帰っても、トラブル②
ギルド横、訓練施設大ホール。
周囲にはギルドが誇る魔道具によって張られた結界と、さらにその内側にシキによる簡易結界が張り巡らされ、王宮よりも強固な場所となっていた。
その中心部で、タチバナは静かに相手を見据えた。
デューフェリオ、と呼ばれていた竜人の青年は、幾分か開いた間合いで槍を構える。その横で、彼の相方である、東大陸出身の冒険者、イブキ・トラノオも同じように槍と思しきものを構えている。
後ほど知るが、反った刀身を持つそれは薙刀と呼ばれる武器だったらしい。
「覚悟しやがれ、軟弱野郎!」
「デュー、本気でやるのでござるか?」
「あ?受付のねーちゃんも言ってたじゃねぇか、この優男に勝てたら異名くれるって!そしたらオレたちも晴れて高位冒険者だ。指名依頼もバンバンきて、大金持ちだぜ?」
「頭を冷やすでござるよ…今の拙者らでは勝てぬ相手でござるよ」
「んなわけあるかよ。なんにも鍛えてねぇみてぇな、ひょろっこい見かけしてんだぜ?槍でつっつきゃ吹っ飛ばされてハイおしまい、だろうよ」
敵を前に、そんな会話をしていていいでしょうかね?とタチバナは嘲笑を唇に登らせる。
どうやらイブキという青年はこちらとの力量差を測るだけの眼を持っているようだが、デューフェリオはまったくダメだ。
恐らくこのコンビが中堅の底辺にいる理由はここにありそうだ。
ひとまず、自分自身はともかくシキを侮辱したことは決して許す気はないので、イブキはともかくデューフェリオの心はバッキリと圧し折るつもりである。
手加減?殺さない程度にはします。
「えー、互いに殺さなければオッケーの第五ランク誓約での決闘になります。治療費は個人負担。これで復帰が不可能な怪我を負っても、ギルドでは保障しかねますので、互いに誠意を持って挑むこと」
喧嘩はどの町でも罰せられるが、決闘と言う形で晴らさせる事でギルドは治安維持に協力している。
第五ランク誓約での決闘とは、ギルドが設定した決闘の中止ランクだ。
第一ランクでは互いに一撃入った時点で終了。特殊防具を装備したうえ、怪我はさせていけないといういわゆる初心者用だ。
第二ランクから特殊防具が外れ、急所以外ならば少しの怪我はオッケーになるうえ、治療なども受けられる。
大体がこの第二から骨折までならオッケーの第四あたりで決闘をする。
ギルドの仲介料金がなかなかに高いが、治療と保障が入るので。
第五ランクが最高位で、ギルドは本当に見るだけだ。
治療もなし、補償もなし、殺さなければオッケーなものだ。
だが、このランクでの決闘を許されるのはギルドから人格を認められている人間のみで、相手をぼこして楽しみたいなどと言う馬鹿は決してこのランクを許されることはない。
「では、始め!!」
ラウラが開戦の合図を出した。
タチバナは静かにたたずむだけだ。
デューフェリオは先手必勝とばかりに飛び出し、その槍の切っ先をタチバナの顔に向ける。
「そのお綺麗な顔に化粧してやるよ!!」
ひゅん、と槍が素早く突き出される。
(とった!!)
