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そうだ、温泉に行こう。①

それは土砂降りのある日。

フィリーが何故か仁王立ちで言った。


「シキ、温泉にいきましょう」


この雨では正直客足は望めない、と準備はしつつもどこかゆっくりとしていたシキたちは、4人揃って目を点にした。


「い、いきなりどうしたの、フィリー」

「冬にシュッツヴァルトに行ったのに温泉に入りそびれたじゃない」

「まぁ、運がなかったっていうか……掃除中じゃあねぇ」


ヴィンフリートの件でシュッツヴァルトに向かった冬。

城に引いてある温泉に入ろうと話をしていたのだが、運悪く清掃中にぶち当たり、絡んできそうな厄介な貴族たちの入浴時間に引っかかりそうになり、と入れず仕舞いであったのだ。


「そうなのよ!で、これを見たらもう我慢ができなくて」


ずい、とフィリーが突き出してきたのはいわゆる雑誌だ。

表紙には『世界の温泉特別特集!』という言葉が踊っている。突き出されたそれを受け取って捲ってみれば、現代地球とは違って写真ではなく多くのイラストと共にさまざまな地方の景色と温泉の効能が解説されていた。

シキにとってはあまり馴染みのない、けれどフィリーやカレンにはおなじみらしい形式。


「新刊出てたのか!」

「えぇ、最新号よ、カレン!!」


カレンが雑誌を覗き込んでなにやらふむふむと頷いている。

シキとしてはあまり雑誌に興味がなかったので今までスルーしていたが、やはりどの世界の女性もこういうものには目がないらしい。

この雑誌の特集のトップを飾っているのはどうもシュッツヴァルトだ。

見覚えのある城が背景に聳え立っている。


「ね、シキ。いきましょう!?」

「う、うん」


あまりの勢いに思わず頷いてしまうシキ。

というか、そんなにも温泉にいきたかったのかフィリーよ、と気がつけばカレンに完全に持っていかれた雑誌を視界の端に捕らえてから唇を引きつらせる。

嬉しそうにくるくると踊っているフィリーはともかく、何故か口出しをしてこなかった男二人も嬉しそうだ。


「タチバナもシオン君もなんか嬉しそうだね……」

「俺としてはあちらにしかない薬草を仕入れる絶好の機会ですし」

「ぼくは初めて行けるからですよ、師匠!」


シオンの言い分はシキにもよくわかった。

つまりは初旅行確定で浮かれているわけだ。が、タチバナはちょっとまて、と言いたい。

薬草が足りないとか、そのたびに一緒に転移魔法で飛んでいるだろうに。

が、思い返せば今の初夏というシーズンはちょっと変り種の薬草が採れたような覚えがある。

加えて最西端の魔の森から採取される魔獣系薬草は品質が以上に高い。

森に篭っている魔力のせいだろう。

タチバナのお目当てはそれか。


「もう、仕方ないなぁ…。ちょうどそろそろだし、屋根裏の改装日に出掛けよっか」


本当は改装していても店はやるつもりだったのだが、この際なので休みにしようと決断する。

それに、泊りがけではないのだし気軽に行けるよね、とこっそりとトラブルが起きないことを祈った。








「では、お願いします」


後日。

屋根裏部屋の改装と其処にいたるまでの階段の設置などをお願いしたシキたちは簡単な荷物を抱えて店の外へと出ていた。

工事をしてくれるのはドワーフの職人で、ゾルダンの紹介だ。

早くて丁寧、しかも安い。

三拍子揃ったかなりいい職人なのだが、友人の紹介がなければ決して引き受けてくれないのが玉に瑕とか。

それでどうやって商売を成り立たせているか、といえば彼らに工事を依頼したい人間は多く、故に仕事を絞っているのが現状だと言う。

昔からの職人気質、というやつなのだろう。

その職人に挨拶をしてから、シキたちはシュッツヴァルトまで飛ぼうと植樹林に向かう。

帰宅は夕方の予定だ。

改装後の確認もあるので。


「んじゃ、飛ぶよー」


五人揃ってシキが簡易的に描いた輪の中にぎゅうぎゅうと入り込む。

別にこの輪は無くてもいいのだが、転移するものを指定するのに目印があるとなんとなく楽に感じるという理由で描いている。

気の持ちようなのかもしれないが、楽になるのなら描いたほうがいい。

気楽な口調で飛ぶと宣言すると、簡単な古語詠唱に入る。


「せきこえて ゆくはかなたにおぼゆるち むすぶはうきふね われらをいざなえ『渡しの楼門』」


光が閃き弾け、シキたちは一瞬にしてシュッツヴァルトへと転移する。

出た場所はシュッツヴァルト城城門前。


「うわ、やば。目立っちゃうかも」


一番鮮明に覚えている城門を目印にしてしまったシキは、周囲の人間がざわざわと落ち着きをなくして、なおかつ門の前の兵士が槍を構えていることにやらかしてしまった、とミスを嘆いた。

