季節外れのハロウィン②
タチバナは、とても不機嫌だった。
「解せません」
伯爵の依頼で彼の屋敷の庭でパーティーをするのは問題ない。
勿論、モチーフが季節はずれのハロウィンで、幻惑術全開で妖精を散りばめたり見た目をちょっと弄ったり、物を隠したりは問題ない。
大規模な幻惑術展開で足りなくなるだろう魔力は、シキがタンクをしてくれるそうなのでそもそも心配すらしていない。
魔女として空からやってくる予定のシキたちは、シキやフィリーの風系魔法(魔術)で浮遊する予定だし、恰好もそのまま魔女だし。
何が問題かといえば。
「なぜ、俺が、妖精の女王なんですか」
せめて妖精でも王のほうにして欲しかった。
もしくはシオンのように吸血鬼とか。
「「「だって美人だし」」」
シキ、カレン、フィリーの三人に唱和されて、タチバナは本気で崩れ落ちそうになった。
自分がそれなりの美貌を誇っていることは知っているし、利用するし、そのために女装とかしないわけではなかったけれど別にそういう趣味はない。
断じて無い。
「ま、まぁ、それやってもらうかわりにあんまり会場を動かないでいいから。ほら幻惑術で妖精とか色々出してもらうでしょ?その制御の片手間に子供の相手をするくらいでいいから」
幻惑術の制御に殆どの意識を持っていかれるだろうとは分かっているのでありがたいことではあるが。だが。
「……わかった、お稲荷さんとベリーのタルトで」
「……いいでしょう。ひとまずは」
シキからの交換条件をとりあえずは、という形で受けたタチバナ。
ひとまずは、という彼の言葉にシキはひどく不安を覚える。
きっと、報酬の追加とかなんかでヒドイ目に合わされる気がする。
「で、衣装はどうするんだ?」
カレンがそう問いかける。
このパーティのためだけに衣装をそろえるのも金がかかって仕方がないだろう、とその目は言っていた。
「基本はわたしのいつもの恰好と揃えてもらって、そこにつば広のとんがり帽子とマント、箒のセットで。勿論、最低限の費用は伯爵からふんだ…支払ってもらってるから安心して」
「今ふんだくるとか言おうとしなかったかしら?」
「気のせい気のせい」
嘘くさい笑いを浮かべながら否定するシキに、呆れたような視線を向けるフィリー。
乗り気だったがために色々追加料金吹っかけられたんだろうな、とほんの少しだけ伯爵に同情の念を覚えた。
が、その報酬が自分たちの生活にかかるので申し分けないけれど見て見ぬふりをさせてもらう。
「シオンくんは初めてだよね。こういう大規模なのは」
「はい。あの、ぼく、戦力になります、か?」
「なるなる。ネルトゥスに乗っかって、お菓子や軽食の運搬係をお願いしたいんだよ」
シオンの足元で行儀よく座っていたネルトゥスが、がぅ?と不思議そうにシキを見上げた。
「最近、大きさを変えられるようになったみたいだし、面白いかもしれませんね」
護衛のさいにやはり小さなままだと戦いにくいと感じたのだろう、ネルトゥスはシオンの護衛獣となってからものの三日でサイズ変更の術を覚えた。
もともと、母親から習ってはいたのだろう。基礎的な術のようだし。
未だ長時間は無理なようだが、パーティの間くらいはもつだろう。
「恰好は…そうだね、吸血鬼でもやってみる?」
「吸血鬼って、アンデッドのアレか?」
「多分それとは違うやつ。見た目は似ているだろうけど」
この世界にも吸血鬼は存在する。
いわゆるアンデッドというやつで、闇の貴族とかそういうちゃんとした理性や礼儀作法はまったく出来ない、見た目綺麗な歩く死体だ。
その綺麗な見た目を保つために、生きている人間の血を求める。
殆ど本能で動いているとかなんとか。
浄化魔術をかければ一発で、地球の伝承に残る吸血鬼のようにニンニクだとか十字架だとか、聖水だとかはいらない。
シキの場合ならば、燃やせば終わる。
ゾンビとあまり変わりはない存在だ。
「うーん、どちらかといえば物語の吸血鬼ね、それ」
シキが知っている吸血鬼の話をすれば、フィリーがそう返した。
物語の中では、なかなかに吸血鬼は活躍しているらしい。
「牙と背中に蝙蝠の羽、かな。幻惑術で出来る?タチバナ」
「そうですね…ちょっと術を魔道具として封じたものを身に着けてもらったほうが良さそうです」
「安い空のやつに籠めればいいか。後でお願い」
「分かりました」
これで、仮装は決まった。
お菓子はシュークリームやカステラ、水饅頭、チーズケーキにマフィン、クッキー等で、軽食としておにぎりにサンドイッチ、それからパスタやピザなどを準備する予定だ。
出来立てでなければ美味しくないものも多くあるので、作りおき出来るもの出来ないもの、順番を考えねばならない。
「とはいえ、季節はずれのハロウィンは楽しみだね」
「秋にやりませんでしたしね」
「そうそう。かぼちゃのランタンとかぼちゃのお菓子をちょこっと作ったくらいだったものね」
「いつもは暦通りに行事を入れようとしてるし、別の予定が入っちゃうとねぇ。ま、たまにはいいよね」
「今年の秋こそ、本当のハロウィンをやればいいしな」
「ぼくは初めてですから、どちらも楽しみです」
依頼だとはいえ、やはり子供を喜ばせようと言うパーティーには気合が入る。
伯爵にはああは言ったが、シキとて別に子供嫌いというわけではないのだ。
ただ、あまりにも行儀が悪いとイラっとしてしまうのはある。
こればっかりは聖人君子でもないので仕方がないことだろう。
「さぁ、パーティは三日後。気合い入れていこうか!!」
ぱん、とひとつ手を打ち鳴らして、シキは笑った。