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すっぱくたって、美味しいよ

閉店間際、カランと店のベルが鳴る。


「こんにちは、四季の魔女。それから、カフェの皆さん」

「あ、イライア。おひさしぶり!」


現われたのは、シキのカフェと直接取引をしているオレンジ農家のイライアだ。

ヤギの獣人だというのに、まるで羊のようにモコモコとした恰好で現われた彼女は、重そうな荷物を背負っていた。

が、そこは獣人なので問題無いらしく軽々とそれを空いたテーブルに置くと、ひとつの瓶を取り出した。

一升瓶サイズの瓶に貼り付けられたラベルには、青蜜柑、と刻印されている。


「今、時間は大丈夫?」

「まぁ、そろそろ閉店だし。大丈夫だよ」


閉店間際だったので、不必要なものは片付けてある。

あとは洗物や外に出してある看板の片付けなどだ。お金の計算は夕食後にやるので問題ない。

カレンやフィリーに任せても大丈夫な業務ばかりなので、シキはイライアにココアを一杯出しながら向かい合わせに席についた。


「こっちにくるの、夏以来?」

「そうなる。今日は、今度販売を開始するコレの売り込み」

「なるほど。にしても、トゥルーハートの柑橘類はかなり品質良くて、この店に来た商人さんが何人か、紹介しろってうるさいよ?」

「うん、突撃してきた人がいた。おかげで、大口注文が入ったって、爺さまがホクホクしてた。あたしたちも、大忙し」


イライアのいるトゥルーハートオレンジ農園は、個人間の取引も、商人を挟んだ出荷も両方行なっている。

シキは直取引で、商人を経由するよりも安く仕入れることが可能になっている。

商人が彼女たちにした大口注文は、恐らくかなり好条件で契約できているのだろう。

それだけ美味しいのだから、当然と言えば当然か。


「今回は、青蜜柑のジュース」

「えーと、青蜜柑って、数や品質の調整のために青いうちにもいだみかんで作った、すっぱいあれだよね?」

「やっぱり、魔女のことだから知っていると思った」

「や、でも飲んだことはないんだよ」


みかんは、収穫の前に青いものをもぎ取る。

それは数の調整のためだったり、品質を一定に保つためだったり、さまざまな理由があるが、青蜜柑はつまり廃棄処分されるものだ。

が、もったいない、と絞ったらすっぱかった。けれど、蜂蜜などの甘味料を入れれば美味しいジュースになる。

オレンジ農家の中だけで飲まれていたが、農場の拡大によって処理しきれなくなりだした。

そこで。


「魔女なら、なにかに利用できるかと思って」

「ミカンジュースには変わりないから色々できるよ。今のシーズンなら、ホットミカンドリンクかな」


甘さがない青蜜柑のジュースだが、甘さは砂糖や蜂蜜で足すことができる。

また、そのままならすだちのように焼き魚にかけてもいいし、ドレッシングのベースとしても利用できる。

それに、クリームチーズやヨーグルト、生クリームに混ぜ込んだりすれば風味を生かしてケーキやトッピングとして使える。

夏なら、彼女たちがしていたように甘みを加えて水や炭酸で割ってジュースとしてもいい。

肉などの煮物にも使える。


「温かくして、飲むの?」


いつも冷水で割って飲んでいたイライアは、首をかしげた。

ぬるくなったミカンはなんともいえない味をしていたように思うのだが。


「イライアは、あったかいミカン苦手?」

「…すこし。なんていうか、変な感じがして」

「分かる。温いのはわたしも苦手。けど、ホットドリンクにすると全然ちがうんだなぁ」


コタツの上に乗せっぱなしで、生温くなったみかんのなんともいえない味。

あれは苦手なのだが、ホットドリンクにするとあの気持ち悪さは何故か消えてとてもおいしいうえ、体が温まるドリンクになる。


「これ、空けても?」


最初にイライアが取り出した青蜜柑のジュースの瓶を指差せば、イライアからはあげる、との言葉が。

試供品として提供してくれるのだろう。

シキは早速それを持ってキッチンへと引っ込んだ。


「くぅ、すっぱぁぁぁい」


味の確認のため、一口舐めればかなりのすっぱさ。

思わず飲んだ水が甘く感じるレベルだ。


「かなり蜂蜜と砂糖入れないとダメかな」


味を見ながらでいいか、とまずは卸金おろしがねをひっぱりだして、生姜を摩り下ろす。

そして鍋に青蜜柑ジュースと、蜂蜜、摩り下ろした生姜を投入。

熱々になるまで火にかける。

甘さを調節するために少しだけ砂糖を足した。


「ま、こんなものかな」


それをカップへ。

そしてイライアに渡す。


「はい、青蜜柑と生姜のホットドリンク」

「…美味しそう」


温くなったみかんの香りとは違って、ミカンらしい香りが強く香る。

そのなかに、生姜のスパイシーな香りが混ざって、甘いだけではなくなっている。

蜂蜜のほのかな香りも混ざって、美味しそうだ。


「……あ、これは、好きかもしれない」

「お、よかった」

「甘いのに、さっぱり。ちょっとだけ、ぴりってするのがいいね」

「お腹からあったまるでしょ」

「うん。家でも、やってみたい味。あたしでもできる?」

「できるよ。生姜と蜂蜜、青蜜柑のジュースの三つだけだから」


シキも、自分の分として入れた青蜜柑のホットドリンクを一口啜る。

さっぱりしているのに、甘くて美味しい。

簡単だし、メニューに加えてもいいかもしれない。


「イライア、青蜜柑のジュース、欲しいな」

「どれくらい?今すぐなら、さっきの除いて五本渡せるよ。一本2500リラ」

「…いっぱい持ってきたね。うん、それ全部。それと、後日でいいから10本追加で。さらに追加する場合はいつもと同じようにギルド経由で連絡すればいい?」

「それで大丈夫。送料入るから、一本3000リラになるけど大丈夫?」

「許容範囲かな。もうちょい安くは?」

「爺さま次第になるよ。ただ、いつも送ってるオレンジと同梱すれば送料がちょっとだけ安くなりそうだから……。相談のうえで後日連絡する」

「ん、よろしく」


イライアが持ってきた青蜜柑のジュースを一気に仕入れたシキは、にまりと笑った。

頭の中では、あたらしいメニューが浮かんでいる。

何にしようか。ケーキ類はやはり人気だから、まずはそれだろうか。

が、完全に日が落ちた外の状態が眼に入った瞬間、とあることが気になった。


「ねぇ、イライア。宿は?」

「とってあるけれど?」

「じゃ、夕飯」

「……酒場を探そうかと思ってる」


案の定、宿は取っていたが食事までは考えていなかったようだ。

なるべく旅費を下げるために、宿は食事つきにはしていないだろうし。


「じゃぁ、家で食べていきなよ」

「え?」

「大丈夫、お金とったりしないって。今日は鍋にするつもりだから、人がいっぱいいるほうが楽しいしね」


そのまま、閉店作業を終えてちゃっかり青蜜柑のホットドリンクを飲んでいるタチバナやカレン、フィリーの三人に声をかける。


「いいよねー?」

「いいですよ」

「いいわよ」

「いいぞ」


即答だった。

イライアは前回来たときも驚いたが、やはり警戒心の強いタチバナにも即答で了解されてしまい、困惑する。

が、空腹には勝てないしシキの料理も好きなのでひとつ頷いた。


「それじゃぁ、お邪魔します」


今夜は、何時にもまして賑やかになりそうだ。



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