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十話 駆け引き

 船は再び動きを始めた。危険な海域を抜け出したという放送により、部屋に閉じ籠っていた人たちが外へと出てきた。

それぞれが個人行動をすることになり、オッサンは部屋で休み、ルゥトは怪我をした人がいないか見回り、ウィズは甲板で穏やかな波を見ていた。


 おれは真っ直ぐと食堂に向かった。扉を開けて、目的の人物を確認すると口角を上げた。目的の人物は、ボンヤリと窓の外を見ている。頬杖をしたまま。

ゆっくりと近寄り、何も答えないまま目の前の席に座った。


「相席は断ってるんだ……、ああ、きみか」

「……分かってただろ。座るの」

「さあ」


 風のように簡単に流されてしまった。分かっていながら、ジョークなのかそう答える。立ち上がった姿を見てないから服をジッと見たことはなかった。だから、何を所有してるのかさえ知らなかった。


「自分から座るなんて、珍しいな。最初の時は、嫌がっていたのに」

「そりゃあ、名前も知らない相手を信頼しちゃマズイだろ」

「そうだね。それが賢明だ」


 一蹴するようにおれを見たが、すぐにまた穏やかな海を見つめた。イケメンは横顔もまた整ってるんだな。嫌にコンプレックスを刺激させるようなその容姿。

妙に軽い性格だと思う。軽くて、あまりにも軽いから嘘をついているようにも思える。



「おれ、あんたのこと結構気に入ってるんだと思う。嫌いじゃない」

「……急に、なに」

「同志だから、と言われればそうかもしれない。でも、嫌いにはなれないんだと思う」

「……それは嬉しい言葉だね」

「だから、それ以上に嫌で気持ち悪くなる」

「それは正反対だ」


 矛盾を言葉にしてみる。一瞬、眉をピクリと動かす。その眉も髪と同じ色だから、おそらく地毛であるんだろう。

相変わらず、これを見るご婦人方の視線が痛々しいほどに熱を帯びている。


「あんたは、おれに似てる。けど、違う」

「個体種は違うだろうからね」

「おれも、あんたに似て戦うのが好きなんだと思う」

「……」

「人や何かを殺すのは嫌だけど、戦うことが好き」

「……それは危険な思考だね」

「そうだな。けど、争うのは嫌いだ」

「……それはそれは」

「あんたとの違いは、それすらも好きなんだろ」

「なぜ、そう思うんだ?」

「……魔物をやっつけた時の容赦も躊躇いもない攻撃。跡形もなく存在すら拒絶した詠唱。あんた、見た目よりも残忍な考え方してるよな、なあ、ノーウェル」


 目の前の男ノーウェルはようやくこちらを見た。深い緑色の瞳がおれを見抜くようだった。ドキリとするほどに、透かされた心に何とか冷静でいようと心を無にすることを心がけた。

