魔女の喫茶店
シキは、交易都市国家ラグのとある公爵家から保護と後見を受ける魔女であり。
冒険者ギルドに所属する冒険者でもある。
リヒトシュタートにいた頃には、魔王クラスの魔獣を討伐した経験も持つ。
だがいくら魔法が規格外だろうが所詮は平和な日本に生まれ育った身。
荒事は、大の苦手だった。
魔王クラスの魔獣の討伐だって、前衛は騎士の皆様にお任せで、後ろから絶対に逃げられないレベルの特大魔法をぶっ放しただけだ。
逃走だって、実はタチバナがいなければ危うかった。
召喚された時点で戦闘能力は魔法特化でそれ以外は駄目である、と判明したし、受けた訓練もひとまず最低限の回避が出来るようになれ、というものしかなかったこともある。
RPGでいう火力だけが高く、防御力が紙の典型的な魔法使いタイプなわけだ。
とはいえ固有の特殊魔法を使用できる魔女として。そして異世界から引きずり込まれた被害者として、丁寧に保護されている。
だが、一生遊んで暮らせるようなお金が出るわけではない。
働かねば、お金が入らず。
お金が入らねば、食べていけないのが世界の常識だった。
そんなわけで、シキは己のできることは何だろう、と考えた。
戦闘能力は偏りすぎているので頼りにならない。
そもそも、盗賊狩りなどもしなければならない冒険者は無理だ。恐らく自分に殺人はできない。
日本で叩き込まれた倫理観が邪魔をしてしまう。
おまけに殺した命を背負う覚悟も持てそうにはない。
そうなると、元々持っている技量でどうにかするしかない。
召喚された当時の年齢は十八歳。
高校生だ。
得意分野は国語、古典。
あと、農家な祖父母に叩き込まれたうえに自分でも好んでやっていたお茶や料理、お菓子作り。
将来は両親と同じく古典学者か、菓子職人かとまで言われていた能力だ。まともに使えるとしたらそのあたりの能力しかないだろう。
そこで考えたのは、某チェーンコーヒー店の星と人魚なあそことか、ストライプなあそことか、いわゆるセルフサービス方式のカフェだ。
持ち帰りだってできるし、その場で飲んでもらってもいい。
軽食としてサンドイッチやドーナツ、この大陸では珍しいおにぎりや稲荷寿司、ちょっとした和菓子洋菓子などならどうにかできそうだ。
お茶の淹れ方については無駄に厳しく叩き込まれているので問題なし。
客寄せはパンダには申し訳ないがタチバナに犠牲になってもらおう。美人だし。
ついでに彼の作る暗殺道具として触っていたせいかやたらと高性能な薬士としての腕も生かして傷薬の販売などもすればいい。
そうすれば成り行きだったとはいえあの国から追われることになった彼の自立も助けられる。
思い付き同然だったが、シキのその変わったカフェは後見人の代表である公爵からの支援を受けて開店した。
材料などは信頼できる商人を紹介してもらい、ギルドを挟んで交渉している。
ありがたかったのは、東大陸の食材が地球でいうアジア圏の食材と似通っていたことだろう。
お米に醤油にお味噌。魚醤だって、もちろん香辛料もたっぷりだ。
東大陸一番の国の始まりの王は異世界人で、すべて彼がもたらしたと記録に残っているので、シキとしては笑うしかない。
そりゃどう考えても日本人でしょーよ、と。
そんなわけで、異世界というよりも異世界+東大陸風カフェとして成り立っている。
貴族くらいしか飲めない紅茶が飲めるという物珍しさから客が入ること一年、交易のため東大陸から西大陸に来ている人たちに懐かしい味を出すカフェとして噂されること一年。
気が付けば、ギルドの職員さんたちが休憩がてら、冒険者たちが軽食を求めて、住人たちがちょっとした贅沢に、と様々な人が気軽に訪れるカフェになった。
現在、召喚されてから六年目に突入。
シキ、二十三歳の日常である。
さて、シキの家の内部に転移したため、周囲の様子を窓越しでしかよく見ることができなかったカレンとフィリー。
翌日になって、この家がどんな位置に存在したのかをようやく知った。
交易都市国家ラグは半円状の都市だ。
円の部分が二重の城壁で、直線部分が海に面した港区。
