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花の名の少年②

「唐突な訪問、申し訳ありません」


午後三時。

時間通りにやってきたミズアサギ親子を、リビングではなく今日は開いていないカフェのテーブルを連結して作った接待室モドキに通し、向かい合うシキ。

どうやら用事はシキにあるようで、カレンたちはリビングのへと引っ込んでいる。

タチバナのみ、客へお茶を出したりお茶菓子を出したりと動いている。


「いえ、かまいませんが…。シオン君が、わたしに会うまで帰らない、と?」

「……そうです。ご迷惑をおかけして、すみません。でも、どうしてもお願いしたいことがあったんです」


シキが視線をシオンに向ければ、我侭だと分かっていたのだろう、だがそれでも何かを決めた表情でシキを見つめ返してきた。


「魔女さん、ぼくを、魔女さんの弟子にしてください!!」


突然椅子から立ち上がったシオンは、土下座をしてそう言葉にした。

父親も、いきなり何を、と驚いているようで、眼を白黒させている。


「わ、ちょ、シオン君、立って、立って!詳しく説明!!そこは床だけど土足の場所だから!!!」


シキにとって何も害がないというのに、いきなり土下座などされれば当然慌てる。

だが、梃子でも動きそうになかったのでとりあえずは説明を、と言えば、素直に彼は椅子に戻った。


「シオン、どういうことだ。俺は了承してない」

「あー、ちょっとごめんなさい。お父さんは黙っててください」


途端に父親が説教を始めようとしたのでそれをあえて止めて、シキはもう一度シオンに問いかけた。


「わたしの、弟子になりたいって、どういうことかな?」


シキが止めたので、父親も黙って聞くつもりなのだろう。

厳しく睨んでくるが止める気配は無かったので、シオンはぎゅう、と自分のズボンを握り締めながら話だした。


「去年、教えてもらったクズモチ。あれ以外にも、たくさん、たくさん、魔女さんはお菓子を知っているって、ウーヴェさんから聞きました」

「まぁ、うん。知ってるけど……」

「ユカリは魔術の才能があるから、もうすぐ魔術師学校へいきます。けど、ぼくは無い。最初は、父さんとも相談して、ウーヴェさんのところで料理の修行をするつもりだったんです」


実際、シキたちが来るまではその予定だった。

ウーヴェともきっちりと契約を交わしていたし、そうでなくてもシオンは彼のところへ入り浸り、皿洗いや皮むきなどの基礎訓練を受けていた。

だが、シキが来てからウーヴェはひどく忙しくなっていた。

オルタンシアの名物として売り出した葛餅が作れる唯一の人間として、そしてそれを教えられる人間として、駆り出されてしまったのだ。

結果、シオンに料理の基礎を教える時間は激減した。

きっと、このまま弟子入りしても、他の人間が葛餅や水饅頭を美味しく作れるようになるまでまともに教えてもらえない。


当然、そんな状態にシオンを追いやってしまうだろうウーヴェも悩んでいた。

彼としては、素質のあるシオンにはきっちり全ての技術を叩き込んでやりたい。

だが、この状況ではそうもいかない。

そこで、ウーヴェは言ったのだ。


「もしも、こんどラグに行ったとき、魔女殿が了承してくれるならば、彼女の元へ弟子入りして、菓子を学んできてはどうだ?」


当然、そうなればウーヴェにも、シオンにも恩恵がある。

菓子をあまり多く知らないウーヴェは、シオンを通して菓子の基礎を知ることができ、シオンは菓子の基礎を学んで己のものとし、実家の宿で客に振舞えるようになる。

唯一、ハッキリした恩恵がないのがシキだ。

だが、シキも己の持つレシピやカフェ・ミズホを誰かに継がせることを考えねばならぬ立場だ。

子供がいない状態ならば、尚更。


「………なるほどね。で、わたしがもしもシオン君を弟子にとって、年を食ってから此処を継がせたいって想った場合は、宿からこっちに戻ってきて継ぐ。そうでなければ、そのまま宿屋か独立?」

「はい」


異世界人と、この世界の人間との間に子供が出来るのか。

答えは『出来る』だ。

過去、大戦中に兵器として呼ばれながらもロマンスを貫いた話も残っているし、なにより、東大陸のアカレアキツの王が異世界人の末裔なのだ。

この世界では珍しい黒髪、黒目の王族。

顔立ちも、西洋系が多いなか見事な東洋系の言い方は悪いが、ひらべったい顔の面影を残している。

オマケに、ザフローア公爵家にもやはり大戦中に異世界人が、公爵家に仕える騎士の一人と恋に落ちて結ばれ、騎士としてその子孫が未だ仕えているとか。

なので、生々しい話だがタチバナとシキ二人が飲んでいる避妊薬を止めてしまえば、いつか子供は出来るだろう。

そうすれば、この店を継がせること自体は問題ない。

だが、運悪く生めなかったら?

そうでなくとも、いつかシキも歳をとって、今の仕事が続けられなくなる日は来る。

そうなる前に、何人か弟子をとり、技術を仕込み、さらにその弟子に、というサイクルを確立させなければならないのだ。

この店を、無くしたくない、と思うのならば。


「お父さんとしては、どうなのかな?」

「そうですね。こちらとしては、ウーヴェの所へ弟子に出すも、貴女の所へ弟子に出すもあまり変わりません。うちの宿屋はシオンかユカリか、どちらかが継いでくれればそれでかまいませんから」


ミズアサギという宿の主人としては、かまわないらしい。

いざとなれば、ユカリに婿養子、とでも考えているのだろう。

シオンの父は、静かにシオンを見据えて言う。


「話は分かったが、何故先にウーヴェ共々相談してくれなかったんだ」

「……止められるって、思ったから。ぼくは、魔女さんに、お菓子を教わりたかったんだ」


宿に彼女たちが泊まりに来たとき。

重い荷物を運んでくれたお礼だ、と内緒ね、という言葉と共に渡された小さなカリントウというお菓子があった。

ウーヴェの作る料理は、とても美味しくて、これまでずっと、彼のところでそれを学ぶんだ、と思っていたし、そうしようとしてきた。

だが、このカリントウでそれが全部吹っ飛んだ。

甘くて、なのに甘すぎなくて、ちょっとだけしょっぱい。カリカリとした食感で、クラッカーみたいだけどそうじゃなくて、でもいつもおやつとして食べているクラッカーより美味しくて。

こういうものを、作りたい。そう思ったのだ。


「まずは、それを言わなきゃダメだろう」

「…はい、ごめんなさい」

「ちゃんと言葉にしてくれれば、こちらから正式にシキさんにお願いすることも出来たんだ。迷惑だってかけずにすんだ。まぁ、ウーヴェも言わなかったから、同罪だから、お前だけを責めはしないけど」


静かに、シオンの父がそう叱る。

何がダメだったのか、ちゃんと言葉にされてより強く実感したのだろう。シオンはまるで枯れた花のように萎びてしまう。

もともと、落ち着いた性格で物事をちゃんと考えてから行動する子供なのだろう。

ユカリとは正反対の性質のようだし、普段は彼女のストッパーとして動いているのかもしれない。

だが、何かしら目標を決めてしまうと、とことんそれに熱中して集中して周囲が見えなくなるタイプのようだ。


「ま、とりあえず一息つきましょう?わたしのほうでも、夫や仲間と相談しないと決められない案件ですし」

「あ、あぁ、すみません」


タチバナがタイミングよくお代りの茶と、お茶菓子に水羊羹を差し出した。

それに続いて、相談してくるからあなた方もゆっくり話し合うといい、と言外に伝えてシキは席を立った。



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