季節外れのハロウィン③
【孤児院の引率少年視点】
今日は、伯爵様主催のパーティです。
ぼくらは今、伯爵様のお屋敷のお庭に案内されています。
立派な建物、立派なお庭。
孤児院を支援してくれる人たちが、たまに招いてくれるパーティは、とても楽しみだけれどとても緊張します。
ぼくはもう何回か参加しているからマシだけど。
「ようこそ。季節外れのハロウィンパーティーへ」
真っ白な布がかけられたテーブルが幾つも並べられたその場所で、伯爵様が満面の笑みで待っていました。
伯爵様の恰好は、まるで物語の大賢者さまのような姿です。
大きなつば広帽子に、足元まで隠れるくらいのローブ。片手にもっているのは樫の杖。
「お招き、ありがとうございます」
子供たちの代表として、伯爵の前で礼をする。
そんな人じゃないと聞いているけれど、機嫌を損ねて援助を切られたら一大事だから、丁寧に、丁寧に。
「そんなに堅苦しくなくて大丈夫だよ。今日は季節外れのハロウィンパーティーだからね」
「あ、あの、その、ハロウィン、とは?」
くすくすと笑う伯爵に問いかけてみれば、まるで悪戯小僧のように笑いながら仰々しく両手を広げた。
「異世界のお祭りでね。秋にある収穫祭なんだよ。今日は特別に春だけど開こうと思ってね。ハロウィンの日は子供たちはとっておきの魔法が使えるんだ」
唇に人差し指を当てながら、伯爵は言う。
「『お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ』っていう呪文が、今から君たちは使えるよ。ここにいる大人たちに言ってごらん、素敵なものを貰えるよ!!」
ぱちん、と伯爵が指を鳴らす。
すると、今まで何も乗っていなかったはずのテーブルの上に所狭しと現われるお菓子や料理の山、山、山。
そして、白い虎に乗った同い年くらいの吸血鬼、空を箒で飛ぶ三人の魔女、長い金色の髪をした妖精が現われる。
他にもカボチャ頭のメイドさんや、空を舞う可愛らしい妖精、足元には黒猫が沢山。
まるで妖精郷のような光景で、どうやってるんだろうと不思議に思う。
「さぁ、パーティの始まりだよ!!好きなものを好きなだけ食べておいで!」
伯爵様の号令で、ぼくよりも小さな子供たちが止めるのも聞かずに我先に、とテーブルに駆け寄った。
その姿に、うんうんと楽しそうに頷く伯爵様がいたので、機嫌を損ねなくてよかったと思いつつ、ぼくもテーブルに向かう。
「ようこそ」
声をかけられて振り向けば、絵本や絵で見たままの絶世の美しさを誇る妖精の女王様がいた。
声が低かったので、あ、女王様じゃなくて王様か、とも思ったけれどやっぱり女王様だと思う。
地面に付いてしまうくらいの長い、けれどゆったりとしたドレスを着て、背中には半透明の羽根がひらめいている。
「どうぞ、好きなものを食べてください。うちの魔女が腕によりをかけて作ったものです」
お菓子を取るための皿を渡され、思わず見惚れていたぼくは慌ててそれを受け取って一つお辞儀をした。
受け取ったお皿に、小さな妖精が乗っかってクスクスと笑う。
思わず恥ずかしくなって、妖精をつつこうとしたら幻みたいに逃げられてしまう。くやしい。
「…でも、なんて言うんだろ、この料理」
テーブルに沢山載せられた料理のなかでも、食べやすそうなサンドイッチやつぶつぶした麦みたいだけど違うものを三角にして、黒いものを貼り付けたなにかを皿の上に乗せる。
サンドイッチはわかるけど、この白と黒の三角のものがよくわからない。
ただ、他の子供たちが美味しそうに頬張っているので、ぼくもかぶりついてみた。
ほんのり塩味。白い部分がほんのり甘くて、中の具が魚だった。
魚は多分鮭。塩漬けにしたのを焼いたのだと思う。
噛めば噛むほど白い部分とそれらが混ざり合って。
「美味しい!!」
「ありがとう。褒められると嬉しいな」
声をかけられたので振り向けば、虎に乗った吸血鬼の少年がいた。
歳も近そうだったので、なんでそんな恰好をしているのかと聞いてみる。
「師匠…あそこでちびっ子たちにお菓子を配ってる魔女の故郷のお祭りで、こんなふうに子供が仮装するのが慣わしなんだ」
「へぇ…けど、大人もしてる、よね?」
「本当は秋にやるお祭りだから。季節外れだから、逆転してしまおうってことみたい」
「そうなんだ。ありがとう、えぇっと…」
「シオンだよ。おにぎりが気に入ったなら、お店にも食べに来て。カフェ・ミズホって言うんだ」
にこり、と笑う彼に、ぼくも思わず笑い返した。
彼は魔女さんの弟子で、カフェ・ミズホというところにいるようだから、おにぎりを買いにいくのと一緒に、覗きにいってみるのもいいかもしれない。
仲良くなれそうだから。
「あ、そうだ。呪文は言ってみてね。きっと素敵なものがもらえるから」
そう言葉を残して虎と一緒に別の子の所へ歩いていった彼を見送って、贅沢なクリームパスタとかを食べる。
それから、デザートのところへ。
茶色くふわふわ、と膨らんだもののなかに、クリームが挟まれている。
がぶ、と口にすれば、奥からは黄色くて甘い香りがする別のクリームも出てくる。
かりかりとしたのは多分ピーナッツ。
「うわぁ、これ、すごく美味しい…」
もう、美味しいしか出てこない。もともと語彙は多くないし。
他にも、クッキーのお皿にチーズが流し込まれたケーキに沢山のナッツが入ったクッキー、半透明でぷるぷるしたスライムみたいな中に黒くて甘い豆を煮たのが入ったもの、ふわふわのスポンジにカリカリした触感がするケーキ、可愛い形で口に入れるとしゅわっと溶ける不思議なもの。
白くてもちもちしているものには、好きなものをかけて食べていいらしい。
不思議な黄色い粉をかけて食べると、ナッツみたいな香ばしい香りと甘い味。
でも、甘ったるくなくて、幾つでも食べられそうだ。
「いい食べっぷりだ」
「えぇ、嬉しい限りね」
箒の変わりにティーポットとカップを持った魔女が二人、嬉しそうに笑いあっている。
そのあいだで、低空飛行で箒に乗ったまま子供たちに追いかけられている黒髪の魔女。
とても忙しそうだが、楽しそうだ。
そういえば、虎に乗った吸血鬼に言われていた。
ちょうどいいので、二人の魔女に声をかけてみる。
「えと、とりっくおあ、とりーと!」
「あら」
「お、来たな」
にやり、と笑った赤銅色の髪の魔女と、白金色の髪の魔女は腰に下げているポーチから小さな袋を取り出す。
袋の中にはきらきらと光る宝石がついたみたいなカラフルな杖。
「ロリポップキャンディよ」
「魔法使いの、な?」
渡された宝石がついた杖のような形のキャンディ。
杖と言うより、ステッキに近いかもしれない。
「ありがとう!」
「どういたしまして」
「まだまだ食べていけよ?」
手を振ってくれる二人の魔女からもお菓子を貰えると気がついたちびっ子たちが、二人に殺到する。
その波に潰されないように脱出して、ぼくは一番最初に食べた茶色いふわふわにクリームがたっぷり詰まったもの目指して歩き出した。
でも、これってなんていう名前のお菓子なんだろう。
虎は好きなサイズになれるのです。