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春の先駆け

猛吹雪がおさまり、抜けるような晴天の早朝。

シキは一人で市場に来ていた。

公爵とギルドの仲介で店の商品の原材料を卸してくれている商人は、小麦粉や米、砂糖などの粉物や卵、牛乳など重いもの、もしくは軽くても量があるようなものは定期的にまとめて届けてくれるものの、それ以外のちょっとしたものは自力で買いに来てくれと言っている。

そんなわけで、品切れを起こしてしまった一部スパイスと胡桃などを仕入れるために、もこもことしたローブ姿でうろついているわけだ。

タチバナにドーナツなどの調理を任せているので、早めに帰りたい。

カレンは今日はギルド依頼の教官担当日なので不在だ。

フィリーにはバゲットなどをお願いしているパン屋に行ってもらっている。ストックしていたグリッシーニが売り切れてしまい、大慌てでの補充だ。


グリッシーニは冒険者たちの間でも定番の保存食のひとつだ。

家庭で食べるようなものはそのままでも十分美味しいが、保存性のみに特化したグリッシーニは味が無く堅いだけで美味しくない。

そこでシキが提案したのはオイル漬けだ。つい最近はじめたばかりのうえ、普通の携帯食料と違って少しだけ値が張るし、なにより荷物が増えてしまうが、グラム販売で容器を持ってくれば割引、にしたら案外ウケた。

冒険者たちが、クソマズい携帯食料で我慢していたのは、拠点がある団体クランならばともかく個人ではオイル漬けなど用意するのが大変だからだ。

仕込むのが面倒、とも言う。

効率を重視した結果、干し肉や干し野菜で我慢することとなる。

上記二つならば市場で量り売りしているし。

オイル漬けなどは三日ほど保つ一般家庭用のものは売っていても、長期保存が利くものは案外売っていなかったのだ。

ピクルスなどはかなり長く持つが、おかずとして食べるものではないので自然と却下される。


現在、カフェ・ミズホで提供されているオイル漬けは二種。

ナスのオイル漬けと、キノコのオイル漬けだ。

どちらも数種類のハーブと、ニンニク、鷹の爪と一緒にオリーブオイルに漬け込んだものだ。

ナスは半月、キノコに至っては、寒いシーズンなら一ヶ月の常温保存が可能だ。

他にも干し野菜を漬け込んだものもあるが、まだまだ試作段階なので出していない。

だが、メニューの入れ替わりや試作品で材料がガンガン消えているのは事実。

当然、食べきれる量、捨てないですむ量を考えて作っているし、なによりカレンやフィリーはかなり食べる。

大食漢だ。

彼女たちの財布のエンゲル係数がとても心配である。


閑話休題。


とりあえず、そんなわけで無くなってしまった材料の補給である。

東大陸から輸入されたものは基本的に通常よりも高いが、ここラグでは普通のものとあまり値段が変わらない。

東大陸との交易拠点であるし、何より距離が近いので輸送費が安いのだ。

早朝の港広場の一角。取引先の商人が出している露天を覗けば、店主が助かったと眼を輝かせた。


「魔女の嬢ちゃん、コレ、なんかわかるか?」

「どれどれ?」


店主が差し出してきた陶器の壷。

その中を覗き込めば、懐かしくそして季節はずれの香りが香った。


「桜の塩漬けだね」

「サクラ?このピンクの花と葉っぱはそんな名前だったか?俺が聞いたときにゃ、カスガイだの、オムロだのだったぜ?」

「品種名だね。春日井カスガイに、御室有明オムロアリアケだったかな。それらの種を全てを総合して桜って呼ぶんだよ。故郷じゃ、国を代表する花だったなぁ」

「へぇ、なるほどな。けど、この独特な香りは好き嫌いが分かれるな」


店主はどうも、向こうに取引の際に、祝い事のおすそ分けだと桜茶を飲んだらしい。

が、あまり好みではなかったらしい。

香りはとてもするのに、塩の味しかしないのだ。


「あー…。お祝い用の見た目重視のやつだから。けど、美味しく食べることもできますよ」

「ほう?」

「まず、餡子との相性は最高です。パンに餡子つめて、その上に飾るとかします」

「お、それなら結構うまそうだな」

「それから、桜餅っていうお菓子にもなります。桜の葉の塩漬けで、ピンクに色付けした餡子入りの餅をくるんだやつ。二種類あって、例えるなら、クレープ生地っぽいのか、おはぎっぽい感じのと」

