季節外れのハロウィン①
「で、なんでさりげなくここにいるんですかね、ハーフェン卿」
「いやいや、今日の僕はちゃんとした依頼人としてここに来ているよ?」
にこにこ、と微笑みながらカフェのテーブルの最奥でサーターアンダギーとカモミールティーを飲みながら、ハーフェン伯爵は言った。
カフェ・ミズホの従業員はは現在、交代で休憩を取っている最中である。
「あぁ、そういえば弟子をとったんだったね。おめでとう。後で祝いの品を贈らせてもらうよ」
「実用的なのにしてくださいね。クソ高いティーカップとか、飾るところのない花瓶とかいらないんで」
「あぁ、うん、もちろん。君が欲しがっていた木型、東大陸からわざわざ取り寄せたんだ。模様はお楽しみ、ということで」
木型、と聞いてシキの唇に笑みが浮かぶ。
和菓子を作るときに、それがないが故に作れないものがなんだかんだであったのだ。
ラムネなどは金型で抜いたが、桃山や月餅などはやはり木型でないと風合いがでない。
また、直接焼くならともかく、模様をつける場合は金型はやはり向かないと感じていたのだ。
出来ないわけではないけれど。
「それは楽しみですね。で、なんの御用ですか?」
「単刀直入に言わせてもらうよ。孤児院で慈善活動してほしいんだ」
「慈善活動?」
問い返せば、一つ頷いたハーフェン伯爵は簡単に説明をしてくれた。
いわく。
孤児院は基本的に国が管理している。
が、予算がカツカツなのはどの孤児院も同じで、国としても人道的な観点から手厚い支援をしたいのだが、毎年のように増える孤児を食わせるだけで手一杯なのだとか。もちろん、教育もしっかりと行なっている。
また、スラムの子供も保護を進めているが、基本的に大人を信用していない彼らはなかなか捕まらない上に素直に勉強もしてくれない。
あとは、スリなどの悪癖が染み付いてしまっていて普通の孤児たちと一緒にしておけないとか。
孤児院の現状は、そんな感じでいろんな意味で頭が痛い状態らしい。
そこで、国のほうから貴族たちや特定以上の大きさの商会に一つの義務を化した。
「年に一回、どの貴族も必ず孤児院に寄付をするか、ちょっとしたパーティを開いて孤児たちを招くこと」
「名誉貴族もですか?」
「いや、名誉貴族は含まれないね。名誉として貰うものであって、それを持っているからと言って金がある、とはならないし」
それは納得である。
たとえば。大げさな話になるが、外遊中の大貴族様の命を通りがかりの人が助けても、名誉貴族としての称号与えられることがある。
その通りがかりの人が大金持ちか、と問われれば、否。一般人です。となることのほうが多い。
そういうことだ。
「で、わたしたちに話を持ってきた、ということは」
「いつもは寄付で終わらせるんだけどねぇ…たまには、子供たちを楽しませるパーティもいいかな、と」
つまり気まぐれらしい。
実際のところ、寄付を選ぶ貴族が多い。パーティにすると寄付よりは金額が少なくて済むか、というとそういう話でもないからだ。
パーティを開いて、なおかつおこづかいと称して子供たちに小額だが渡さねばならないし、やはり孤児院に寄付をしないと面目が立たないのだ。
結果、出費が大きくなる傾向にある。
「ぶっちゃけ、貴族の年金削れば持ち直せるとは思うんだけどねぇ」
「貴族のくせにぶっちゃけましたね」
「自分の権威を見せびらかすためだけにいろんな意味で着飾ろうとするバカが多くてね。そんな暇があるなら、さっさと他の書類を処理するか、魔獣の討伐に行けってんだ」
「伯爵、口が悪くなってますけど?」
「はっはっは。内密に」
色々と疲れているらしい。
遠い眼になった伯爵に思わずシキはカウンターから一つ、おはぎを彼の皿に追加してやった。
中間管理職はどの世界でも胃がヤバそうだ。
「で、わたしに…というか、カフェ・ミズホに何を依頼するんですか?」
「うん。予想がついているとは思うけど、パーティを開くときにお菓子や軽食を用意してほしい。あと、出来れば給仕も」
「……人数によりますね。今は従業員が4.5人ですから、それで回せる範囲じゃないと」
「ビュッフェ形式にするから、少なめでも大丈夫じゃないかな?」
「子供は散らかすでしょうが」
そう。そこなのだ。
大人だけでも、行儀の悪い人間がいる。
