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ネルトゥス

ごろごろ。

シオンの膝の上で、猫が鳴く。

白に縞々、眼は琥珀色。ちょっとばかり体がごついが、まぁ、可愛らしい………。


「わたしはこれを、猫だとは認めない!!!」

「あいたっ!」


スパン、とカレンの頭を叩いてツッコミを入れるシキ。

いや、だってどう見ても猫じゃない。

シオンのガードに、シキの魔法がこもったお守りだけだと攻撃手段がない、だから小さめの魔獣と契約をさせ、飼いならしたい。

カレンはそう言った。

シキは、小さめ、という言葉を信じてそれに許可を出したのだが。


「これは猫じゃありません。虎。虎です!確実にでかくなるでしょうが!!」

「い、いや、ほら、サイズ変更ができる妖精系魔獣だから、大丈夫じゃないかな、と」

「獣である点は、故郷にも猫カフェ、梟カフェ、などなどあったので目を瞑ります。っていうか獣人さんたちも季節になると毛がアレだからなんも言いません。が、これはない」


シオンの膝の上でぬいぐるみのように振舞っている白い虎。

だが、よく見れば所々に魔獣としての片鱗が見えている。たとえば、尻尾。

蛇である。

にょろん、と生えている尻尾の先には蛇の頭。

この蛇も真っ白で、まぁ、遠目に見る分ならば体色と混じってわからないだろうが、近くにいたら確実に分かる。


「いや、だがすでにシオンを気に入っているようだし……」

「そうなんだよねぇ……」


ごろごろと喉を鳴らしてシオンに懐くその虎もどき。

魔獣としての名は『フーシェ』といい、森に生息する強さとしてはカレンが単騎で勝てる魔獣の中でもギリギリラインだという。

が、この魔獣。魔獣としては珍しく温厚な性格で、人に慣れやすいという特性を持つ。

そのため、技量の高い魔術師たちは好んでこのフーシェを護衛獣とする。

ブリーダーもおり、金がある人間はそこから幼獣を買い取って契約するのだ。


「それより、森から連れてきたということは親元から攫ってきたんですか?」


こぽぽ、と音を立てながらカフェオレを淹れるタチバナが、不思議そうに問いかけてきた。

その言葉に、シキの視線も胡乱げになる。


「いや、してない。親離れのシーズンだからな、それを狙った」


流石に、魔獣といえど害を成さずむしろ温厚と名高いフーシェの乳飲み子を誘拐する気にはなれなかった。

なので、ちょうどいい感じに親離れのシーズンでもあったので、親が子供を自らの巣から追い出したのを見計らい、その中でも温厚そうな奴を餌で釣ってきたのだ。

断じて誘拐ではない…と思いたい。

完全に親離れがなっていない状態だったのなら、親が容赦なくカレンを襲ってきただろうがそういうことも無かったので、問題はないだろう。


「……まぁ、親離れなら。弱肉強食の自然界の中だと、ここまで警戒心のないこって確実に最初で詰むし」

「フーシェは愛情深いことでも有名だからな。番を害されれば、いくら温厚といえど相手の首を噛み千切るくらいはする。契約した場合は、主を害されると、になるな」


ちなみに、毎年出ているフーシェによる被害は大体がその美しい毛皮目当てで狩り、怒り狂った番に殺される、というものだ。

狩ってはいけないというわけではないが、そういったリスクがある、というのを重々承知している人間たちは基本的に手を出さない。

出すのは、それだけの腕を持つ人間か、金に眼が眩んだバカなので、あまり同情されないのが特徴だ。


「護衛としてはかなり優秀な部類ですね。サイズは元々妖精系魔獣なので術を覚えればどうとでもなりますし」

「え、教えれば覚えるの?」

「というか、勝手に覚えます」


タチバナの記憶の中でも、リヒトシュタートの貴族の令嬢が数頭飼っていた。

その美しい毛並みを自慢するため、自らの護衛のためと理由はあったが。

とりあえず、サイズ変更がきくというのも利点だったらしく、人気だった覚えがある。


「……はぁ、こうなったらしかたない。飼うか」

「いいのか!」

「実際、シオン君の護衛として契約を結ばせればいいわけだし。ヴィンフリートとシュノちゃんの関係?みたいなものだと思えばいいかな、って。とりあえず、シオン君は、そのこの面倒をちゃんと見ること」