「女に受けそうな見た目だな、それは」

「故郷じゃどっちが本当の桜餅か、水面下で争ってたけど」

「……なんじゃそりゃ」


道明寺粉を使った餅らしい餅のものが関西風、白玉粉と小麦粉を使ってもちもちのクレープっぽくしたのが関東風の桜餅だ。

原材料は同じもち米なのに、味わいも見た目もかなり違う。

シキとしては関西風のほうが馴染みがあるが、作りやすいのは関東風になるだろうか。

どっちもどっちか。


「にしても、真冬になんでこんなに……」

「あー、なんでも一年前のが倉庫に残ってて困ってたんだと。シーズンになりゃかなり売れるけど、倉庫の改築のために在庫を捌けさせたいらしい」

「ありゃ、で、押し付けられたんですか」

「魔女のお嬢ちゃんがどーにかしてくれるかと思ったんでな。格安だったんだよ。しかもこれひとつだけ」

「なるほど、で、おいくら?」

「普通の野菜の塩漬けがキロで550リラだからな、それでどうだ」

「200」

「あー、じゃ、430だ」

「200」

「……380」

「200」

「勘弁してくれ、300。仕入れ値だ」

「オッケー、300で」


どうあがいても、この都市ではシキに売る以外処分方法が見つからない商人は、ニッコリ笑って値切ってくるシキに負け、仕入れたときと殆ど同じ値段で売ることになってしまった。

