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悪夢襲来④

シキの広範囲超精密射撃魔法キチガイまほうこと『弓張月』の弾幕が収まると同時に、後方で控えていた魔術師部隊が護衛をともないつつも残党を片付けるために突撃を開始した。

それを見送りつつ、シキは軽く荒れた息を整えるために深呼吸をする。


「タチバナ、聞くが、リヒトシュタートの首都を氷漬けにしたときのシキの疲労はこの程度だったのか?」


スーハースーハー、とどことなく余裕のある状態で深呼吸をしているシキを指差してカレンは問いかけた。

問いかけに一瞬黙り込んだタチバナは記憶の箱をごそごそと漁って思い出してみる。

確か、あのときは。


「無詠唱でこれより広範囲かつ同レベルの精密さでやらかしてましたね。そのときは軽く貧血のような状態になっていましたが」

「五月雨の龍のときは?」

「一番強くなっている属性以外で無理矢理魔力に物を言わせていたそうなので、今回より疲労度は高かったですね」


そのシーズンで一番力を持つ魔法での大魔法ならば、魔力の消費は抑えられる。

それを無視したであろう五月雨の龍は除外し、今回の弓張月と首都凍結(無詠唱)を比べる。

首都を凍結させた無詠唱でさらに精密さを鑑みるに、一応今回のほうが魔法としてはランクは下なのだろう。


「はぁ、やっぱりあれだな。うん。おかしいわ」

「だーれーが、何だってぇ?」


シキを指しておかしいと言ったカレン。その後ろから息を整えたシキが恨めしそうに覆いかぶさってくる。

そのまま後ろからほっぺたを抓られて、カレンは半笑いの状態ですまない、すまないと叫ぶ。


「ちょっと二人とも。じゃれてないで、私達も追撃にいくわよ?」

「え、まだやるのか?」


追撃にいくぞ、と呆れたように言うフィリーに、思わずシキもカレンも、タチバナさえ驚いたように顔を見合わせた。

あれだけの戦果だ。ほっといたって超高額報酬は約束されたようなものだ。

これ以上は譲ってやるべきだろう。


「あのねぇ、カレン、タチバナも」


だが、フィリーは深くため息を零して呆れたと言わんばかりの声音で林を指差しながら言う。


「今、戦果を挙げたのはシキだけよ?私たちは横で立ってただけ。チームとしての基礎報酬はともかく、戦果報酬を貰える働きはまだしてないのよ?」


チームとしての参戦だが、個人に支払われる報酬は出来高制だ。

チームに支払われる共同報酬はともかく、個人に与えられる追加の報酬は戦果を挙げなければビタ一文入らない。


「……そ、そういえば」


チーム登録での報酬制度の詳細を思い出したカレンは、ひくりと唇を引きつらせた。

タチバナは落ち着いたものだ。というか、タチバナ自身は追加の報酬がほしいとかあまり考えていない。

なにしろ、家計を支える財布の紐はシキに握られているので。

それに、もらってもシキに丸投げして終わる。物欲はあまりないので基礎報酬だけで十分と言うか。


「わたしはこれ以上はちょっとやりすぎって怒られちゃうから待機してるよ」

「俺も基礎だけで十分ですから。ここでシキと待機していますよ」


ここに待機する、と言うシキと居残る宣言をしたタチバナはそのまま視線を林に向ける。


「とりあえず、追加報酬がほしいなら急いだほうがいいですよ。シキの魔法がアレを殆ど殲滅してましたから、獲物がいなくなります」


弓張月という魔法は、タチバナが見る限り追跡機能までついていたようにも感じる。

降り注いだ軌跡がカーブや直角を描いているところを思い出すに、間違っていないだろう。

恐らくあの林の中で残っているマギコックローチは偶然仲間の下敷きになって追跡を逃れたか、シキの索敵に引っかからずにすんだか、幸運にもあの高温の炎の弾丸の数よりあぶれていたヤツらくらいだろう。


「んー、弾丸は一応万単位で射出したけど…精密さに重点を置いたから、っもっと減ってるかも。それでも、殆ど潰したとは思うよ」


もののためしに射出した弾丸の総数を聞けば、やはりとんでもない単位がぽろりと零れ落ちてきた。

今回は完全に照準の精度に重点を置いていたようなので、威力はともかく取りこぼしはある、とシキは言う。

そして今、活躍の場と恨みつらみの発散のために突撃していった魔術師部隊(一応先鋒軍)が殲滅する量を考えると。


「急ごうフィリー!」

「だから言ったじゃない!!」


アレを切るのは嫌だが、報酬にはやはり勝てないらしくカレンは慌てて林に向かって走り出した。

フィリーも同様に走り出す。

走りながら何か言い合っているようだが、陸上競技選手もびっくりな速度で走り去った二人のいいあいをシキたちが聞き取れるわけもなかった。


「うーん、わたしの護衛してくれてたから戦果報酬が無くなるわけじゃないんだけどなぁ」

「なんでも、欲しいものがあるそうですよ」


二人を見送り、先鋒軍の陣地に非戦闘員たちに混じりつつ休憩の支度を始めるシキの呟きに、タチバナが答える。


「俺も詳しくは知りませんが、まぁ、楽しみにしていればいいんじゃないですか?きっと、見せびらかしに来るでしょうし」

「かもね。じゃ、わたしたちは大人しく待ってようか」


お疲れ様でした、という言葉と共に衛生兵から差し出された昼食もどきを受け取り、二人は遅い昼食を食べ始める。

林の方角からは、何やら爆音が響く。


「…せっかく廃墟は無傷にしたんだから、無傷のままにしておいてほしいなぁ」


きっと叶わないだろう願い事を、シキは小さく漏らした。

それにタチバナは、無理でしょうね、と視線を逸らしつつ答え、スープをすする。

嫌に暢気な戦場の食事風景だった。



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