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悪夢襲来①

春と夏の境目。

それは沢山の生き物たちが活発に動き、繁殖するシーズン。

それは魔獣もそうでないものも例外はない。

そのため、討伐や狩りに関する依頼は何よりも多くギルド内に溢れかえる。

そして魔王よりも脅威の度合いはかなり引くいものの頻度はそれなりに高く年に数回各地で魔獣の大量発生というものが起きる。

特に、森や海などが近くにある場所は餌も隠れ場所も多く、結果としてその脅威にさらされることとなる。

ラグも当然、大量発生の憂き目にあいやすい場所であった。


「えー、そんなわけで。シキさんたちには大量発生した魔獣の討伐軍で先鋒を切っていただきます」

「拒否権は」

「無いですね。強制です」


ギルドの応接室でラウラからシキは強制依頼を通達されていた。

下の階では、昨年の魔王討伐を髣髴とさせるほどに召集された人間がガヤガヤと話し込んでいる。

あまりの喧騒に、シキたちへの依頼文言が掻き消されてしまうのでこうやって応接室の一室をもぎ取っているわけだ。


「で、今回は何が発生したの?蜂はこの前潰したって聞いているし、熊?蛇?それともイカタコエビの魚介類?」

「いえ、虫です」


虫、と聞いた瞬間シキの眉が寄った。

古今東西、世界異世界問わず女性は虫があまり好きではないのが一般的だ。

当然、シキもあまり好きではない。

日本にいたころは祖父母の農作業の手伝いでアブラムシやイナゴなどの農作物の敵と戦ってきたので免疫がないわけではない。

それに、カブトムシやセミ、カナブンくらいならば素手で捕まえられるくらいには平気だ。


「で、なんの虫ってか魔虫?の群れが出たの?」

「……飲食業の天敵の上級種、と申し上げれば分かりますか?」


沈痛な面持ちで、ラウラはそう言った。

シキは、一瞬その言葉に悩んだ。

飲食業には基本的に虫は敵だ。それがどんな種類であれ、キッチンに入った瞬間抹殺すべき存在となる。

だが、ラウラの表情を見る限りその程度ではなさそうだと感じた。

敵ではなく、天敵と称したことも気にかかる。

そこでシキは思い至った。

飲食業における敵である虫の中でも、最大の敵となりうるとある虫を。


あれだけは駄目だ。

何が何でも駄目だ。

一匹見たら30匹。

家中の食品類を避難させてバ○サン炊かねばならない。

いや、それだけでは足りない。

あらゆるところにホウ酸団子も仕掛けねば。

抹殺どころの話ではない。滅殺せねばならない。

見敵必殺サーチアンドデストロイである。


「お分かりいただけましたか?」

「えぇ。えぇ、よぉーく、分かりましたとも……一匹残らず、刈ります」

「お願いします」


どのような魔獣が大量発生したかを理解したシキは、瞳のハイライトを消し、無表情で刈ると言った。

狩るのではない。刈るのだ。

獲物としてではなく、ただただその存在を滅するためにその命を刈り取るのだと。

いつものシキの台詞ではない。

どちらかといえば争いごとに関わりたくないと明言しているシキの台詞では決してなかった。

だが、暗く沈んだその瞳にはチリチリと埋め火のように明確な殺意が揺らめいている。


「巣穴の場所はラグから少し離れた草原地帯の端の森です。林、と称してもいいような小さな森でしたので、まさかそこで隠れて増殖するとは思わなかったんです」

「こっちの世界のアレは、魔獣だけあってムダにでかいからね」

「そうですね。あぁ、そういえば。過去の大戦中にも何度か大量発生したようですが、そのたびに何故か強制召還されて嫌々戦っていたはずの異世界人たちが率先して刈っていたそうですよ」

「ふふ……。あっちの世界では、ある意味人類の敵ですから。えぇ…」

「大丈夫です、こちらでも当然、敵ですから」


ラウラとシキが、酷く暗い声音でふふふふふ……、と笑う。

応接室に入って来たとある青年は、その雰囲気の恐ろしさに思わず回れ右をしてしまう。

だが、扉を静かに閉めて一呼吸置くと、覚悟を決めてもう一度その扉を開いた。


「失礼いたします」

「はい、どうしましたか?」


声をかけてもう一度入った青年に、ラウラもシキも通常通りの朗らかな笑みで迎えた。

思わずホッとした青年だが、なんとなく雰囲気はあまり変化していないので恐ろしさが背筋を這うように競りあがって来たので手短に用件を伝えるべく彼にとって今までの人生の中でもっとも短く的確に伝言を伝えた。


「ギルドマスターがマギコックローチ掃討作戦の最終調整のため会議を始めるそうですので、第一会議室までお急ぎください」


本当はもう少し伝えることがあったのだが、とりあえずこの場から逃げるのが最優先である、と青年は伝言を伝えるとすばやく敬礼し、部屋から出て行った。

それを見送ったラウラは、一口紅茶を啜るシキにひとつ契約書を差し出して言った。


「今回の依頼の契約書です。あなた方四人一人ひとり書いてもらうのも面倒なので、チームとして受けてもらえますか?」

「こっちも事務仕事減るから助かるけど、報酬は減ったりしないよね?」


そこは重要である。

もしもかなりの額が減ってしまうようならば、たとえ面倒でも一人ひとりで受ける。

なにしろ、時折入る重要な収入でもあるのだから。


「それはありません。参戦者名簿の欄や事務手続きを一括で通すことができるようになるだけで、報酬計算はランク報酬と成果報酬、基礎報酬の合計を一人ひとり出しますから」

「そっか。ならそれで」


さらさら、と依頼書にサインを入れる。

見てみれば、代表者はシキになっており、チーム名も『カフェ・ミズホ』となっていた。

間違っていない。間違っていないのだが。


「チーム名、これはないんじゃないかな?」

「分かりやすいじゃないですか。恐らくですけど、どんなチーム名にするにしろ他の方々、特にラグに拠点を置いている方たちはそう呼びますよ?」


高ランク称号持ちと異世界の魔女が喫茶店をやっている、と有名ですから。と言い切られたシキは一瞬だが頭痛を覚える。

だが、なんにしろ分かりやすいのはいいことだと無理矢理納得して、書類をラウラに渡した。


「とりあえず、指示を待つよ。下にいればいい?」

「はい。出撃準備だけは整えておいてくださいね」

「りょーかい。じゃ、また後で」


ひらり、と手を振りシキは応接室を出る。


「焼き尽くしてやる」


部屋を出る寸前ぽそり、とシキの唇から漏れ出た言葉に、ラウラは微笑んでいた。


「勝利確定、ですね」



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