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彼女の手荒い祝福

ギルドの訓練場内では、冬の間カレンから訓練を受けていた人間たちが全員整列していた。

その正面にはカレン、そして何故かシキがおり、周囲には被害が出ないようにギルド最強の結界が幾重にも張られている。


「あー、今日で私が教官をするのは最後だ」


そう。ギルドとデューフェリオ、イブキの懇願で受けた冬の間の槍の訓練教官。それの期限が本日切れる。

訓練を受けていたものの中で、訓練のキツさに何人かは去っていった。

だが、残ったものたちはカレンが出した宿題もきっちりとこなし、結果としてランクを上昇させたものもいる。

ランクが上がらなかったものの、受けることができる討伐依頼が増えた者も多い。

基礎はいかに大切か。

叩き込まれた彼らは、カレンを尊敬の眼差しで見る。


「期間が短かったから、かなりスパルタになったと思う。生傷が絶えなかったやつが殆どだろう。だが、教えた訓練を地道に重ねていけば強くなれる。だが、少し強くなったからと言って油断してはダメだ。世の中には、勝てない相手というのがやはり存在する」


カレンのその言葉で、誰もがシキへと視線を投げた。

シキ。異世界からきた、魔王さえ屠り国さえ滅ぼせる『四季の魔女』


「うん、そこでシキを見たのは間違ってない」

「どういう意味?」

「う、その、ほら、私でも単騎じゃ魔王には勝てないから、それに勝てるシキは最強ってことだ」

「なんとなく含むものがあるけど……ピクルス山盛り」

「ぐ…すみませんでした」


胃袋を握られているカレンは、苦手なピクルスを山盛りにするぞと言われ即座に謝罪した。

その姿を見ていた彼ら訓練生も、あぁ、勝てないわな、そりゃ。と納得する。

誰もが心当たりがあるのだ。頭が上がらない人物、というのに。


「と、とりあえず!お前たちには一つの星を知ってもらいたい。それに触れられるかは、努力だったり、運だったり、天賦の才だったり、様々なものが必要だ。だが、知っておくこと。それが一つの目標になると思う。私を目指すな。私はまだ、おまえたちの手の届く場所にいる壁にすぎない。手が届かないほど遠い、星を目指せ。そうすれば、きっとわたしなんてあっという間だ」


その言葉を告げると、カレンは一度だけ深呼吸をする。

眼を開き、そして。


「腹に力を篭めろ、仲間で支えあえ!!今、おまえたちの前に立ち塞がる星は、何よりも強いぞ!!!!」


瞬間。



――――ンッ!!!!!!!



シキの魔力が完全解放された。


「ぐ、ぅ…っ!」


誰もが、押し潰されそうなプレッシャーに耐える。

カレンはその中でも立っているが、少しでも気を抜けば崩れ落ちそうだ。

害がないと完全に理解しているからこそ、物理的に押しつぶしてきているようにも感じる濃密を通り越すような魔力の圧力に耐えられているのだ。

訓練生たちは、並んだ位置そのままに崩れ落ちている。

全身から脂汗が滲み、呼吸が荒く、視界は歪む。

隣同士で並んだ仲間と支えあわねば、意識などとっくに吹っ飛んでいる。

むしろ、意識を保っているのが奇跡のようなものだ。

数年前、ハルニレのギルドで魔力の完全解放をした時は、高ランク冒険者であっても不意打ちであったとはいえ意識を刈り取られている者もいたのだから。


「シキ、ストップ、だ!」

「はいな」


カレンが、これ以上は彼らの意識が持たないと感じ、シキにストップをかけた。

軽い返事と共に『四季の魔女』の魔力が一瞬で収束する。

軽くなった空気に、地面に這い蹲るようにしてそれでも意地で意識を繋いでいた訓練生たちも、シキの横に立っていたカレンも深く深く呼吸をする。


「一国を一瞬で氷付けにした力。その片鱗だ。覚えておけ。いつかおまえ達が私と言う壁と並んだり、超えたりすれば、彼女とは別の、新しく生まれる『魔王』という姿で出会うかもしれない力だ」


