてる。それに、誰かに似てるような気がする。
「お世話になります」
「……はい!」
ニッコリと笑った姿は花のようだった。可憐で少し脆そうな弱さを持っていた。
断ることが出来なくて、おれは彼女の後を追った。華奢で背が低い。クラスの女子よりも低いが、どうせまた、とんでもない年齢なんだろう。
坂になっていて、上の高い場所には学校のような無機質な建造物があり、下の方には材質の違った木材の民家があった。海辺のために所々、腐食されている。
その家は小さかった。三人が暮らせるほどでアパートみたいに真横が繋がっていた。中はキッチンなどを抜いて二つの部屋があった。
「今、お茶を入れますね」
「あ、お構い無く」
キッチンでお湯を沸かし、お茶のようなものを淹れる。そして、そのお茶をおれにくれた。中身は、紅茶みたいなほうじ茶みたいな赤い色で、少し甘酸っぱい香りがする。一口啜ると、熱かった。
「あちっ」
「あっ、すみません。熱かったですか?」
「いや、体が冷えてるからこれくらいで良い」
服が乾いたから着替えたが、まだ少し潮を含んでるせいで、体が冷えてきた。飲んでいるうちに体が暖まってくる。
「良かったです」
ニッコリと擬音が付きそうなほどの美しい笑顔を浮かべて、思わずおれは固まってしまった。
「あー、そういや。おまえ名前は? 家族は?」
「わたしは、フユリ。家族は、兄弟だけです。わたしたちが小さい時に、流行り病で」
「……あ、そうか。悪い変なことを聞いて」
「いいえ。あなたの名前は? 一人で旅をしてるのですか?」
「おれは、トウカ。あーえっと……仲間がいる。ちょっと今、ケンカしてしまって」
「そうですか。でも、羨ましい」
「え?」
「一人ではケンカは出来ないから」
「……あ。兄弟は、今ここにいないのか?」
「遠くへ行ってしまいました。どこで何をしてるのでしょうか。無事だと良いのですが」
「……心配だよな。両親がいなくなって唯一の血縁だし」
「はい。それに、わたしは見ての通り体は……強くありません。こほっ」
「病気なのか?」
「はい。昔から」
一人ではケンカが出来ない。その言葉が抉られた。おれは何してるんだよ。ここに来て初めて助けてくれてる相手にさ。
「トウカさん」
「ん? 呼び捨てで良い」
「じゃあ、トウカ……あの迷惑でなかったら……旅立つまで、一緒にいてくれませんか」
「!」
頬を赤くして上目遣いのようにおれを見た。その瞬間、ギュッとした痛みを心臓に感じた。これってまさか……おれ、人生初の恋?
「だめ、ですか?」
「いや、おれで良いなら」
「良かった」
本当に嬉しそうに笑った。病気になると人恋しいとは言うが、彼女はずっと一人で頑張って生きてきたんだな。
なんだか、守ってやりたくなった。この壊れそうな子を……。
「無理すんなよ」
「料理を作るの、大好きなんです」
彼女は本当に体が弱いようだ。すぐにでも倒れそうなのに、おれをもてなそうとする。
はにかむように笑う笑顔が弱くて、結局、動くことを許可してしまう。
「そういや、そのメガネ。男物だよな。……彼氏の?」
あまり聞きたくないこと。けど、知りたいと思ってしまった。一瞬だけ詰まらせながらもスムーズに問いかけていた。
「これは……父の形見なんです。父が先に亡くなってて、病気のため視力が衰えたわたしに、母がくれたのです」
「あ、そうなんだ」
思ったより重たい話になってしまった。くそっ、女の子との会話なんて慣れてないんだっての。いつも男友達とばかりいるし、ウィズとは男友達みたいな感覚で話してるから。
こういうとき、モテる人は……ノーウェルなら何て話をするんだ。
「トウカの仲間が羨ましい」
「え?」
ポツリと話した声は、耳に入っていたが急すぎて聞き返していた。少し震えていて小さくて高い声だった。
「トウカと旅をしてるなんて羨ましいです。わたしも、元気なら一緒に旅をしたいです」
「……フユリ」
「トウカと一緒にいたい」
切実な願いを、おれは拒めなかった。その一緒にいたいというのは単なる寂しさからなのかもしれない。おれの心をかき乱す寂しさに、フユリを後ろから抱き締めていた。
「どうして、強くなれなかったのかな」
なぜ、強くなれないんだろう。守りたいものがあるのに、失いたくないものがあるのに、なぜ肝心な時に力を使えないんだろう。
おれは、迷ってしまった。ここに残るか、それとも……。




