悪夢襲来③
そこは文字通りの地獄であった。
うぞうぞうごうごうぞうぞうごうご………以下、エンドレス。
気の弱い魔術師たちは、男女問わず泡を吹いて気絶する人間もいた。
想像してほしい。
1メートルサイズのゴのつくアレが、林の中に溢れんばかりに蠢いているのだ。
しかも、共食いまでしている。
「SAN値直葬…………」
思わずシキはそう呟いた。
故郷で見たり聞いたり召び出したりは絶対駄目、の代名詞である這いよりんとかイアイアとか、宇宙の外のアレとかそれ系かと疑うレベルの光景に悪寒どころか生理的嫌悪を通り越して吐き気がする。
なお、直視しないようにしていてもこれなので、魔術を着弾させるために見なくてはいけない魔術師たちのSAN値は押して知るべしである。
『あ、あのぅ…』
先鋒として出撃したシキたちに、指令を飛ばしている指揮官の魔術師から風で声が届く。
あまりのおぞましい光景にノックダウンされたフィリーやカレンをタチバナに任せ、シキはその通信?に答えた。
「はいはい。カフェ・ミズホ。偵察部隊と合流状況確認完了しました」
『こちらも、偵察部隊が設置した魔道具によって状況把握しました。その、大変申し訳ないのですが、魔術師の大半が………』
言い淀んだ司令官の言葉に、シキはさもありなんと頷いて仕方がないと答えた。
だって仕方がないだろう、アレは。
あまりにも生理的嫌悪を呼び起こしすぎる光景だ。
地球でもアレらは天敵呼ばわりされていたのだから、さらに巨大化したアレがこちらでああも共食いしながら大量発生しているなら、使い物にならなくなったっておかしくなんてない。
シキがどうにか正気でいられるのは、本能が鳴らす警報に従って直視しなかったおかげだ。
ガチで見たらシキも吐くしきっと絶対確実に叫ぶ。
そうつらつら考えている中で、高校生だったころに小耳に挟んだ情報があった事を思い出した。
正しいかどうかは分からないけれど、なんでも、アレは恐竜が生きていた時から存在していて、けれどアレはまだ大きな姿で、哺乳類はネズミのように小さな姿だった時代。
哺乳類はアレの餌だった。
だから、たとえサイズが逆転していようとも本能どころか遺伝子にまでアレは危険だと刷り込まれていて、だからこそこうも生理的嫌悪を抱き、抹殺しようと思考するのだとか。
この世界のように、巨大で魔術まで使うアレがいるとなると、眉唾とは思えない話だ。
『本部に確認がてらこの映像をそのまま送りつけて、了承を得ました。林ごとで構いません。クレーターが出来ようが、巨大な地割れが出来ようが問題ありません。四季の魔女の持てる最高火力で焼き尽くしてください』
指揮官が、異常なまでに平坦な声音でそうのたまう。
魔道具で撮影したアレの共食い大群の画像を本部に送りつけたと言っていたので、きっと本部の会議室でも阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がっているのだろう。
きっと、最初は渋っていたギルドのマスターも、貴族連中も、アレを見た瞬間に手のひらを返したかのように了承したのだろうとも分かった。
「最初からそのつもりだったので、いいですよ。で、焼き尽くしてしまう前にちょっとだけ報告があります」
焼き尽くすのは構わない。
だが、そうなると後で伝えようと考えていたあの事や、きっと調べるべき廃墟は灰と化す。
それでは互いに困る、とシキはタチバナに視線だけで了解をとってから口を開いた。
「こちらの憶測でしかないのですが、あの廃墟、封印されていた遺物が解放されたものかもしれません」
『それは、どういう?』
「ギルドにも報告が上がっていると思いますが、東大陸を中心に遺物の封印を解きまくってる女がいます。どうもその女の特徴が、リヒトシュタートからラグに、そこから東大陸に渡った女司祭に近いんですよ」
リヒトシュタート、という言葉を聞いた司令官は、今の所はアレを意識の外に完全に追いやって、シキの言葉を吟味する。
難しく考える必要などない、答えはわかりきっている。
『……すみませんああ言った手前本当に申し訳ないんですが、やっぱり廃墟や森には一切の被害を出さないで殲滅してください』
もしも。
もしも、この林にあるあの廃墟が封印されていた遺物だったとして。
それを解除したのが、シキを憎むリヒトシュタートに属する人間だったとして。
もしも、それが本当ならば。
(それは明らかな侵略行為)
リヒトシュタートに現在も実行されている経済制裁など、まだまだ生温い。
各国が組んで連合軍となり、攻め込んでもおかしくはない状況になる。
あの国はあの国だけで完結出来てしまうほど閉鎖的でありながら富んだ国だが、最低でも三カ国の軍を相手にすることとなるだろう。
ラグ、シュッツヴァルト、ハルニレ。
ラグはシキを保護しているがゆえ、シュッツヴァルトは琥珀の魔王の契約にシキが関わっているがゆえ、ハルニレはリヒトシュタートの隣国であるが故に。
そしてこの三カ国は戦力と言う点で、ズバ抜けている。
まず喧嘩を売ろうとか考えてはならない国の筆頭なのだ。
「少しばかり焦げた死体が残っても、文句は言わないでくださいね」