乱れた呼吸を建て直し、カレンは言った。

シキの力を知っていれば、いつか高ランク冒険者となり、生まれてしまった魔獣の魔王の討伐に向かう時、怯まずにすむかもしれない。

そうでなくても、自分より上位の魔獣に襲われたときでも、なんでもいい。自分より格上に出会ったとき、冷静に逃げられるかもしれない。

目の前にいるものより怖いもの、強いものを知っているからこそ、できる判断があるはずだ。

裏目に出るかもしれない、それでも、知っていれば変わることもあるから。


「目指せ。見上げろ。きっと、強くなれる」


短期間だけの教官だが、やはり愛着は沸く。

これが、カレンにできる精一杯の祝福だ。


「さて、シキ、頼む」

「りょうかーい」


呼びかけられて、シキが右耳についた牙のピアスに触れる。

タチバナと対で作られたそれは、特定の動作と魔力波動で簡易的な通信機になる。通信機というより、呼び鈴か。


「今日は私の奢りだ。思う存分、カフェ・ミズホの料理や菓子に舌鼓を打ってほしい」




その言葉の後は、もう無礼講の大宴会だった。

タチバナとフィリーがワゴンに大量の料理や飲み物を乗せて現われると、ダウンしかけていた連中も現金なことに勢いよく起き上がり、食いつくさんばかりに料理に手を伸ばした。

酒なんて入ってないのに、飲むわ歌うわ、そして何故かギルド職員も混ざりこむわ。

なお、ちゃっかり混ざっていたギルド職員には飲食費をきっちり請求した。

誰がお前たちの分まで払うと言った。生徒の分しか払わんわ!がカレンの言い分だ。


「カレンは、実は教師や教官に向いているのかもしれませんね」

「面倒見がいいからね。なんだかんだで頼まれると断れないし」


訓練生たちに囲まれて大笑いをしながらサイレントボアの辛子味噌焼きに噛り付いているフィリーを見て、シキとタチバナは笑う。


「リヒトシュタートにいた頃も、下町の連中に慕われていたわよ?」


リヒトシュタートにいた頃のカレンを知るフィリーは、それを肯定した。

ただ、そうやって慕われすぎてさらに追われる理由になったのだが。


「いっそ、指導教官として登録しちゃえば?」

「そうねぇ…収入は安定するけれど、気軽に出歩けなくなるのは困るわね」

「忙しくて?」

「そう、忙しくて」


指導教官としてギルドに完全に登録してしまうと、授業のある日、ランク試験、冒険者同士の問題の仲介などで、長期の休みが取れなくなる。

そうなると。


「遊びに出られなくなるのは嫌だな」

「カレン…今だって、カフェだ、依頼だ、狩りだで奔走しているでしょうに」


料理のおかわりを求めてやってきたカレンが、積み上げられた鳥の唐上げを自分の皿の上に山盛りにしつつ、笑いながら言った。

苦笑するタチバナ。


「そうか?トラブルも多く舞い込んでくるが、案外自由だからな。休みが欲しければ、事前に伝えれば貰えるし、そうでなくてもやれオルタンシアだ、シュッツヴァルトだ、ハルニレだと、シキの転移魔法頼りではあるが、うろついているだろう?」

「買い付けとか、素材集めとかね」

「うん、それが楽しくてたまらないんだ。暫くは、『先生』ではなく、『女の子』らしく、はしゃぎたいんだ」


先生をやるのも、楽しかったけどなという言葉を残して、また騒いでいる生徒たちの輪に突撃していくカレン。

確かに、ああやって同年代か少し下くらいの年代とバカ騒ぎをしている彼女は。


「年相応の、『女の子』かもね?」

「『男の子』の間違いじゃないですか?あれ」


二十歳前後で高ランク冒険者として名を馳せているカレンは、いわゆる天賦の才の持ち主なのだろう。

フィリーという教師がいたことでそれを開花させたが、故に『遊ぶ』ことが出来なかった。

活動していた環境も悪かったし。


「カレン姐さん、まだオレの教官でいてくれねぇですかー!!」

「無理をいうな春からは忙しいんだデューフェリオ。あと、敬語がおかしいぞ」

「カレン殿、これはなんというのでござるか?」

「あぁ、ブリュレだ。リンゴのペースト入りのブリュレ」

「拙者、かなり好みでござる。コクがあるのに、甘ったるくなく、この表面の鼈甲飴がまたたまらんでござる」

「いや、それベッコウアメじゃなくてキャラメル……いや、砂糖を焦がしているなら同じものか?いや、違うような」


今、一番カレンに絡んでいるのはデューフェリオとイブキだ。

それらをいなしつつ、甘い菓子ばかりに手を伸ばそうとする少年の口に唐上げをつっこみ、歌うオヤジに下手くそー、と笑う。


「…あ、う、ん…一応、女の子、で」


ちょっとだけ、迷ってしまったシキであった。


カレン主人公回。

カレンは、言うなれば肩を並べて歩いてくれる肝っ玉ねぇさんです。

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