左右は森とあまり高くない山が隣接している。
王城はちょうど都市の中心部にあり、そこから蜘蛛の巣のように大きな道が伸びている。
冒険者ギルドの本部は、都市の入り口すぐ横にあり、そしてシキの住んでいたこの家は同じ通りのギルドから少しだけ離れた場所にあった。
廊下から見えていた森は、二重に張り巡らされた城壁の内壁と外壁の間にある植樹林だったらしい。
「この家、元々はその植樹林を管理する人が住む場所だったらしいんだけど、あれだけ鬱蒼としちゃうと一家族だけで管理するとか無理になったらしくて。専門職の人大人数雇うことになったんだって。で、人が住まなくなったのをわたしが譲り受けたんだよね」
廊下から森が見えていた理由がそれだった。
森に住んでいるのかと思えばそうではなかったらしい。
「内装は店舗部分を作るためにやった改装の時わたし好みに改良してもらったんだよ。本当は畳が欲しかったけど、ここの気候考えるとカビの恐怖があったからやめたけど。で、店はこっち」
二階建てで一階の道側三分の一がキッチン含めた店舗で、残りが風呂や洗面所などの水回りと倉庫、そしてリビングだ。店はその場で飲めるように小さめのテーブルが五つほど。一席につき三人ほど座れる計算だ。ガラス張りのショーケースの中には、日持ちする菓子の幾つかが綺麗に並べられている。そして、二階がいくつかの個室になっているらしい。
が、現在二階に住んでいるのはタチバナだけで、シキは面倒だとリビングにクッションやら毛布やら色々持ち込んで自室も同然にしてしまっているらしい。
来客があっても大丈夫なように片付けは徹底しているらしいが。
「リビングとキッチン、店舗は直結してるけど、リビングは見えないようにちゃんと扉は閉めてね」
「わ、私たちもフロアに立つのか!?」
「へ?うん。とはいっても、うちはセルフ方式だから会計とかお願いすることになるかな。あと、テーブル拭いたり」
「メニュー覚えきれないわよ!?作るのだって…」
「大丈夫、ドーナツとかサンドイッチとかケーキとか、作ったのを渡すだけだから。ルールはパン屋と同じかな。ショーケースに入ったのを選んでもらうだけ。紅茶を入れたりするのはわたしとかタチバナがやるしね。大丈夫、落ち着いて注文さえ間違えなければオッケー。ほとんど屋台みたいなものだから。小さい店舗があるだけでね」
本来のコーヒーチェーンなどではアレンジやらトッピングやら複雑化しているのだが、人数の関係でそんなことはしてられない。
お茶やコーヒーは季節のものと定番を十数種。値段はそれぞれ変わる。これが一番複雑だ。
軽食は季節ごとに色々種類を変えつつも値段は五種類ほどに均一化。
戦場と化すお昼頃数時間は三種類ほどのランチセットか、飲み物単品のみ受付というように徹底して簡略化している。
接客の素人が慣れないながら試行錯誤した結果だ。
その代わり、季節ごとの入れ替えは激しい。
周囲には四季の魔女だからね、と言っているが、飽きさせないためでもある。
元の世界の接客のプロや自営業の人から見ればかなり怒られそうなやり方だが、シキが知っている知識でできるのはこれが限界だった。
コーヒーチェーンもどき+ドーナツチェーンもどき÷2=シキのカフェである。
「全部をいきなりやれ、なんて言わないよ。大丈夫。最初はゆっくり教えるし、自分の速度でいいから」
にこやかに笑いながらそう言うシキ。
その後ろから、タチバナは言う。
「大丈夫です、当初の目標としては昼の戦争を乗り越えられるようになればいいんです」
その一言が、とてもとても不吉に響いた。
「働かざる者食うべからず…だが、私たちは何かを間違えた気がするのは、気のせいだろうか」
「いいのよ、カレン。私もそんな気がしてるもの…」
だが、まともな武器や装備そしてそれらを揃えるための金が無い今、襲いくるだろう刺客に勝てる保証は現在ないので、シキにそしてギルドに頼らざるをえないことは事実。
最低限、簡素なものでもいいので装備品を買える金を貯めねばならない。
覚悟を決めるべきか、と二人は小さくため息をついた。