普段なら決して負けはしないのだが、シキ相手になるとどうにも調子が狂う。

自身の娘と同じような年齢の娘が、異世界から無理矢理攫われてきて必死に生きていこうとしていると聞いてしまっては、どうしたって情が湧く。

シキ個人を気に入っているのもあるし、東大陸の材料を多く使った彼女の店おかげで東大陸の食料品も売れ行きが良くなりつつある。

眼を見張るほどの上昇ではないが、いずれラグにも向こうの料理が根付きそうだと感じている。

それに、懇意にしているザフローア公爵が彼女の保護者なのもある。

さまざまな要素が絡み、負けやすくなってしまっているのだ。

ただし、シキもよい取引相手でいようとしてくれて、普段は無茶な値下げ要求はしないというのもある。


「どうする、自分でもっていくか?」

「うん。1キロなら軽いしね。あと、黒糖と、ゴマと胡桃と…」

「ナッツ類は今回は微妙だな。俺のとこより、リーのとこ行け。黒糖はどれだけだ?」

「10キロ」

「20なら割り引きいれてやる」

「倍!?…まぁ、いっか。じゃ、それで」


他にも次々と欲しいものを注文していくシキ。

商人のおっさんは、それらを準備しつつ脳内で次の仕入れを考えていた。





結局、買い過ぎたシキは市場で台車を借りて帰宅した。

後日台車は返さねばならないが、20キロの黒糖とか無理だったので必要な労働だと諦める。

他にも、リーと呼ばれた東大陸からやってきている商人の露天で胡桃やケシの実(麻薬成分は入っていない食用種のケシから採取している)、カボチャの種などを大量購入した。

予想以上に買い込んでしまったが、どれも長期保存がきくものばかりなので問題はない。


「おかえりなさい、シキ。メインは焼きあがっていますよ」

「ただいま、タチバナ。あと何ができてない?」

「饅頭系が蒸しあがってないです。あと、おはぎが何もできてません」

「わかった。今日はおはぎの代わりに、春を先取りで桜餅つくるよ!」

「サクラモチ、ですか?最近知らないのが出てきますね……」


買い込んだものを二人がかりで倉庫に入れながら、本日のメニューの準備状態を報告しあう。


「時間が足りないから、関東風ね。この壷から葉っぱだけ出して、塩抜きよろしく」


先程買った桜の塩漬けの壷をタチバナに渡して、シキは白玉粉と小麦粉、砂糖と紅花から抽出した赤い食紅を準備する。

ボールにまずは白玉粉を投入し、少量の水練ってから残りの水を入れてさらっとした液になるまで混ぜる。

そこに砂糖を入れて、泡だて器で混ぜ、小麦粉をふるい入れる。

混ぜ終わったら食紅で淡い桜色にしたら、今度はシンクにありったけの巻きすを広げ、その間にフライパンを温める。

うすーく、うすーく油を塗って、生地を焼く。

焦げ目がついてはいけないし、生地そのものも薄いので余熱で焼き上げる。

クレープの要領だ。


「塩はあと少しで抜けますよ」

「ありがとー。あとはおはぎ用のでいいから餡子出してー」


焼きあがった生地は、広げた巻きすの上で冷ます。

荒熱が取れたら、タチバナが出してきたあんこをくるんで、順次塩抜きが終わった桜の葉でさらにくるむ。


「完成!」

「可愛いですね。けど、その」

「ん?」

「花の香りでしょうか、クセがありますね」

「…やっぱりか」


甘いものと見れば品を選ばず尻尾が上機嫌に揺れるタチバナだが、これはクセがあって一瞬躊躇う。

美味しそうなのだが、香りがどうも慣れない。

薬草とは違った、花らしい花の香りとでも表現しようか。


「うー、わたしは好きなんだけどなぁ」


ひとつ味を見るためにタチバナと共に分けてぱくりと食べた。

自分が食べなれている関西風ではないが、この関東風桜餅も十分美味しい。

生地がモチモチしているのがたまらない。

タチバナも味は好みだった。

葉の微かな塩っ気と、餡子、生地の甘みが絶妙だ。

が、香りが独特で、いくつも食べたいとは思えなかった。


「これは春のお菓子なんだよね。雛菓子って言って、三月三日の女の子の無病息災と健やかな成長を願うお祭りのさいに食べるもののひとつね」

「あぁ、それでこんなに可愛いカラーリングしてるんですね。ピンクじゃないですか」

「や、花もピンクだから、どっちかといえば花の色に合わせたんだと思う。で、普段も食べるけどやっぱり春のお菓子として有名かな」

「今は冬ですし、春を先駆けてしまいましたね」

「だね。ま、桜の塩漬けも数が限りがあるし、本日限定、かな。あとは反応次第で春にもう一度出すか決めよう」


タチバナやこの桜の塩漬けを売ってくれた商人のおっさんの反応を見ると、東大陸の人間はともかく西大陸の人間は苦手なようだ。

日本の菓子のなかでもクセが強いもののひとつだから好き嫌いが激しかったことを思い出す。日本国内も、海外も。


「じゃ、ショーケースに並べて、外の看板に本日限定品って書いておこっか」

「えぇ、そうしましょう。あと、試食を出したほうがいいと思います。クセがあるので、ダメな人は徹底的にダメだと思いますし」

「あー、じゃ、もっと焼かないと足りないかな」


カフェ・ミズホ。

本日限定、春の先駆け『桜餅・関東風』

いかがでしょうか。


私の住む地域では、関西風の桜餅が一般的です。

とはいえ、お雑煮やお節料理は関東風だったり関西風だったりとめちゃくちゃです。

しかたありません、東海中部ですから。

関西も関東も混ざり合って他県から来た友人からは大学時代、「どういうことだ」と呆れられた覚えがあります。


個人的に桜餅は大好きです。

あと、桜の塩漬けがのっかっているアンパンとか最高です。

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