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教官のお弁当

【とある槍使いの冒険者の視点】


現在、カレン・ヴァサーリーリエと言う名の高ランク冒険者が期間限定でギルドの訓練施設の教官をしている。

大体週に二回ほど。

ほかの日は別の科目の教官が訓練場を使うので、この回数だ。

彼女の得意とする獲物は剣だそうだが、槍も実戦に耐えうるレベルだ。

むしろ上級者に入るだろう。

自分は勝てない。

そんなカレン教官の訓練は一言、スパルタである。


「とろとろするな!全ての基礎は体力から!!足を鍛えないで動きが安定すると思うなよ!!」


ビリビリと、凛々しくそれでいて背筋が思わず伸びてしまう声が響く。

教官と言うのは、槍の型をみてくれるものだと思っていた時期があった。

が、間違いだった。

一度訓練生の動きを見るや否や、明らかに体力が足りていない人間には走りこみを要求した。

当然、ブーイングだ。

が、教官が仕掛けてきたとあるゲームで大体の人間が痛い目を見た。

ゲームは単純だった。

一定時間、追いかけてくる教官から逃げ切ること。

20人近い人間をすべて捕まえるなんて、しかも女性が。

誰もが無理だと笑っていたが、結果は惨敗。10分持たなかった。

誰も彼もが息を切らして、下手をすればぶっ倒れているのに教官は軽く息を乱した程度でケロっとしていた。

そうして彼女は言ったのだ。


「上級の魔獣はもっと凄まじいのがいるのに、この有様ではオーガからも逃げ切れないぞ」


事実、ここにいる人間はゴブリン相手にも苦戦するようなひよっ子が多くいたし、そうでない連中も、中堅の強さの段階の目安となるオーガには勝てないレベルだったので、納得せざるを得なかった。

実際、宿題として課された毎日の走りこみは日々を重ねるに連れてほんの少しづつだが実感を得ている。

槍の取り回しのさい、下半身が安定するのだ。

おかげで、槍の威力が上がった。

当然、体力づくりだけでは教官の意味がない、と型の訓練も行なわれる。


が、これもスパルタだった。


「槍の動きは円と直線の組み合わせだ。円で翻弄し、直線で大ダメージを狙う。回避にも円は重要だ。攻撃の威力だけを求めるな。直線で大ダメージばかりを狙えば……そらっ!!」

「ごはっ!?」

「こうやって、大きなスキが発生し、反撃を食らう。分かったか、デューフェリオ」

「うぐ、いってぇ……」

「返事!」

「ぐ……はい!!」

「よし、ちゃんと軽い打撲程度で抑えているから、少し休んでから戻って来い。ちゃんと見取りはしろよ」


先日、教官の下宿先であり働いていると言うカフェ・ミズホの従業員であり、マスターである四季の魔女の夫でもある高ランクの異名保持者『魔女の騎士』に喧嘩を売り、結果フルボッコにされたというデューフェリオという青年も、怪我から復帰しギルドの使いっぱしりをしつつも訓練に参加している。

毎回毎回凝りもせずに突っ込んでいっては教官から手酷くシバかれ、ボロボロになって帰っていく。

最近は少しは考えるようになったのか、突っ込んでいくだけでなく教官曰く『円』を意識しようとしてはいる。


「そう、そこ、斬り上げろ!」

「はっ!」

「石突も利用しろ、刃の部分だけが武器じゃないぞ!!」


『円』を意識する動きで合格をもらっているのは、そのデューフェリオの相方であるイブキという青年だ。

薙刀という東大陸の槍のひとつを使っており、突くよりも斬ることに特化している。

が、型どおりなので、動きも悪くないがもう少しフェイントを覚えろと指導されている。

特に、刃の部分以外での攻撃だ。

柄も石突も、勢いがあれば十分凶器なのだから、と。

自分も、見ることはできているから後は意識せずとも反応するくらいまで槍の動きを体に叩き込めと言われ、日々、槍を握っている。


そんなスパルタなカレン教官だが、可愛く見える瞬間がある。

昼食時だ。

働いているカフェのマスターにお弁当を持たされているらしく、凄まじく幸せそうな顔でそれを頬ばるのだ。


「ふふ、今日は何かな~♪」


訓練場の端っこで、今日も教官は嬉しそうに布の包みを開ける。

出てくるのは、朱塗りの弁当箱(大)。


「やった!!」


どうやら好きなメニューだったらしい。

思わず、声をかけてしまう。


「教官、すっごく喜んでますけど、何がはいってたんですか?」

「ん?あぁ、イナリズシに、カキフライ、ポテトサラダ、デザートに紅茶とりんごのマフィンだな」

「お好きなものでも?」

「イナリズシがな、美味いんだ」


一口で食べられてしまうような、茶色い皮をしたなにか。

中には、少しだけ甘くした酢とふっくらと炊いた米とを混ぜた酢飯というものが入っていると言う。


「シンプルだが、具を変えるだけで全然風味が違うんだ。おまえも、ヒマなときミズホに来ればいい。定番メニューだ」

「えぇ、そうさせていただきます」


簡単にイナリズシの説明をすると、教官は幸せそうにそれを口にする。

自分はむしろ、その横にあるカキフライが気になっている。

衣はゴマとかいう粒々した聞きなれないものだ。だが、冷めていても鼻をくすぐる香ばしい香り。

今、旬のカキをフライにしただろうそれ。

海鮮に目がない自分にしてみれば、垂涎の品だ。

弁当だから、冷えてしまっているだろう。だが、揚げたてだったなら?

さらに旨いだろう。

酒とあう。絶対にあう。

あぁ、メニューに並んでないかなぁ……。


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