冬独特の依頼
後日。
シキのカフェ・ミズホは昼から元気に開店していた。
六日ぶりなので常連たちがこぞってやってきている。
ゾルダンは冬なのでホットの麦茶と定番のおはぎを購入してもりもりと食べていたし、ギルド職員で休憩に入った者たちも、自身のお目当てのランチメニューを確保すべく、さむさむ、といいながら並んでいた。
外は曇天で、今にも雪が降り出しそうだった。
「26番のお客様、紅茶とおからのドーナツとチャイのセットです。おまたせしましたー!!」
「32番のお客様、お忘れ物です!!ちょ、ほんとに待ってくれ!!」
昼の戦場と呼ばれる現在の時間帯は、四人揃って鬼気迫る勢いで仕事をこなす。
休憩なにそれ美味しいの?という言葉が本当に似合う状況だ。
なので、ぶっちゃけてしまえば毎日のように来る常連でもない限り顔なんて覚えちゃいない。
いないので、頭とか腕とかを包帯で巻いた竜人の青年と、東大陸の恰好をした青年の二人組みがガッチガチに緊張した面持ちでやってきて注文したとしても、スルーである。
スルーして、そして、二人にタチバナやシキが完全に気がついたのは昼の戦争から二時間以上たった後だった。
「本当に、拙者の相方がご迷惑をおかけしたでござる。申し訳なかった」
土下座でも敢行しかねない勢いで、タチバナとシキに頭を下げるイブキ。
その横で、どこか戦々恐々とデューフェリオが頭を下げた。
しきりに周囲に視線を走らせているのは、細く見えない鋼糸がいつ自分に絡まるかを恐れているからだ。
タチバナにぶっ飛ばされ、眼が覚めたらギルドの医務室だった。
最初はマトモに打ち合うことすらしなかったタチバナに、負けたとはいえ納得できなかったデューフェリオなのだが、医務室で自分の体中に刻まれた傷跡を見て、ぞっとした。
全身打撲や左肩脱臼は高所より拘束されたうえで落下させられたからこその怪我だが、全身に走る裂傷が問題だった。
首、手首、腹、足首など、急所、もしくは致命傷となりうる場所全てに同じ数だけの傷跡が刻まれ、他の部位も綺麗な等間隔で切りつけられていた。
戦闘中、デューフェリオが気が付いた首の拘束以外の、彼が感じられなかった部位までも、鋼糸で拘束されていたということなのだ。
加えて、どれもこれも薄皮を一枚裂く程度の深さで、だ。
タチバナがその気になれば、ばらばらに切り刻まれた自身の槍のように、分解されていたことだろう。
そして、治療と決闘の見届け費用、結界代金の請求を突きつけてきたラウラに聞けば、彼の本領は鋼糸でなく、針のはずで、相当に手加減されていたと知った。
「も、申し訳ございませんでした」
そのため、デューフェリオはタチバナを正視できない。
怖すぎる。輪切りは嫌だ。
「どうするの?」
「本気で反省しているようですし、いいでしょう。二度目はありませんが」
「じゅ、重々承知してる。四季の魔女さんにも、暴言を吐いて、申し訳なかった」
「二度とせぬ、と誓ったでござる。もう一度かのような事があったのなら、腕の一本くらいは切り飛ばしてやってほしいでござる」
「お、おい、イブキ…」
「自業自得でござるからな。むしろ、あれくらいの怪我で済ませてくれたことに感謝するでござるよ。懐はすっからかんでござるが」
「お、おう」
ギルド内でかなり絞られたらしい。
精神的にもだが、サイフ的にも。
「しても、ただ謝罪のために来たにはかなり待っていたな。明日にするとか、時間をずらしてみるとか、考えなかったのか?」
シャカシャカと洗物をしながら、カウンター越しにカレンが首を傾げる。
客はまばらで、少しくらいの雑談なら問題ない。
声をかけられた二人は、顔を見合わせてからひとつ頷き、カレンに向かってやはり土下座する勢いで頭を下げた。
「「鍛えてください!!」」
「は?」
胡乱げな眼差しで、タチバナもシキもカレンも、二人を見る。
散々馬鹿にして逆にフルボッコにされて、その相手の仲間に日も空けずになにを言い出すのか。
「く、詳しくはこれを読んでほしいのでござる」
勢いよく頭を下げすぎて打撲の痛みに呻いて動けなくなったデューフェリオの鞄に手を突っ込んで、イブキはひとつの手紙を取り出した。
「……もしかして、ラウラさんの昨日の笑みの理由?」