『はい。それは調査隊や現在控えている連中に投げます。今はとりあえず、アレを潰してくだされば』
指揮官がリヒトシュタートの関連性に気がついたと理解したシキは、完全殲滅のための魔法ではないが故に少しばかり討ち漏れがあるかもしれないと念を押した。
最大火力として参戦している以上、仕事はしっかりとしたいのだ。
そして、報酬はきっちりふんだくりたい。
ひとまず言質が取れたので、作戦行動を開始すると伝えたシキは通信が切れたのちに、どうにか復活したカレンやフィリー、タチバナ、そしてその後方で待機するシキと同様に先鋒を任された魔術師たちの隊長に指示を飛ばす。
「わたしが術を撃ち込みます。なるべく潰しますが、聞いたとおり調査のために高火力で焼き尽くすわけにはいかないので討ち漏れが出ます」
「はは、そのために我々がいるのですよ。まぁ、大半はアレのせいでちょっとばかり使い物になりませんが」
シキの言葉に苦笑して、斥候として出向いていた土系魔術師が言う。
指差した後ろには、顔色の悪い炎系魔術師たち。
だが、やる気はあるようでそれぞれ魔術の起動点となる杖を振って気合を入れている。
「ひとまず、私が撃ちこんだ後に追撃をお願いします」
「了解した」
魔術師たちへ指示を出した後は、カレンとフィリー、そしてタチバナに護衛についてもらう。
「対象を指定しての超精密魔法だから、無防備になっちゃうんだよねぇ」
「リヒトシュタートの首都を凍らせた時のように、ですか?」
背後に魔術師軍団、自身を中心にして三角形で陣形を組んでもらう。
タチバナも黒い針を大地に突き刺し、発動文言を唱えれば即座に結界が発動できるように準備をした。
カレン、フィリーはそれぞれ武器を軽く構える。
「そ。ちょっとアレを魔力だとはいえ感知しなきゃいけないのがとんでもなくイヤだけど、がんばるよ」
「今回はどんなトンデモ魔法がでるのかしらね?」
「最近は慣れてきたが、去年の五月雨の龍以来だからな、こんな大規模な攻撃魔法は」
大規模、という点ではヴィンフリートに仕掛けた隷属魔法と拘束魔法も大概だが、見た目の派手さはあまり(カレンたちにしてみれば)ない。
少しだけ楽しみだ、と二人は笑い、タチバナもキラキラとした眼差しでシキを見る。
シキの魔法は、精霊やシキの世界の神様を見せ付けられているかのように、美しい。
実際、形を作るタイプの魔法はそれをモチーフに構成しているのだから当たり前なのだが。
だが、やはり綺麗なものは綺麗なのだ。
そして、それはシキの世界を垣間見る事と同じだと、タチバナたちは思っている。
すべてのものに宿り、気紛れで怒ると怖くて、でも優しく背を押してくれるそんな神様たち。
例えそれが魔法と言う力で現出した偽者だったとしても、シキというフィルターを通して見ているに過ぎなくても。
少しでも、近くて遠いシキの世界を垣間見えるのなら。
それは、とても嬉しいのだ。
だって、仲間の、友人の、妻の事を知りたいと願うのは当たり前なのだから。
「今回は結構派手、かな。ま、見ていてよ」
ニンマリと笑ったシキは、ひとつ高らかに拍手を打って意識を一気に集中させる。
索敵、対象決定、範囲決定、威力決定。
発動に必要な工程を経るたびに、シキの中の何か、脳内の許容量やそれ以外がまるで唸りをあげるかのように一気に臨界値付近まで高まるのが分かる。
それに呼応して、シキの周囲で魔力が渦を巻く。
タチバナたちの衣服や髪がが風もないのに煽られ波打つ。
少しだけ離れた位置で見守る魔術師団は、一気に普通の人間ではありえない高みまで跳ね上がった魔力に、誰もが息を呑んだ。
「うかびしてんきゅうそらをかこみ。はれわたりしそらよりてんきゅうふりそそぐ。うちふるてんきゅうまめつのほのおよ うけよめっせよ。いななけあまつかみのやきゅう『弓張月』!!!」
柔らかな燐光がまるで和弓のように形作られ、それを天に向かって引いて射る。
鋭くその光は空に打ちあがり、空高く昇ったかと思った途端、何千もの球体に分裂する。
そして。
ガガガガガガガガガガガガッ!!!!!!!!!
風を切る鋭い音を発したかと思った途端、凄まじい音を立ててマギコックローチに降り注いだ。
逃げる個体も、そうでない個体も、無差別にけれど決して森を傷つけることなく、撃ち抜き、瞬間に発火し、焼き尽くす。
降り注ぐ燐光の色は美しい青。
そう、炎というのは高温になればなるほど白に近くなる。
燃え尽きるマギコックローチは、降り注ぐ超高温である青い炎に撃ち抜かれたことによって発火しているにすぎない。
当然、その炎が森の木々に燃え移らぬように術式内で調整しているが。
「……星が、降ってるみたいだな」
ぽつり、とその光景を見ていた誰かがそう言った。
空からは青い炎が変わらず降り注ぎ、林の中では黒い蟲がその劫火に瞬時に焼き尽くされていた。
浮かびし天球空を囲み。晴れ渡りし空より天泣降り注ぐ。撃ち降る天弓魔滅の炎よ。受けよ滅せよ。嘶け天津神の箭弓『ゆみはりづき』
天球と天泣と天弓をかけてます。
ちなみに箭弓とは弓矢のこと。箭が矢なんです。
とある神社からネタを頂戴いたしました。