カレンとフィリーとシオン
本日晴天。
「狩り日和!!」
軍刀を片手に、森の入り口で気合を入れるカレンの後ろには、弓の弦の張り具合を丁寧にチェックしているフィリーと、目を点にして両手で短刀を持っているシオンがいる。
「あ、あの、なんで、ぼくまで?」
今の今まで、武器としての刃物なんて一切合財持ったことなど無いシオンは涙目でフィリーを見上げる。
すると、困ったように彼女は笑いながら関係があるのよ、と言った。
「最低限、身を護るだけの力はつけないとシキの店ではやってられないのよ」
理由としてはいくつかあげられる。
まず、女が多い店なので何も知らない粗暴なお馬鹿冒険者に絡まれる事が無きにしも非ず、ということ。
シオンに伝えることはしなかったが、タチバナがこっそり教えてくれた情報によると、常連さんやギルドの影の一部勢力がそういうのを事前に潰してくれているらしい。が、ブリーキンダ・ベルのような例が無いとはいえない。
二つ目として、リヒトシュタートに怨敵呼ばわりされている人間ばかりが店員だということ。
全員強いしシキに釘を刺されているので手出しはしてこなかったが、これからもないとは言い切れない。そうなったとき最初に狙われるのは最弱のシオンである。
「シキから渡されている『お守り』がある限りは防御面での心配は殆どないけれど、鍛えておくことに越したことはないわ。大丈夫、最低限、新米冒険者ならダース単位で蹴散らせるようにしてあげるわ」
「あ、あの、それは」
「そうね。短剣術を一通り、かしら。できれば魔術も教えたいけれど素養は低めみたいだし、体力面の増強からかしら」
さらり、と怖いことを言われたシオンは思わず一歩後ずさった。
ちょっとだけ、シキのところへ弟子入りしたことが早まったかも、と考えるが、考えてみれば実家である宿屋も年に数回はろくでもない冒険者にいちゃもんをつけられて、巡回していた騎士たちに助けられていた覚えがある。
それらを自分たちでどうにかできるようになる、と考えれば良いのかもしれない。
そう思い直し、与えられた短刀を抱えなおした。
「今日の所は後ろで見ているだけでいい。シキのお守りもあるから、少しだけでも攻撃を喰らってみるのもいいかもしれないな」
「そうね、針羽根ウコッケイとかサイレントボアは怖いから、角ウサギかしら」
「だな。あれくらいなら、シキの結界を突破できるわけもないからな」
カレンとフィリーのその言葉に、先程よりもさらに早まった感を感じて、さらに涙目になったシオンだった。
シオンにシキが与えた『お守り』。
それは、シキの魔法が幾つも籠められた魔道具としては最上級品のブレスレットだ。
実は、これと似たものはタチバナ、カレン、フィリーの三人もブレスレットとは別の形で身に着けている。
タチバナはシキの着けている牙のピアスと対になったペンダント。
カレンは髪留め。フィリーはアンクレットだ。
効能は唯ひとつ、『装備者の守護』だ。
魔術、物理、その他諸々、装備者にとって致命傷になりうるダメージが発生した場合、身代わりとなる。
普通ならばそんな効能がある魔道具など作れない。が、そこは日本に伝わる雛人形や厄払いなどの逸話をモチーフに、シキにとって最長となる古語による詠唱を行なって効果を発生させるようにした。
ぶっちゃけ、この世界にここにしか存在しない。
そしてシオンに与えたブレスレットは、戦える上記三人とは違い発動条件が二つある。
一つ目はやはり致命傷となるダメージが発生した場合の身代わりだ。
もうひとつが、文言による結界の発動だ。
タチバナがギルドのグランドマスターの奥さんであるイェンリーから貰い受けた黒い針と似たような効果を持つ。
アレとの違いは、周囲の魔力を利用していると言うこと、発動に必要な魔力はほんの僅かでかまわないと言うことだ。
が、やはりその分結界の強度は落ちている。
「わ、わぁぁぁぁ!!???」
「大丈夫よー。結界はちゃんと発動しているでしょう?」
ゴン、という鈍い音を立てて、角持ちウサギがシオンの周囲に張られた結界に激突する。
そのすぐ側では片手で別の角持ちウサギをあしらいながら、まったりとそれでいて効率的に狩りとっていくカレンとフィリーがいた。
「シキの『五月雨の龍』は無理でも、そこらの魔術師の中級程度なら余裕で弾くからな。怖いのは、上級魔術紋様が刻まれた魔剣とかだけじゃないか?」
「そ、それでもぼくこんなとこ来たことないですからぁぁぁぁ!!!」
「「がんばって」」
そう。頑張って慣れてほしい。
去年あったように、年に一回ほどある魔獣タイプ魔王の討伐にシキを始めカフェ・ミズホのメンバーは強制参戦が確定しているのだ。
