そうだ、温泉に行こう。④
思う存分温泉を堪能したシキたちは、合流場所へと向かっていた。
だが、そこには見事に人垣ができていて、やれやっちまえだ、いい加減にしないかだとか。
そんな怒声が飛び交っている。
「……何があったのかな」
「イヤな予感がするわね」
「なんとなく予想がついてしまうのは、いいことなのか悪いことなのか」
三人揃って、予想がついてしまっているこの人垣の理由に頭を抱える。
一応、念のためと近くにいた少女に話を聞けば、案の定。
「タチバナの顔に吊られて声かけて振られたバカが刃物抜いたか」
「っていうかシオンに手を出しかけたのを片手であしらったのもきてるわね」
「タチバナは案外短気だからねぇ。手を出されれば倍以上にしてやり返すから、事態が悪化するんだよねぇ…」
三人ともがため息をついて、そして人垣を割って入り込み、タチバナに向かってナイフをちらつかせるゴロツキと、それらからシオンを庇うように立ちふさがるタチバナの間に出る。
「シキ、来たのですか」
「集合場所だからね。で、どーすんの、コレ」
「しばいて放置します」
「異名持ちがこんな目立つ場所でそんなことしたら罰則ものでしょうが」
ギルドの仲介を挟まない喧嘩は処罰対象だ。
現在、タチバナが武器を抜いていないので喧嘩としては認定されないが、相手をぶちのめした時点でそれが成立してしまう。
投獄を免れるために支払わなくてはならない罰則金の金額を想像しただけでぞっとする。
「無視すんじゃねぇ!!」
「はいはーい。喧嘩は御法度だよ?」
ゴロツキを完全に無視する形で会話していた二人に痺れを切らしたのだろう、ゴロツキが唾を飛ばしながら怒鳴る。
が、その動きは後ろからかけられた声によって消え去った。
「き、騎士さま……」
「僕は騎士団第18部隊隊長シュノ・イナモリ・オルトゥルフ。さて、君は武器を持たない一般人に何しようとしてたのかな?」
「ぐっ…あのキツネ野郎が悪ぃんだ、オレの誘いを断ったりなんかするから……っ」
「はいはい。話は詰め所で。っていうかナンパして振られた腹いせにこんな騒動起こして、最高に恰好悪いよ、君。ヴィン、連れて行って」
「了解した」
流石に騎士、しかも隊長だと名乗った相手。加えて首元に鞘がついているとはいえ剣が添えられている状態で抵抗する気概はなかったらしい。
ヴィンフリートの魔術によって手早く拘束され、そのまま連れて行かれる。
何しろ、魔王の拘束魔術だ。逃げられやしないだろう。
「やほー、シュノちゃん。迷惑かけたね」
「お久しぶりです、シキさん。いつこちらに?」
ゴロツキが拘束され詰め所に連行されたことでトラブルは終わったと判断されたのか、周囲の人垣があっさりと崩れて消えていく。
残されたシキたちは、ニコニコと笑いながら声をかけてくるシュノのそば近くに寄って、数ヶ月ぶりの再会を喜ぶ。
「温泉入るために飛んできたんだよ。ヴィンから聞いてないかな?」
「いいえ?……あいつ、面倒臭がったな」
「シュノちゃん?」
「い、いえ。なんでもないです」
ぽそ、とヴィンフリートに対して毒を吐いたシュノは、笑顔でそれを誤魔化しつつ手を振った。
もちろん、シキたちにはしっかり聞こえていたが、そう言って相手を扱き下ろせるのはある一定まで仲が良くなったがゆえだと知っているので聞こえなかったふりをした。
悪口陰口とはまた違う、仲が良いからこその言葉というのは、どこか暖かいものだ。
「それにしても、温泉ですか。前に来たときは入りそびれたと言ってましたもんね」
「えぇ。今回は堪能したわ」
うふふ、と肌艶が良くなった頬を撫でながら、フィリーが笑う。
よくよく見れば、シキもカレンもどこか肌つやが良さげだ。
あまり変わらないのはタチバナだろうか。
あいも変わらず眼福ものの美貌だ。
そこでシュノは、彼の後ろで困ったように周囲を見る少年をみつけた。
「シキさん、彼は?」
「あぁ、わたしの弟子」
「弟子!?」
思わず叫んでシュノは少年、シオンを見た。
すると、緊張した面持ちでシオンは彼女に挨拶をする。
「はじめまして。シオン・ミズアサギです」
「始めまして。シュノ・イナモリ・オルトゥルフです」
軽く握手を交わしてから、シュノはもう一度シキを見た。
「まさか、お弟子さんを取るとは思ってもみなかったです」
「色々あって、色々考えた結果かな?」
「あはは。今度そちらに行ったとき詳しく聞かせてください」
耳元を軽く押さえたシュノは、そう言葉を返しながら眉を顰めた。
「スイ」
「時間切れのようじゃ」
「みたいだね」
変わらずシュノの方に襟巻きのように巻きついているスイと言葉を交わすと、ひとつ綺麗に礼をして、困ったように言った。
「ごめんなさい。もうちょっとお話してたかったですけど、ちょっと面倒事が起きたみたいなので」
その言葉に、シキは首を横に振って言った。
「職務中に引き止めちゃったのはこっちだし、気にしないで。また遊びに来るから」
現在のシュノの恰好を見ると、騎士としての制服だった。
シキの所へ来た時の恰好とは違って、シュッツヴァルト城下町で見かける騎士たちと共通する部分が多くある。
その恰好をしているということは、どう考えても職務中。
友人に会えたからと言って引き止めてもいい道理はなかった。
「はい、ありがとうございます。それでは、また!」
手を振って、シュノは駆け去っていく。
その後姿を見送って、シキたちはその場から移動を開始する。
「タチバナ、やっぱり巻き込まれたね?」
「断じて俺のせいではありません」
「いや、短気なタチバナが今回に関しては事態にトドメを刺したんじゃないか?」
「そうよね」
「あ、あの、ぼくを庇ってくれたんで……」
移動しながら、タチバナに苦言を呈する女性陣。
散々な言いように、シオンが遠慮がちにフォローを入れる。
確かにシオンを庇った結果がアレなのだろう。だがそれはそれ、これはこれなのだ。
ナンパを振り払うとき、仮にもハニトラ得意だと豪語するのならその口先三寸で丸め込んでしまえばよかったのだ。
恐らく、それを面倒くさがって適当に追い返そうとして、ナンパしてきたゴロツキが逆上したのだろう。
結果、シオンがとばっちりを受けたのだ。
「なので、今回は面倒くさがったタチバナが悪い」
理由をいくつか述べながらそう言い切ったシキに、タチバナはバツの悪そうな表情をして視線を逸らした。
自覚はあるらしい。
「ま、とりあえず説教も御仕置きも帰ってから。多分、改装工事も終わってるだろうしね」
「だな」
「そうね。明日は荷物の運び込みもあるもの、手早く済ませなきゃいけないわね」
ちろり、と視線を向けられたタチバナは少しだけ寒気がした。
できれば、わさびの刑は避けたい。無理な気はしているが。
そうして来たときとは逆に人目につかない郊外で転移魔法の光が弾ける。
日帰り温泉旅行は、これで終わり。
明日からまた、忙しい日々が始まる。
大小問わず、トラブルは付き物です。憑き物かも?