「はい!」

「カレンはそのサポートにつくこと」

「わかっている」


二人並んで頷くカレンとシオン。

角持ちウサギさえ狩れるかどうか怪しいサイズのフーシェのみが、まんまるな眼を細めながら、くぁ、と大あくびをした。

なんとものんきな魔獣である。


「で、契約はどういうのにするの?」


ひとまず、シオンの護衛としてこのフーシェを飼うことに決定した。

が、その契約が問題だった。

世間一般の魔術師たちはどういう契約を結んでいるのか?とシキは問いかける。


「基本は、主の命令を聞くこと、主を害さないこと。の二点だな他にも細かく決める人間もいるが、この二つさえ契約してあるならばギルドの登録も通る」

「あぁ、やっぱり登録はいるのね」

「まぁ、な。もしも契約している魔獣が暴れて無関係な人間を襲ったりすれば、その魔獣の主が罰せられる。登録せずに連れ歩いても当然牢獄入り確定だ」


当然の処置である。

護衛として連れているものだとはいえ、魔獣は魔獣だ。

ちゃんと手綱を握れないのならば、罰則がある。


「ってことは、その二つは盛り込まなきゃね。あとは、特にないかも?」

「また、シキの持つ契約が増えるのですか……」

「あ、うん、えっと……ごめんタチバナ」

「べつにシキとの間にラインはいらないわよ?」


さて、契約の準備を、と隷属魔法の構築を考えていたシキと、またもや割り込む人間が増えるのか、と少しだけどんよりした眼差しをしたタチバナに、今まで沈黙を保っていたフィリーが言った。


「シキは今回はやらなくていいのよ?」

「え?」

「するとしたら、そうね。シオンの足りない分の魔力の補充くらいかしら?」


忘れがちだが、フィリーも風の精霊魔術師としては高位に属する。

ただ、精霊魔術は威力にムラがあるのでハッキリと分かるものではないし、そもそも規格外のシキがいるせいで埋もれがちだが。


「護衛獣としての契約は、主となるシオンとその配下になるこのフーシェの間でラインを繋ぐことによって成るわ。ただ、自力でラインを繋げない人のために、それ専用の術はちゃんと存在しているの」


でなければ、魔法の知識なんて欠片もない令嬢が魔獣を従えていられるわけがない。

余談だが、この術が公式に使用を認められているのは、人間を隷属させるためにかけることが出来ない代物だからだ。

加えて隷属魔法の入った首輪は魔獣に使うには少々高価、という理由もある。


「シキの場合は隷属魔法になっちゃうから、今回は私がやるわ」


本当に、今回はシキは魔力タンク扱いのようだ。

言われるがままに、シオンの魔力ラインに自分の魔力を繋ぎ、同調させる。

一気に注ぎ込めばパンクしてシオンがヤバいことになるので、シキにしてみれば一滴ずつゆっくりと水を垂らしている感覚だ。


「シオン・ギュフ・フェオ・ティール・ベオーク『ネルトゥス』」


シキにとっては意味不明な、この世界の住人にとっては聞きなれている精霊魔術の呪文詠唱が静かに紡がれ、パチン、という軽い音を立ててシオンの左手の甲とフーシェの額に紋様が一つ刻まれる。


「ん、これで終わりね」

「うわ、早っ」

「省略形だもの。もっと細かく契約内容を決めるなら、もっと時間も準備もかかるわ」


終わり、と言ったフィリーにシオンとの魔力同調を解除しながらシキは思わず言った。

いやだって本気で早くないですか。


「とりあえず、このフーシェの名前はネルトゥスよ。信頼関係を築くのはあなた自身だから、頑張りなさい」

「はい。有難うございました」


契約が成ったことが、フーシェ改めネルトゥスにも分かったのだろう。

大人しくしていたのが嘘のように、蛇の尻尾を振りながらシオンにじゃれ付いている。


「食事はどうなっていますか?」


そういえば、とタチバナが問いかけた。


「フーシェは…そうだな、基本は角持ちウサギ一匹で一日事足りる。朝の狩りの際にシオンと一緒に森にいくか、ネルトゥスだけ連れて行けばいいだろう」


おぼろげな記憶から幼生体のフーシェの食事量をどうにか思い出したカレンはそう伝える。

それなら、朝はカレンと共に狩りに、その後にシオンの護衛についてもらえばいいだろう。


「んー、まぁどうにかなるならそれで。さて、夕飯の支度するよー」


無事に契約も終了したので、シキは立ち上がってキッチンへと向かう。

気がつけば、外はもう暗くなっている。

タチバナもその後を追い、それぞれ動き出す。


「ネルトゥス、ネルトゥス……ネル?」

「がう?」

「うん、ネル。よろしく」

「がぁう!」


ネルトゥスの前足を握手するように握って言ったシオンに、ネルトゥスはまんざらでもないように吼えた。



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