が、城門の上のほうからかなり大きな声で名を呼ばれ、通りがかった一般市民はともかく兵士は槍を納めた。


「タチバナ!!四季の魔女!!!」


琥珀みたいな金色の髪。ヴィンフリートだ。

片手で何やら大量の洗濯籠を抱えているのが、ひどくミスマッチだ。


「魔力の気配がしたので覗いて見れば。どうかしたのか?」


洗濯物籠を抱えたまま、ヴィンフリートは城門の上から飛び降りてくる。

足音もさせずに着地する辺りは流石魔王だが、その恰好はどことなく笑いを誘う。

黒い衣装に、エプロン(フリルつき)。

なんだかとても残念である。


「……ヴィン。その恰好は?」


思わずタチバナが唇を引きつらせながら尋ねてしまう程度には、残念だ。


「シュノからの罰げぇむ?とやらだ。訓練中、うっかり地面を一部吹き飛ばしてしまってな」

「あぁ、恥ずかしい思いをしてこい、と」

「後はこれで部隊全員分の洗濯物をしてこい、とな。最初は羞恥が凄まじかったが、慣れればこの恰好はかなり機能的だ」


少しだけ遠くを見るような眼差しでフリルエプロンを指したヴィンフリート。

最初は恥ずかしくてたまらなかったのだろうが、ここにいたって開き直ったのだろう。ヤケクソ、とも言う。

たしかに、フリルはアレだがエプロンそのものは実用的な作りらしい。

見て楽しむためだけのものではない、と使用されている素材から窺えた。


「だが、何故貴公らはここに?」


風で落ちそうになった洗濯物を籠深くに突っ込みながら、ヴィンフリートが問いかける。


「温泉に入りに来たのですよ。城の温泉は無理でも、他にオススメの場所はありませんか?」


さすがに大使としてではなく一般市民として此処に来ている人間が城の温泉を利用させてもらうわけにもいかないのでそうタチバナが問いかければ、少しだけ悩んだように指を顎に当てながらヴィンフリートは言った。


「……城下町の南の外れ、殆ど郊外で湖と接している場所がある。そこの『スワロウテイル』が女性に人気だと、聞いた覚えがある」

「ありがとうございます。あぁ、仕事中に引き止めてしまってすみません」

「いや、かまわん。今度はシュノにも顔を見せにいってやってほしい」


ヴィンフリートを呼ぶ声に、タチバナが彼は仕事中だったと謝罪する。

それに苦笑で返すと、ヴィンフリートは洗濯籠を抱えなおしてシキに向かってひとつ声をかけた後に駆け足で去っていった。

どうやらなんだかんだで馴染んでいるらしい。

あの恰好も、シュノによる強制的にでも馴染ませようとする心遣いなのかもしれない。

どんなに恐ろしい力の持ち主でも、抜けたところがあったり人間臭かったりすれば、近寄りがたくはならないのだ。


「さて、どうします?」


彼が去った後、タチバナは今にも駆け出しそうな女性陣に声をかける。

いや、今にも駆け出しそうなのはカレンとフィリーだけだが。


「いくわ。南の町外れの湖に接したとこよね?」

「えぇ、彼はそう言っていましたね」

「タチバナたちはどうする?女性に人気ってことは、多分男には近付きにくいかも」


男性が近付きにくい、女性が多い。

タチバナにとってみればある意味鬼門だ。

簡単に言えば、タチバナの顔目当てに女性客が集りかねない。

タチバナにとって、とても邪魔である。


「…面倒ですね」

「幻惑術で誤魔化す?」

「そこまでしてでも入りたいわけでもないので、俺は買い物でもしてますよ」


動いていれば、まだ捕まることはないだろう。

声をかけてきても、買い物の邪魔をするなと言えば勘違い娘でもないかぎり引き下がってくれる。

温泉で捕まるほうが、逃げ場があまりないので面倒だ。


「シオンくんは?」

「ぼくはタチバナさんと一緒にいきます。初めての場所なので、色々見てみようと思うんです」


シオンはタチバナと行動を共にするらしい。

確かに、初めての場所ならば温泉に浸かっているよりも街を散策したほうが

楽しいだろう。


「見事に二つに分かれたね。じゃ、再集合は城門前。何かあったら速攻で連絡を取ること。昼食は各自、時間は四時まで。いいかな?」


誰もそれに異存はないらしく、頷いて解散となった。

シキやカレン、フィリーは温泉へ。

タチバナとシオンは買い物へ。

それぞれ目的の場所へと歩き出した。


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