突き出すと同時にフェイントを交えて、竜人の力に物を言わせて軌道を変更し、その肩へと刃を走らせた。
が、タチバナは一歩も動くことなく。
「……」
周囲に銀の煌めきが翔ける。
瞬間、デューフェリオの槍は何十もの輪切りにされていた。
「……え?」
柄の部分だけではない。
魔術紋様を刻み込んだ鋼の刃をもだ。
カン高い音をたてて、槍は本来の役割も果たせずに無残に地面に落下する。
その合間にも、細切れにされ原形さえ留めないほどに切り刻まれる。
「戦いで、呆然とするのは殺してくれ、と言うことと同義ですよ?」
瞬間、デューフェリオの全身の防具のみが全て槍同様に破壊され、見えない何かに拘束された。
首に、細い何かが回っている。
今迂闊に動けば即座に首が飛ぶ、と理解した彼は、周囲に視線を走らせながら動きを止めた。
「そちらは、かかってこないのですか?」
「……遠慮するでござるよ。鋼糸の餌食になって、安物とはいえ大事な獲物がバラけるのは困るでござる」
「よい判断です」
鷹揚にうなづいたタチバナは、少しだけ驚いていた。
まさか、この攻撃が鋼糸だと受けてもいないのに見抜かれるとは思っていなかった。
このままちゃんと訓練を受け続ければ、イブキという青年はもっと強くなることだろう。
そうやって余所見をしているタチバナにスキができたとばかりにデューフェリオは自身の得意とする火炎魔術を小声で詠唱し、タチバナが振り向いた瞬間に解き放った。
「……受けよ、火炎の民の乱舞。『フレイムストーム』!!」
解き放たれた炎は、過たずタチバナに直撃した。
首に巻かれていた鋼糸も緩くなり、拘束から逃れたデューフェリオは胸を張る。
「はっはぁ!ざまぁみやがれ!!」
今頃爆焔に呑まれて死なずとも、苦しさのあまりのた打ち回っているだろう優男を思い、威勢よく笑う。
が、誰も、彼の獣人の嫁だと言う四季の魔女でさえ慌てていない。
おかしい、と疑念が脳裏を掠めた瞬間、デューフェリオの体は宙に蹴り上げられていた。
「が、はっ」
「余所見をしている敵に攻撃。いい判断ですが、首に致死性の武器が突きつけられている状態でのそれは、意味がありませんよ」
くい、とタチバナが蹴り上げたデューフェリオの全身に巻きつけた鋼糸を引っ張る。
糸は操者の望みのまま、敵を締め上げ、そして。
「沈め」
彼を、地面に叩き付けた。
決闘の結果。
デューフェリオ、全身打撲、左肩脱臼、軽度の全身への切り傷。
イブキ、棄権。
勝者、タチバナ。
「はぁ、我ながら大人気なかったですかね?」
「や、まぁ、わたしのために怒ってくれたわけだし、連中もこれに懲りてくれるだろうし、いいんじゃない、かな?」
搬送されていくデューフェリオと、それに付き添うイブキを視線で追いかけながら呟いたタチバナに、シキが笑った。
「それにしても。今回は『針』じゃなくて『鋼糸』にしたんだね」
「えぇ、針だとついうっかり一撃終了にしかねませんでしたから。まだ扱いなれていない鋼糸のほうがよいかと思いまして」
「それでも、十分な強さですよ。次は騎士の異名の通り、細剣での戦闘を見たいものです」
お疲れ様でした、と結界の解除を指示したラウラが二人の下へやってくる。
彼女の言葉に、タチバナは苦笑しながら首を振った。
「細剣の腕はあまりよろしくないんですよ。なんなら短剣のほうがよっぽど扱いなれています」
「そうですか、仕方がありませんね。あのお馬鹿さんたちは、後日きっちり治療費を請求したうえで、ギルドへの決定に異議を申し立てたとして罰を与えます。そのときはよろしくお願いしますね?」
「……はい?」
なんとなく、いや、確実に面倒を投げてくる予感がしてタチバナは眉を顰め、シキは首をかしげた。
おかしい、今回の勝者はタチバナで、これで厄介ごとは終わりのはずなのに。
「では、また後日。あ、シキさん、抹茶のマシュマロの用意をお願いしますねー!」
笑顔で手を振るラウラの見送りを受けて、二人は帰路につく。
シュッツヴァルトから帰ってやっと面倒なことが終わったはずなのに、また面倒ごとに巻き込まれるのか、と半分以上諦めの心地で。
武器を携帯できる冒険者が喧嘩したら被害が大きくなります。
死傷者が発生しても可笑しくないレベルです。
なので、ギルドも国も、冒険者の喧嘩は通常よりもかなり重く罰します。
けれど血気盛んな彼らの喧嘩を無くすのは土台無理なので、決闘制度があるのです。
制度を利用して牢獄行きにならない喧嘩をするか。
制度を無視して喧嘩して、何年も牢屋に入るか。
冒険者として登録したときに、骨の髄まで教え込まれる事柄のひとつです。
依頼を受けられるかどうかが生活に直結してますしね。