増やそう。
短い…で、す…orz
夜も更けて、月が朧に霞む日。
シオンが来てからはリビングを自室と化すことが出来なくなったシキは、タチバナの部屋を自室としていた。
階段のそばの部屋ということ、薬棚や本棚が壁一面に設置されていることも相まって狭く、本などはともかくとして装飾品や服などであっても最低限しか持たないシキの荷物も共に仕舞うと、同じように最低限の衣類しか持たぬタチバナのクローゼットであっても溢れんばかりの状態となる。
加えて、長身のタチバナに合わせて少しだけ大きめのベッドも、二人で眠るとなればやや手狭に感じることも多くある。
タチバナとしてはシキを抱え込んで眠ることは癒しとも感じるところであったので問題はないのだが、シキが憂いているのはそういうことではない。
春も盛りを過ぎた最近は気温の上昇が著しく、外で農作業や台車を使っての運搬作業などを行なうと、ほのかに汗ばむ陽気だ。
今の季節であれば心地よいと感じられるその陽気も、夏ともなれば寝苦しさを与えるばかりになるだろう。
「部屋を増設するかしないとダメかもね」
湯上り故に生乾きの髪を拭きながら、シキは目の前で静かに調合をするタチバナに言った。
かたん、と秤から分銅が滑り落ちた音と共にタチバナが振り返る。
「別に、かまわないでしょう?」
「お客さんが来たときに泊まれないでしょうが。荷物もパンパンだし」
「あぁ……リビングで寝てもらうわけにもいきませんか」
反射的に、自身と同室なのは嫌なのかと考えたものの、そうではないのだと思い至ってこっそりと安堵の息を吐く。
それによくよく考えてみれば夏の暑さに弱い自分は、夏の間シキを抱えて安眠できるか正直自信がない。
去年の夏の始まり、彼女を抱えて眠る日は悪夢を見ないですんでいたけれど、暑さで互いにへこたれていた記憶はある。
シキからタオルを奪い取り、適当に乾かそうとする彼女の変わりに香油などを引っ張り出して手入れをしつつタチバナはどうしましょうかと呟いた。
「改築…するにも店のサイズを狭めるわけにもいきませんね」
「そうなんだよねぇ…。で、思い出したんだけど、屋根裏って使えないかな?」
「屋根裏、ですか?」
この家の屋根は切妻と片流れの混合だ。そのせいか、屋根裏は高めの設計である。全体の高さだけで見れば三階建て程度はあるだろう。
ただ、その屋根裏に入るためには梯子を出したりしないといけないので埃まみれで放置された状態になっているのが現状だ。
「採光窓はちゃんとあるし、階段さえどうにかすれば二人部屋には使えるかなって」
「ありかもしれませんね。それならあまり工事費もかからないでしょうし」
壁をぶち抜いて、とか基礎部分から手を入れようと言うのでなければ、店を開いていても工事はできる。
工事の時間も、かなり短くすむだろう。むしろ、タチバナの仕事道具を上に運び込む時間のほうが長いかもしれない。
「いいかもしれませんね。近日中に依頼しましょうか」
「ね。目下目標は上の掃除、かな。埃まみれだろうし」
「それと、上に運び込むための準備ですよ。クローゼットなどはないんですから、外付けできるものを購入しないと」
香油をしっかりと刷り込んだ髪を櫛で丁寧に梳かされ、シキは少しだけうつらうつらとしかける。
ヤバイ気持ちいい。
あれとこれと、と必要なものを話し合っているというのに、一瞬だけ意識が飛んだ。
「しおり?」
「あ、うん、ごめん。ちょっと、眠くなった」
髪は完全に乾いただろうに、タチバナが髪を撫でる手は止まらない。
くるくると彼の長い指にシキの波打つ髪を巻きつけたりして遊んでいる。
気が向けばこのまま編みこまれたり、そうでなかったり。
「そろそろ寝ましょうか。俺も作業は一段落していますし」
「だね。明日は業者さんにお願いしにいかないとだし、仕事もあるし」
「結構忙しくなりますね」
「だねぇ…。と言うわけでタチバナ、さりげなく人のパジャマ剥ぎにかかってるけど、却下」
「…ちっ」
髪をいじられて気持ちよくなっていたし、眠気を誘われていたけれど不埒な動きで裾をめくりあげかけていた其処だけはきっちり押さえ込んだシキは、髪を拭いて随分と水分を吸い込んだタオルを部屋の角の洗濯籠に突っ込んで立ち上がる。
思わず舌打ちをしたタチバナも、それに伴って立ち上がりシキの入ったベッドにもぐりこむ。
「ちょっとだけ、冷たくなってますね?」
「暦上じゃ初夏だけど、ね。やっぱりまだ夜は風呂上りに長い時間上着も着ないでいると、ね」
「まったく。去年みたいに風邪でダウンするのだけはやめてくださいね」
「わかってるよ」
もそもそ、と居心地のいい位置を互いに調整して、枕もとの最後の明かりを消す。
入ってくる明かりは、残るは月明かりだけだ。
「おやすみ、タチバナ」
「おやすみなさい、しおり」