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花の名の少年①

ぱちり、と囲炉裏で火花が爆ぜる。

その赤く焼ける炭の上には、網が設置されそしてリビングでは食欲をそそる香りが立ち込めていた。


「お、開いた!しょうゆ、それからちょっぴりバターをちょちょいのちょいっと」

「お、おおお。たまらんなぁ」

「ハマグリだけじゃなくて、ホタテもいいわよ。あと、こっちの魚も」

「あ、イカください」


カフェ・ミズホに突如降って湧いた休日だ。

理由は簡単で、氷室の氷の運び込みと、竈と窯の定期検査なのだ。

パン屋ほどではないが、毎日毎日大量に焼いているものだから、少しのひび割れから全体の瓦解に繋がりかねない。

流石に一から設置の為直しとなると時間も金もすごいことになるので、こうやって定期的に専門の人間にお願いして見てもらう、という訳だ。


「何はともあれ、竈がちょっと傷んでいたくらいで良かったです」

「うん。ひび割れたりしたところは直してもらったし、窯は扉のたてつけ調整までしてもらっちゃったしね」


無事に点検も終了し、今日一日は微調整のためにキッチン使用禁止令が出ている。

氷室への氷の運び込みは一番最初に終了し、一度出した荷物も元通りにしてある。

そんなわけで、本日の食事の準備は全て囲炉裏にある炭での調理になる。


「あふっ、あふっ……くぅぅぅ、シキ、酒がほしい!」

「ダメ。昼間だから。あと、それには日本酒が合うよー」

「ニホン酒?」

「お米から造ったお酒。東大陸でも大吟醸とか作ってるよ。個人的には、その過程で発生する酒粕がほしいなぁ」

「米からお酒、ねぇ…なんでもできるな、米は」


ハマグリのバターしょうゆ味を頬張りながら、酒がほしいと呟いたカレンに却下を食らわせながら、シキは日本酒製造過程で出る酒粕がほしいなぁ、と呟いた。

魚を漬ける事もできるし、やはり甘酒として飲むのもいい。

ドーナツなどに練りこんでも美味しくいただける。

万能である。


「あ、そこの塩鮭頂戴。お茶漬けにするから」

「俺もしたいので半分こではダメですか?」

「いいよー。じゃ、ここにご飯と鮭を……」


網の上で焼けた塩漬けの鮭を切り分けて、残り物の冷えたご飯に乗せる。

そして熱い緑茶をぶっかけて、鮭茶漬けにしてシキは一気にかきこんだ。

同じくタチバナも鮭茶漬けにして、そこにさらに焼きたてのホタテを投入する。


「あら、いいわねそれ。ダシ出るでしょう?」

「あなたもやればいいんじゃないですか?ご飯はまだありますし」

「そうするわ。カレンはどうするのかしら?」

「私の分も、頼む」


いつもよりかなり簡素というか適当と言って差し支えない昼食だが、焼きながら食べると言うのも中々楽しく、箸が進む。

すると、ドンドンドン、と扉を叩く音がした。


「忘れ物でもしたのかな」


シキが一度箸を置いて、玄関を開けて顔を出す。

と、そこに立っていたのはデューフェリオとイブキのコンビだった。


「どうしたの、あんたたち」

「休みのとこ、すまねぇ。今、かまわねぇか?」

「まぁ、いいけど」

「魔女殿は、シオン・ミズアサギという少年をご存知でござろうか」


突然上がった名前に、シキは首をかしげた。

なんだか、聞き覚えがあるような。

少しの間黙り込んでいたシキだが、そういえばオルタンシアの宿屋・水浅葱の双子の弟がそういう名前だった思い出す。


「…オルタンシアの、宿屋の息子?」

「おぉ、そうでござるよ!」

「なんであんたたちが知ってるの?」


そう。そこなのだ。

現在もギルドの罰でバイトをしているこの二人は、現状オルタンシアに行くことなどできないはずである。

もうそろそろで返済が終わるらしいが、もう、此処が拠点でよくないか?となってきたらしい。

結果、ギルドが押さえている冒険者用の寄宿舎に部屋を借りようとしているとか。

そんなわけで、二人が知るはずのない人物なのだ。


「来てんだよ」

「は?」

「だーかーらー、その宿屋の息子、ここに来てんだよ。迷子になって裏路地に入り込んじまってて、ちっとばかりヤベェ連中に絡まれてたんだよ」

「偶然、ギルドの教官殿が通りがかったようで、大事には至らなかったようでござるが……。今はギルドで預かっているでござる。親御さんとも無事、合流したでござるが、本人は魔女殿とお会いするまで帰らぬと言い張っておるようで」


それで、仕方なくシキを呼びにきたのだろう。

シキの店が開店中ならば、そこに行け、で終わっただろうが本日は休日。

毎月やっている点検整備の休日なので、ギルドの連中も家にはいるだろう、と考えてこの二人に伝令をさせたに違いない。


「……あー、ギルドの応接室埋めるのもなんだし、ここ、案内しちゃってよ。ちょうどお昼ごはんも終わるから」

「いいのか?」

「うん。あと、正直出掛けるのメンドい。氷室の中全部出して、仕舞って、って、やったからさぁ…」

「あー、オレんちもそれ今のシーズンにやったけどよ、すっげぇ面倒だよなぁ。しかも、クソ重てぇときた」

「分かる?」

「分かる分かる。オレんち漁師だからよ、古い氷に魚の生臭ぇニオイ染みついちまってて、終わるころにゃオレらも生臭くなってんだぜ?」

「うっわ、きっついわぁ…それ」


イブキは首をかしげているが、どうやらデューフェリオにはよく分かったのだろう。

シキと二人、どこか所帯染みた会話を繰り広げる。

結局、シオンには午後の三時くらいにシキの家に来てもらう、ということになり、それを伝えるべく二人はバタバタと立ち去った。

土産にひとつだけ、最近パン屋のオンディーヌ店主とやりあって結果売り出すことになった『魔女の長持ち菓子パンシュトーレン』を持たせてやった所、二人揃ってそれをツマミに夜飲もうとか話していた。

見送ったシキは、シオンが来る時間までに客を迎える準備はせねば、と昼食の続きに戻る。

だが、しかし。


「……あんたたち」


網の上のハマグリ、ホタテ、塩焼きの魚はものの見事に食い尽くされていた。

思わず地を這うような低音で言葉を発したシキに、三人ともがビクリ、と肩をすぼめる。

そして。


「片付け当番、一週間……」

「「「ハイ、ヨロコンデ!!」」」


シキからのお達しに、どこかの居酒屋チェーンを思い出させるような台詞で反す三人。

即座に網や食べ終わった食器を片付けにかかった。

食べ物の恨みは、恐ろしいのである。


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