シキの予想は大当たりだった。
要約すれば、昨日の決闘の仲介料金と建物への被害を防ぐための結界の代金、この二つが払い切れなかったというのだ。
治療費はなんとか払いきったらしいのだが、それ以外が彼らの懐ではまかない切れなかったのだ。
依頼を受けて返そうにもデューフェリオの防具も武器も全損のうえ怪我が治るまで戦闘はできない。
イブキだけでは受けられる依頼も限られ、宿代を稼ぐのが精一杯。
結果。ギルドが一時的に立て替え、一定期間のアルバイトと言う名のタダ働きをすることとなった。
「一つ目。実力の底上げを行なえ」
「二つ目。借金返済までギルドの配達員として働け」
「この二つが、拙者たちに課せられた罰でござる。が、拙者は東大陸、デューは島から出てきたばかりの田舎者で、ラグには師として仰げる相手の伝手がなんにもないのでござる」
「しかも、ギルドの教官に教わろうにも、今は槍の教官が不在ときた」
「頭を抱えていた拙者たちに、ラウラ殿が言ったのでござるよ。槍なら、タチバナ殿と魔女殿の所の、カレン殿という女人が扱える、と」
「もちろん、タダで受けてくれなんて言わねぇ。ギルドから報酬が出るってことになってる。オレらの他にも槍を鍛えてぇのに、教えられるヤツが一人もいねぇから、臨時教官ってことで受けてくれねぇかってことになる」
二人の言葉による補足説明を聞きつつ、ラウラの手紙を読めば同じようなことが書かれていた。
今のこの二人はつまりはギルドの配達員で、カレンへのギルドからの指名依頼を持ってきたのだ。
冬場は植物型、虫型の魔獣は大人しいうえ、盗賊なども寒さのあまり出てこない。
出てくるのは冬眠しない獣型魔獣の一部と飢えた野生動物だが、やはり討伐依頼はめっきり減るし、雑用依頼も雪掻きなどが多くなるくらいで薬草採取などの依頼はかなり減る。
その間に、少しでも腕をあげるため自分より強い相手に師事するのも、低めのランクの冒険者たちの常だ。
逆に、高いレベルの冒険者は溜めた金でゆっくり過ごすか、ギルドに雇われ新米相手に教官をするかに分かれる。
が、大体はゆっくりするほうに偏っている。
「どうするの、カレン」
「あぁ、受けてもいいかも、とは思ってる。今はまともに狩りができないシーズンだから、遠出する事がなければ、店の従業員やる以外の仕事がないんだ」
「そういえば最近は、早朝の狩りにいってないね」
この喫茶店に直接卸している針羽根ウコッケイや角持ちウサギなどが狩れない冬というシーズン。
店にならんでいる軽食のラインナップも、燻製や長期保存が利くウィンナーを使ったもの、芋類を使ったものに切り替わっている。
テリヤキチキンなどは春までお預けだ。
「報酬はギルドと応相談か?」
「そうでござる。それから、拙者たちはギルドの配達員として暫く働くのでござるが、魔女殿たちからの配達依頼も時間があれば、無料で請け負うでござる」
「……これくらいしか、できねぇし」
どうやら、想像以上に反省しているらしい。
雰囲気から見ると、そう言い出したのはデューフェリオらしい。
なんだかんだで根は素直なのだろう。
シキとタチバナに暴言を吐いたのはまったく気に入らないが、ちゃんとした謝罪と反省をしている相手を必要以上責めるのは流儀に反するし、冬の間に鈍りそうな体を動かしたかった事もあり、カレンはタチバナとシキの顔を見てから不敵に笑って言った。
「わかった、受けてやる。が、私の本来の獲物は剣だから、あまり期待はするなよ?」
「「ありがとうございます!!」」
嬉しそうに礼をする二人。
タチバナもシキも、謝罪があった以上引き摺る気もなく。
まして、ラグ周辺限定だが臨時配達要員も確保できたので収支はプラス、と言ったところだ。
「ま、絞られておいで。ガチンコ勝負ならカレンのほうがタチバナより強いし」
「えぇ、そうですね。正面衝突なら、俺が負けますし」
「「え゛」」
どうやら、それは初耳だったらしい。
二人、特にデューフェリオは顔を真っ青にしてカレンとタチバナを見た。
ギルドの配達員
いわゆる郵便局の配達員さん。
都市の外に配達しに行く部門もありますが、臨時バイトにそんな重要なことを任せられないので、今回の場合はラグ周辺までです。