天国に一番近い海とか、そういう所の淀みが一切ないエメラルドグリーンの海に似ている瞳。

急に色が変わったのかと思ったが、角度によって濃淡が変わってるみたいだ。


 ノーウェルは小さく笑った。くすりと笑ったため、周りの食器などの音でかき消された。本当に笑ったのかさえ曖昧になるほどに小さかった。



 テーブルには料理は何もない。唯一あるのはライムっぽい飲み物だけ。大人だし飲めることには反応はしない。


「飲むかい?」

「遠慮する。苦いからな」


 あまりに凝視のし過ぎて飲みたいのかと思われ、おれにライムを指先で押しつけた。けど、断るとそのまま戻して自分で飲んでいた。飲みかけを渡すなよな。


「子どもだね、まだまだ」

「苦いのを平気にはなりたくないからな」

「この苦さが、良いんじゃないか」

「僅かに苦いならまだ我慢は出来る。苦味と酸味しかないじゃねぇか」

「理解して頼んだんじゃないのか?」

「……水が欲しかったんだよ」

「だったら素直に頼めば良い」

「メニュー読めないし、水ってウェイターが持ってくるものだろ?」

「ずいぶんと優しい世界に住んでるんだな。こっちでは頼むのが常識だよ」

「……こっちの常識なんて来たばっかのおれが知るか」

「仲間がいるじゃないか」

「……まだ日が浅いし、教わってる最中なんだよ。ってか、なんであんたは慣れてるんだよ。おれと同じ世界から来たんだろ?」


 ふとした疑問。男は一瞬だけ、分かりにくいほどの数秒間だけ沈黙となった。その頭の中でどんな情報処理が行われているのだろう。


「きみより、長くいるから……では、どうだろう」

「誰から教わった」

「……ふむ、そこまで聞きたいのかな? 恋人ではないのだけど」

「おれが女なら間違いなく、あんたに惚れてたね」

「……それはどうも」

「そんな容姿だと、いくらでも寄ってくるだろ? 飽きないほどに」

「それは嫌味かな?」

「……あんたがそう感じるなら、そうなんだろうな」

「回りくどいな。何が言いたい……いや、聞きたいんだ?」

「……」


 いざ、ぴっしりと当てられると言葉が出なかった。僻みだと言えばそうだろう。何の努力もなしにモテるんだから。こんな容姿で、モテすぎて困るという体験をしたい。

少し伏せていた目を上げて、おれの目を見た。反らせないほどの圧力で、だけど反らした方が負けな気もした。



「おまえは何者だ」

「……どういう経由で、その質問に至ったのか気になるところだな」

「イカとの戦闘の時、あんたの声が聞こえたから」

「きみはいなかっただろう?」

「海で漂っていたんだよ。漂流になるかとヒヤヒヤしたけどな」

「……あそこにいたのか。よく無事だったな」


 初めて驚いた表情を浮かべた。少し目を見開いて、声も少し高くなったが、聞き捨てならない言葉を聞いて、そこを突っ込んで聞いてみることにした。


「それは見ていたってことか?」

「……どうしてだい?」

「無事かどうかって、どんなに危険なことをしたのか知ってるんだな」

「……きみが、海に漂流していたと話したからそう思っただけだよ」


 くそっ、上手く交わされた。突っ込むにはまだ足りなかったか。一歩どころか二歩も三歩も上手だったってことか。


「いや、違う」

「なに?」

「なんで、おれがいないことを知ってた」

「……」


 そこを突かれるとは思わなかったのか、ノーウェルは無言となってしまった。ゆっくりと視線をおれから離して窓の外を見つめた。


「そこを突くか」


 言い訳を考えてるのか、少し遠くを見ている。何だかもどかしくてイライラさえしてくる。


「もし、それを知ったとして君に何の利益があるんだ」


 何も利益なんかねぇよ。こっちに得することがなくても、聞きたいから聞いている。それだけだ、ただそれだけだと言ってもノーウェルは認めてはくれないだろう。何なんだこの駆け引き。すっげぇめんどくせぇよ。


「じゃあ、おまえは地球から来たであってるんだよな?」

「ああ、それは正解だよ。北欧出身だけどね」

「おれは東洋だ」

「見れば分かるよ。俺は北欧でも、田舎だから贅沢なことはなかったよ。だから、きみは随分、良い国にいたんだね」

「……まあ、それは否定しないよ。確かに、贅沢なのかもしれない。ってか、不幸自慢したって何にもならないだろ。自分の育った国がどれだけ良いのかなんて生まれて育った奴だけしか分からないんだからな」

「……そうだね」


 おれは、不幸自慢が嫌いだ。おまえに何が分かる、とか言う奴ぶっ飛ばしたくなる。知らねぇよ、分からせようと思わせるなよ。ほんとめんどくせぇ。

ノーウェルは少し目を細めて、テーブルを見つめる。寂しそうな瞳に、周りのご婦人方がザワザワし始める。



「まあ、知り合ってそんなに経ってないし、言いたくなきゃそれで良い。仲間になるつもりがないなら、どうせ、会うこともなさそうだしな」

「……」

「本当に仲間には?」

「無理だよ。きみの彼女が嫌がってるみたいだしね」

「彼女じゃねぇんだけどな。あまり恥ずかしくて言えないが、恋人いたことない」

「勿体ないな。モテそうなのにな」

「モテてることに気付いてないのか、本当にモテてないのか分からないけど」


 モテたこと記憶にないからな。女はおれを避けてたし、理由はいつも同じ友達とばかりいるから変な噂を流されたから。ただその友達は、おれが知らないうちに彼女を結構前から作っていたという裏切りをしたけど。