そうなったとき、店でシオンは一人になってしまう。
その際は、一応の護衛として最近腕を挙げてきたデューフェリオやイブキを付けるつもりだが、何かあったとき少しでも冷静になれるように今から訓練しておきたいのだ。
例えば、カレンとフィリーが亡命のために伯爵と顔合わせを行なった日にあった襲撃の際、パニックになり結界から飛び出してしまったあの侍女のような真似は、されると困るのだ。
荒療治なのは、諦めてもらいたい。
「うっ、ふぇ、うぇ、ひ、ひどいですぅぅぅぅ」
角持ちウサギの狩りが終わり、へたり込んだシオンはボロボロと涙を零す。
角持ちウサギは初心者殺しと呼ばれる魔獣だということくらい、シオンだって知っている。
武術の嗜みがある初心者冒険者であっても、油断すれば痛い目にあう魔獣相手に、結界があるとはいえなんの戦闘経験もない人間を放置するなんて。
あまりの泣きっぷりに、カレンがおろおろとシオンの頭を撫でたり抱き締めたりと忙しなく動く。
「あぁ、悪かった。私がシオンくらいのときにはもう平気だったから、そのつもりでだな」
カレンは幼い頃から冒険者である母に鍛えられた。
剣の型を覚えたかと思えば、いきなり森に放り出されて半日サバイバル。
死ぬかと思ったが、おかげで森の動物の一部に懐かれたし、高ランクと呼ばれるまでに強くなる基礎になった。
「ん?動物…」
「カレン?どうしたのかしら?」
シオンを慰めている途中で、カレンはふと思いつく。
思いついた事を実行するための手段は、シキが持っている。
それに、必要なものはカレンたちの手で集めることができる。
「フィリー」
「何を思いついたのかしら」
「シオンに、護衛獣をつけたらどうだろうか」
「それは………有り、ね」
「だよな。できれば、サイズの変更が利いて、なおかつシオンを抱えて逃げられるくらいの」
「候補が絞られるわよ?」
「心当たりがある。多分、この森にもいる」
泣いたせいで目を真っ赤にしたシオンのほっぺたを両手で挟んで、カレンは正面から彼と視線を合わせた。
先程の慌てたような、困ったような表情とは一変して、ひどく真剣な表情だ。
「シオン。私たちが君を強くしたい理由は、君に害をなす人間が現われないとは限らないからだ。シキも私もリヒトシュタートには恨まれているからな」
「ぐすっ…はい、最初に、聞きました。師匠のお話は、噂でもよく聞いたんで、分かっては、いるんです」
「あぁ、怖い思いをさせたのは本当にすまなかった。本当なら、こういうのに慣れてほしいんだが、結界があるとはいえ放置されるのはやはり精神的にキツいと思うんだ。そこで、代替案がある」
いくらなんでも、結界があるからといって自分の子供の頃と同じ感覚で、今まで街の外の森や野原で魔獣にまともに遭遇したことのない子供に体験させることではなかった、と深く反省したカレンは、だがしかしシオンが少しでも自分で自分の身を護れるようにと提案する。
「護衛獣。魔獣や妖精を術で配下にして、自らの護衛にする方法がある」
魔術師が自らの護衛を得るために使う術だ。
隷属の首輪とは違い、相手に気に入られなければならないのがネックだ。
そのため、まだ生まれたばかりの魔獣を飼い慣らして契約を結ぶか、妖精と対話して、気に入ってもらうかの二択になる。
今回、カレンがとろうとしているのは飼い慣らすほうだ。
「どうだろうか。契約自体は難しいものじゃない。君だけの護衛を持ってみないか?」
カレンのその提案に、シオンはひとつ、頷いた。
自分の身を、護るもの。
街にいれば確かに安全だけれど、ずっとそうであることも出来ない。
街にいても、カフェを一人でまだ預かることなんて無理だし、一人にさせないために護衛を雇ってもらうもの正直気が引ける。
だが、護衛獣がいれば。
留守番くらいは、できるだろう。
普通の店に弟子入りしていたのならそんなこと悩まずに済んだだろうが、異世界の魔女であり、リヒトシュタートと真っ向から対立していると有名なシキの下に弟子入りしたからには、考えなくてはならない事だ。
シキに弟子入りをお願いしに行った日。
彼女が席を外した後で父親は言っていたのだ。
シキの弟子になること、その意味を考えろ、と。
やめろ、と言葉にせずむしろ後押しをしてくれた父親には、感謝するしかない。
「お願い、します。ぼくは、戦えません。けど、逃げるくらいは、できるようになりたい。それが、自分だけの力じゃなくても」
シオンのその言葉に、カレンはひとつ頷いた。
「とっておきの護衛を連れてきてやる」
特にシキはリヒトシュタートに恨まれまくってますから…。
何かしてくれば燃やす、と脅していても何かあったときの用心はしておきたいのです。