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指先

カレンデュラ。

食用にも出来るハーブのひとつで、ハーブティーにすれば新陳代謝を高めたり、貧血や生理痛を軽減したりと女性に優しい効能を持つ。

ほかにも、葉はサラダにできるし花は着色料としても優秀だ。

そして何よりも重要なのは、花びらには傷ついた皮膚や粘膜、毛細血管の修復にかなりの効能を持つ、という点だ。

それに、安価で手に入るのも重要だ。

薬としての効能が高ければ高いほど、何故かはわからないが希少度が跳ね上がる。いや、強い効果を持つからこそ希少なのか。

ともかく、このカレンデュラと言う花はかなり強い効能を持つにもかかわらず薬として使う花が咲く期間が長くうえ育てやすいということも相まって、かなり安価で手に入る。

また、加工のし易さから新米薬士の恰好の練習台にもなっているが、それなりに腕を持つ薬士もこのハーブには大変お世話になる。

タチバナも例に漏れず、この花にはかなり世話になっている。


「さて、どうでしょうか」


薬棚の一番下。大きなものが多く入る戸を開けば、其処にはかなり大きな瓶が二つ。

美しい琥珀色に染まった瓶の中身は、乾燥させたカレンデュラを植物油に漬け込んだものだ。

約一月かけて生成されたそれは、カレンデュラの花の薬効成分を凝縮したオイルになっている。


「あぁ、綺麗にできましたね」


このまま小瓶に小分けにしてラベルを貼ればマッサージクリームとして売ることが出来るし、蜜蝋などと混ぜ合わせてハンドクリームやリップクリームなどにすることも可能だ。

タチバナでさえも重く感じるその瓶を引きずり出し、テーブルの上に置けば、光に反射して部屋中に金色の光を散らす。

瓶の蓋を外し、もうひとつ用意した空の瓶にオイルを漉しながら移し変えれば、カレンデュラオイルが完成だ。

出来立てのそれをいくつか小瓶に入れて蓋をし、用意したラベルを貼り付けてギルドに卸す用として横に避けておく。


「さてさて」


棚を漁り、取り出したのはタチバナとっておきの蜜蝋だ。

普通の蜜蜂ではない。魔獣と化した超大型の蜜蜂の巣から精製した超高級品だ。

貴族や商人でも、高位の人間でなければ手が出ない代物である。

魔力を含んだそれは、中に混ぜた精油によって効能を変化させる。

カレンデュラオイルならば、そこらの安価な魔術傷薬ポーションなどとは比較にならないレベルで深い傷の治癒をしてくれることだろう。

ただ、塗布するという手間がある分、即効性が必要な冒険者たちにはあまり好まれない。

戦闘中の怪我で、せめて血止めだけでもと考えるならばやはりポーションの即効性は群を抜いているからだ。

一気に飲み干して即座に効き目が現われるというのは、魔獣を相手取る上で重要になる。

いくら傷の治りが早くても、塗っている時間は無防備になってしまうからだ。

そういう事情もあって、軟膏タイプの傷薬は予備扱いが多い。

結果、値段が手ごろなものが好まれる。

そのため、この蜜蝋を使った軟膏はあまり出回ることはない。

そしてタチバナも、今回もこの蜜蝋を使ったハンドクリームを出す気はまったくない。


「本当に、無頓着と言うかなんというか………」


タチバナのため息の先は、当然の事ながらシキに向けられている。

飲食店、つまりは水仕事をしている以上手荒れはしかたがない。そういうタチバナとて、爪の先は薬草の色で染まっていたりする。

リヒトシュタートにいたころとは違い自分用の軟膏などを用意できる環境なので、少しだけ手入れをすることはしている。

なにしろ、使う武器が暗器。指が少しでも思い通りに動かなければうっかり己の指をバッサリ、という可能性も無きにしも非ず。

特に、針はともかく鋼糸がヤバい。

魔術刻印によって強化された槍でさえも、一定レベルまでは輪切りに出来る切れ味なのだ。

鋼糸の構造は柔らかくしなる片刃の剣、とでもいおうか。

切れる『表』と切れない『裏』があり、それをタティングレースの際に使うシャトルに似た特殊な糸巻きに巻いてある。

そのシャトルから引っ張り出した鋼糸を、裏表間違えぬようにしながら指で繰るのだ。

神経過敏な指先に傷でもあってうっかり繰る事を失敗しようものならぞっとしない話である。

それを防ぐために、専用のショートグローブを嵌めたりするのだが、事故がないとは言い切れないのが怖いところだ。


そんなわけで、タチバナは手のケアに余念がない。

が、シキは冬になろうとなるまいと手荒れアカギレを引き起こしてはやっちゃった、と笑っている。

気がついたその日から、タチバナはシキの手に塗るためのハンドクリームを生産し始めた。

仕事をしている以上、白魚の手というのは不可能だと分かっているし、シキにそんな手になってほしいわけじゃない。

あの包丁やお玉を操る深爪気味なあの手が好きだ。あの少しだけ女性としては節くれだった手が生み出す料理やお菓子がどれだけ美味しいか、タチバナはよく知っているのだから。

だが、別に傷だらけの手でいてほしいわけでもないのだ。


「シキらしいですけどねぇ……」


ぶつぶつと文句をいいつつも、タチバナは慣れた手つきで魔道具であるミニコンロを取り出してその上に小さな鍋をセットする。汲んであった水をいれ沸騰させ、湯銭で蜜蝋を溶かす。

その中に先程取り出したカレンデュラオイルを入れ、混ぜ合わせる。

配合は手のひらに伸ばしやすいように柔らかめだ。

混ぜ合わせたらさらさらとした状態のうちに瓶に流し込めば完成だ。

シキ用のハンドクリームが冷めるまでの間、同じような手順で普通の蜜蝋でリップクリームやハンドクリームを作る。

どれも瓶に詰め込んでラベルを貼ってやれば出来上がりだ。


「タチバナー?お昼ごはんだよー?」


こんこん、とノックの音と共にシキが頬に小麦粉の粉をつけたまま部屋に入ってくる。


「シキ、顔に小麦粉が」

「ありゃ。シオンくんとさっきサーターアンダギー作ってたから、それかも」


袖でおもむろにふき取ったシキは、テーブルに大量に置かれた瓶を見て眼を細める。


「終わる?」

「もう終わりですよ。さて、シキ。手を出してください」


まだ完全に冷えていない瓶には蓋はできないのでそのままだが、最初に作ったシキ用のハンドクリームの瓶はすでに冷えたのでそれを手に取り、タチバナはシキを手招いた。

近寄ってきたシキの手をとれば、案の定ひび割れはできていないものの逆向け出来ていて、めくれている薄皮を少しでも引っ張れば血が出そうだ。

出来立てのハンドクリームを自身の手にとって温め、シキの水を触っていたせいか冷たくなっている手に塗りこんだ。


「タチバナ、自分で出来るから」

「でしたらクリームがなくなった時点で俺に言いに来てくださいね」


タチバナが気がついたのだって、昨夜縋ってきたシキの指を見たからだ。

でなければ、もっと酷くなるまで気がつけなかっただろう。


「仕事でしかたがないとは分かっていますが、少しは頓着してください」


むにむに、とクリームを塗りこみながらその手をマッサージするタチバナは、ため息と共にそうシキに言った。

本当に、困ったものだ。



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