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交易都市国家ラグ。

そこは、各国が協力して作ったもう一つの国であり、「金と浪漫で動くバカども集団」とも呼ばれる冒険者たちの所属するギルドの本部がある国でもある。

冒険者とは己の腕っぷしや頭脳、魔術の腕、つまりは自身の持てる技術で依頼を受け金を稼ぐ。

つまり、荒くれ者が多数…いや、大多数だ。

どの国の、どのギルド支部でも、暴走する脳筋に頭痛を覚えているのだが、本部のあるラグでも変わりはない。


やれ、どこぞの露店にいちゃもんつけて金を巻き上げようとしただの。

やれ、どこぞの食堂で食い逃げやっただの。

やれ、どこぞの広場で喧嘩をおっぱじめようとしているだの。


冒険者にのみ適用される規則を作り、国と提携してそれを遵守させようとやっきになってはいるが、トラブルの種は無くならないものだった。

ましてや、それが女が主だという店にいたっては、ナンパなら度を過ぎない限りはともかく、その魔獣に振るわれるべき腕っ節で脅されたりすることもないとは言い切れない。

ギルドとしては当然、そういったことをした輩にはキッツイ罰を与えて精神的にボッコボコにした上で、牢屋に放り込むのだが。


「でも、懲りないのよねぇ…。ねぇ?」

「今週だけでも、報告されているだけで5件、調査中を含めると10件は下らないかと」


冒険者ギルド本部事務担当官統括ラウラ・ベルネットは、上層部に提出する処罰対象者リストの最終チェックをしながらため息を漏らした。

特に、春ともなると、この陽気な気候に浮かれ気味になるのか、問題を起こしてしまう人間が増える傾向にある。

目の前の狼の頭をした部下も、そういったバカを抑えるために連日走り回っているらしい。

鋭い牙の並ぶ口から、ラウラ同様ため息が漏れている。


「特に、カフェ・ミズホ…」

「私が行った限りでは、問題はありませんでしたが?」

「あぁ、うん、あそこの店自体に問題があるわけじゃないのよ。シキさんも良い人だし、旦那さんのタチバナさんも、下宿しているカレンさんもフィリーさんも、むしろ冒険者たちのお手本にしたいくらい」

「では、何故?」


ラウラの目の前に積み上げられた報告者。

その中でよく名前が上がっているのが、カフェ・ミズホなのだ。

だが、ミズホ店内でのトラブルは滅多な事では起こっていない。ならば何故こんなにも報告書に名前が記載されるのか。


「あのカフェって、高ランクの異名持ちがバイトしてたり店主だったりするでしょ?ちょっと調子に乗ったお馬鹿さんたちが、ね。こう、ちょっかいかけようとして………」

「逆にあの店に来ている客に秘密裏にノされてるんス」


ストン、という軽い音と共に、何処からともなく現われた影がラウラの言葉を引き継いだ。


「お帰りなさい、アイネズ」

「いやぁ、参ったッスよぉ。最近ランク上がったばっかりのやんちゃ共、大人数で詰め掛けて、魔女さんに難癖つけようとしてたんス」

「で、どうしたのかしら?」

「常連さんがこっそりふん捕まえて、教育・・してやした」

「事件を未然に防いでくれたのはありがたいけど、その連中、後々使い物になればいいけど……」

「そこらへんは、保障できないッスねぇ」


アイネズ、と呼ばれた影は、お気楽な口調でミズホの裏舞台を語る。

彼は、ギルドの影である。

冒険者ギルドに登録するのは誰でも可能だが、登録していた人間が麻薬密売やそれに加担したり、罪を犯したりすればそれすなわちギルドの汚点である。

そういった者達を表立って監視するのは狼頭の青年のようなギルドの教官や警備隊だが、それだけではなく、ギルドに害成すために中枢に食い込もうと暗躍する者もおり、そういった輩は闇に潜られると彼らには追えない。