食べきれる量以上を山盛りにして、結局残したり。食べ散らかしてぐちゃぐちゃにしてそのまま、とか。
それを片付けるのが仕事だろう、と言われればそれまでだが、やはり食べてもらいたくて作った物をそういう扱いにされれば心は荒む。
ましてや、子供ともなれば善悪の判断がまだ甘い。
欲に駆られて山盛りにして、とか遊んでしまったりとか有り得る。
「大丈夫。そこらへんの礼儀はちゃんと弁えた子たちだよ」
伯爵は少しばかり切なくなりながらシキの憂いを否定した。
彼らはよくわかっているのだ。
自分たちが衣食住の不自由なく生活できているのは国の援助や貴族の寄付があるからで、機嫌を損ねて援助を切られれば生活できない、と。
誰が言ったわけでもない。
気がついた年長者たちが、生活を維持するために自分より下の子供に徹底させ、結果その下の子供たちも完全に理解は出来ていないだろうがその通りに振舞うようになったのだ。
「……子供は案外見ているって話みたいですね?」
「その通りだね。で、人数は成人済み10人、未成人40人ほどだけど、どうだい?」
問われてシキは瞬時に脳内で計算を始める。
子供二人で大人1.5人分、と食事量を勘定する。
そうすると、余裕を持ってみて40人分の軽食とお菓子の用意になる。
「まぁ、それくらいならできますけど」
というか、何時もそれ以上の量を作っている。
テイクアウト方式だからこそ、でもあるが。
給仕も入るとなると、ちょっとギリギリかもしれないくらいだ。
「その給仕のときなんだけど」
「はい?」
何か悪戯を思いついた表情で、伯爵はまるで帽子を被るかのような動作をする。
「君の世界の魔女の仮装をして、やってくれないかな?」
シキの世界の魔女、といえば、大きな帽子に箒に乗って空を飛ぶ。
怪しい大釜に怪しい呪文。沢山のアミュレット。
従えるのは黒猫に、鴉。
「なんていうか、ハロウィンっぽい?」
「ハロウィン?ってなんだい?」
ぽろり、と零した言葉に、伯爵が首を傾げた。
「秋の終わりくらいにある、わたしの世界のお祭りのひとつですよ。子供がお化けの仮装をして、家々を訪ね歩くんです。で、その時の決まり文句が『|お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ(トリックオアトリート)!!』」
「おお、なかなか楽しそうな祭じゃないか」
「元々は収穫祭で、悪霊払いの意味もあったみたいです。それが時代が経るに連れて変化したものですね。さっきの決まり文句を言ってもお菓子をもらえなかったら、悪戯で報復してもいいんですよ」
近所の教会では、毎年やっていたようでその日の夜は子供たちの声が聞こえていた覚えがある。
子供だけで歩かせるのは危険だし、許可をもらった家以外に突撃しないように大人が同伴していたようだが。
だが、なかなか楽しそうではあった。
「季節はずれもいいとこですけどね」
ハロウィンは秋なのだから。
だが、伯爵は気に入ってしまったらしい。
「うん、ハロウィン。やってくれないかな?」
伯爵としては、やるからには子供たちに楽しんでもらいたいのだ。
が、己の知っているパーティは貴族同士の腹の探りあいみたいなものばかりで、お祭りにかこつけたものを知らない。
たとえ季節はずれだろうと、異世界のお祭りならそれでも許される気がしたのだ。
「……まぁ、いいですけどね。どっちかといえば端午の節句とかのほうが季節的には合う気はしますけど」
「おや、それもお祭りかい?」
「えぇ。端午の節句はいわゆる子供の成長を願う、厄払いの日、ですね」
「あぁ、それもいいなぁ……」
子供の成長を願う、という部分は確かに伯爵の目的に添うもので、ハロウィンよりも合う気はする。
が、なんとなく感じる堅苦しい感覚。
「いや、やはりハロウィンかな。うん。特定の言葉を魔女の恰好をした君たちに言えたら、出されているお菓子以外のちょっと特別なお菓子を貰えるとかにしたら面白いだろうし」
「わたしたちが仮装するのは確定ですか」
「楽しませたいじゃないか」
伯爵の言い分に、シキは小さくため息をついて笑う。
が、引き受けようとは思ったので、仮装の件も含めて話し合うことにする。
「動きやすさも考えてくださいね」
さて、子供たちは楽しんでくれるだろうか。