別に妬んだり悪く言うつもりはないんだから、言ってくれても良いだろ? そしたら、彼女とのデートを考えて、おれも誘う頻度を減らすってのに……。


「告白をしたりとか、されたりとかもないのか」

「んー、その経験はないな。そういや、誰かを好きになったっていうのもないしな」


 初恋すらないってのは珍しいかもしれない。良いなとは思ったことがあっても、付き合いたいまでにはいかない。


「そっちはモテるし、色んな人と付き合ってたりするんだろ」

「そうだね。付き合ってた人はいたよ」

「遠距離だな。たぶん、最長距離だな」

「残念だけど、今はフリーだからね。確かに最長距離だね」


 ノーウェルはクスクスと笑った。世界一の記録集に載れそうなほどだと小さく付け加えると、更に笑いを深くした。クールな見た目の割りに笑うと少し幼く見える。


「また、彼女が迎えに来ると思うから帰ったら? 明日には着くだろうし」

「あんたは、降りないのか?」

「俺はリンドーに用があるんだよ。だから、さよならだ」

「……そりゃ、寂しいな」


 リンドーはどんな所なのか、軽くしか聞いてないため、見てみたいことには変わりないが、学園都市も同じく興味があるため、止めることはしなかった。席を立って会話を止めると頭の中が真っ白となっていて、何も話すことなくその場を離れた。明日の到着までは時間はあるんだから気にする必要はないが、ノーウェルが何も話す気がない空気を出していたため聞くことは止めたが、会ったばかりの人に根掘り葉掘りと聞かれたら嫌な気分になるだろう。


 廊下に出ると、部屋に籠るのが嫌になったのかたくさんの人が出ている。


「ふぁ……ねむっ。そろそろ服乾いてるかな」


 ずぶ濡れとなった服は看板に干して、今は船員の人の着替えを借りていた。海の男はガタイが良いため、ブカブカとなっている服にため息が出る。


「もう少し、鍛えようかな」


 服からはみ出た腕が、海の男たちと比べると貧弱さが一際目立ってしまう。ノーウェルは身長も高いし、ソフトマッチョっぽい。

オッサンは元からガタイが良いから、ノーカウントだとしても……おれより貧弱そうなのはルゥトだけだ。偏ってる見た目のパーティーだと思う。

見た目だけならアンバランスで戦えなさそうだ。




「あー、ジャンクなもの食いたい」


 手軽に食べられる物がどうしようもなく欲しくなる。

駆け回るルゥトが、おれを見ることなく通り過ぎる。まだウィズは甲板にいるのだろうか。

変な食欲を感じながら、部屋に戻ることにした。


「おっ、ウィズも戻ってたのか」

「……うう」

「どうした?」

「……船酔い、みたいだな」

「あー、それはそれは。おれには何も出来ないな。大丈夫か?」


 先に横になっていたウィズに近寄り、額を触れば熱はない。白い肌が更に白く見える。船酔いになったことが未だにないから分からないが、辛そうだな。


「なんか冷たいものいるか?」

「……いらない」

「少し休んどけ。目を閉じればマシになるかもしれないし」

「……うん」


 床にオッサンと同じように座ることにした。ひんやりとした床は尻が冷えそうになる。


「そういや、オッサン船に落ちた時、あの剣が来ること知ってたな。記憶戻ったのか?」

「……いや。危ないような気がしただけだ」


 気がしただけで避けるって普通では出来ない芸当だよな。まあ、聞いた感じではおれも危ないような感覚がしたが、流石に何が来るまでは分からなかった。もしかしたら、記憶にないが、その力を本来のオッサンは見知っていたんじゃないだろうか?

オッサンの正体も分からないままだが、もしスワル城とか敵対の騎士だったりしたらどうするんだ。


「記憶を戻した時って、記憶を失った時のことは忘れてんのかな」


 ふと思った疑問。おれは体験したわけじゃないから分からない。分かりたくないな。



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