そういった闇に潜った連中や、それの中継ぎなどを監視、処罰、果ては暗殺までするのが、アイネズたち影だ。


「あ、事務統括、土産ッス」

「わ、抹茶マシュマロじゃない!気が利くわね」

「ほい、兄さんも」

「あぁ、すまないな」


アイネズがラウラに差し出してきた文庫本ほどのサイズの紙袋の中には、ぎっしりと抹茶マシュマロが詰まっていた。

逆に、狼頭の青年が受け取った紙袋の中には、最近の軽食定番であるどら焼きが二つ。

アイネズ自身も懐からひとつの袋を取り出して、その中の菓子に大きな口で噛み付いた。


「あ~、もう、ほんっと、ウマいッスよねぇ」

「またそれなの?アイネズ」

「あっしにとっちゃ、最高のもんッスから」


彼が幸せそうに頬張ったのは、カステラだ。

ふわふわの卵が利いた生地、茶色い焦げた部分はほろ苦くもざらめのガリガリと言う食感がたまらない。


「ねぇ?毎回聞いてるけれど、言わなくていいの?」


カフェ・ミズホの菓子を頬張っていると、ラウラがマシュマロをひとつ指先でつつきながらアイネズに問いかけた。

狼頭の青年も、無言ではあるものの同じような視線を彼に向けている。


「いいんスよ。あっしも、部下の連中も。同じ出・・・のタチバナには気付かれちまってるでしょうが、魔女さんに知らせる気はこれっぽっちもありゃしません」


無意識にだろう、アイネズが首を撫でる。

そこには、彼にとって呪縛と救いを思い出す傷跡が残っている。


「あっしらはただ静かに。文字通り影となって、あのお人を護るだけッス」


ラウラはその言葉に、静かに瞠目した。

彼の決心を変えることは自分にはやはり出来ないと、胸の中でギルドマスターに謝罪する。


彼ら『ギルドの影』

その中でも、アイネズ率いる一部隊『ズメイ』は、構成員の全員が五年前リヒトシュタートを飛び出したシキの追っ手だった『死の翼サマエル』なのだ。

彼らはシキを追い、そして隷属の首輪を破壊されたことによって自由になり、けれど突然の自由に戸惑っていた。

それを拾ったのが、ギルドだった。

イライアや彼女と共に拾われたキアラやシャルマのように一般人に拾われた者も何名かいるが、殆どが、シキたちの護衛としてハルニレのギルドマスターがこっそりつけた『影』たちによって拾われたのだ。


「ギルドの方々にも並々ならぬ恩を感じてるッスから、ちゃんとお仕事しますって」

「わかっているわよ、ほんと、嫌んなるくらい貴方達、優秀だもの」


拾われた彼らのうち数名は、適切な治療とギルドによる一般人としての教育を受けた後に、一般人として生きたいと去っていった。

そして、残った者たちは誰もがひとつの言葉を口にする。



自由をくれた魔女に恩返しを。



リヒトシュタートで幼少期から暗殺者として教育を受けていたタチバナや彼らが、自由を得た際に何故、リヒト教もしくはリヒトシュタート王家の狂信者のような状態になっていなかったのか。

答えは簡単だ。

調教師たちに見つからぬよう、細心の注意をもって彼らの間で紡がれてきた教えがある。

脈々と、水面下で、いつか自由になれる日を、いつか自由になるために立ち上がる日を夢見て紡がれてきた言葉があるからだ。



我ら、汝らの因果を伝えん。



それは優しくしてくれた者への因果。

それは虐げてきた者たちへの因果。


二つの因果を抱えて生きてきた彼らは、シキの優しさからではなかったとしても、それでもまず最初に人としての自由をくれた彼女を護ろうと決めたのだ。

そして、人として扱ってくれたギルドに仕えようと決めたのだ。


「じゃ、まだ監視が残ってるんで失礼するッス」


軽く時計を見たアイネズは、ぽい、と紙袋をゴミ箱に捨てて、最初と同じように、いやむしろ何の音もさせずに部屋から消えた。

それを見送ったラウラは、苦笑と共にそう漏らす。


「ほんと、ズメイとはよく言ったものね」

「どういうことで?」

ズメイっていうのはね、異世界の伝承に出てくる、財宝や、姫君、街とかを護る、ドラゴンの事なのよ」

「それはまた、言い得て妙、ですな」


大切なものシキを護るドラゴンズメイ

総勢12名ほどしかいない彼らだが、きっとシキにギルドやラグが害をなすと判断すれば。それはもう、凄まじい敵となるだろう。

だが、今の所そうなる予定はギルドにもラグにも一切ない。

なにより。


「彼女を本気で怒らせると、怖いもの」


氷漬けにされたリヒトシュタート首都。

昨年の魔王アルラウネ討伐。

琥珀の魔王への隷属魔法行使。

どれをとっても、恐ろしい。

怒らせないようにしよう、と会議で即決する程度には。


「ま、いつか、気付いてくれるといいわね」


気付かれないでいい。

彼らはそういうが、きっと正面からありがとうを伝えられるほうがいいと、ラウラは思うのだ。

もうひとつ抹茶マシュマロを口にしたラウラは、執務の続きをすべく、狼頭の青年に報告の続きを促した。

ほろ苦さが、少しだけ胸に染みた。


実はいろんな人に護られていることを知らないシキ。

公爵や、ラグ、ギルドとは完全に契約だと思っていますし、一番肝心の部分は信用していません。

シキが全面的に信用しているのは、今の所タチバナだけ。

最近はカレンやフィリーも信頼できる仲間としてみていますが。

それを切なく思っている人も多いです。

そんな、守ってくれている人の、その一欠けらのお話。

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