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帰っても、トラブル①

名残惜しそうなシュノと、シュノの率いる騎士部隊連中、それから何処となく尊敬と畏怖とをまぜこぜにした魔術師団、そして宰相や一部貴族の見送りを受けてシキたちはラグに帰還した。

とはいっても、シキの転移魔法があるのでちょくちょく行ける場所ではあるのだが。


「帰宅!」

「おお、シキが疲れでダウンしていない」

「いやぁ、だって、殆どあったかい部屋でぬくぬくしてたしね」


ぽぽい、と荷物を追いやって、その中からギルドに提出すべき書類や諸々を引っ張り出す。

ドレスなどはもらっていいということだったので、後ほど専門業者のところへ持ち込んでクリーニングしてもらう予定だ。

クローゼットに入りきるだろうか、という心配があったがいざとなったら公爵に預けておこう、と四人で決めている。


「さて、これをギルドに届けたら終わり、だね」


シュッツヴァルトとラグ、ギルドの間で交わされる条約の締結文書だ。

が、ラグの城に上がって渡すとなると面倒だし、ギルドも公爵も二度手間を嫌って、ギルドに預ければオッケーにしてくれた。

荷物を片付けておくよ、と家に残るカレンとフィリーにお願いね、と手を振って、シキはタチバナと共にギルドに向かう。


「四季の魔女、おかえりなさい」


ギルドの扉を潜れば、カウンターから、おそらくシキたちを待っていたのだろう事務担当官統括の女性が声をかけてきた。

彼女に分厚いその書類を手渡しながら、シキも言う。


「ただいま、ラウラさんもお仕事ご苦労様です」

「今日はその書類を受け取ってマスターに渡すだけですし、そんなに面倒じゃないですよ。あ、あとタチバナさんの異名なんですけど」


180度方向転換した、けれど忘れてはいけない話題に、そういえば公爵が登録申請出しておくとかいっていたな、と思い出す。


「ザフローア公爵の申請の通り、『魔女の騎士』として登録されました。それで、ですね。シキさんの夫として籍を統合しているので、タチバナ・フェルンヴェルトでの登録ですね。貴族称号フォンはつきません。これは夏に婚姻届を出してもらった時に説明したとおり、名誉貴族なのはシキさんだけですので」


シキが名誉貴族として登録することになった、ザフローア公爵による見合い事件。そのすぐ後に、シキとタチバナはしっかりと婚姻届を提出していた。

貴族の息子や何かがシキに絡んでくることを防ぐため、そして家族になりたいと願ったタチバナのため、シキは速攻でギルドと公爵に話を通して届けを出していた。

わざわざ結婚式を開くのも面倒だし、シキもタチバナも親類縁者が皆無なのであいさつ回りも特に必要なく。

結果、最低限の人間以外知らないと言う事態になっていた。

そのためか、ラウラが言い放った言葉に周囲の冒険者たちが色めきたった。


「うおおおマジかあぁぁぁ……」

「くっ、あと一年か二年はあのまんまだと思ってたのにっ!」

「あんたらの目は節穴かいな。じゃ、あたしの一人勝ちだね。さーて、なにを買ってもらおうかな」

「た、タチバナ様がぁぁぁぁ……」

「や、あれは高嶺の花だから。見て楽しむものだから。ほらほら、他にもいい男いるんだから、立ち直んなさい」


などなど、シキとタチバナの関係の進展を賭けの対象にしていた連中の叫びと、タチバナに密かに恋心を抱いていた少女の泣き声と、他にも色々とシキにしてみればいい加減にしろてめーら、と言いたくなるような言葉が飛び交う。


「ご愁傷様です。結婚式、しておけばこんな面倒は無かったんですよ?」

「やるなら、公爵が来る以上、最低中級貴族レベルの結婚式にしなきゃいけないんですよ?そんな金、出せませんって」

「ギルドのお仕事を受けてもらえば、シキさんならあっという間じゃないですか」

「わたしは固定砲台だし、お店が優先。いいの?ラウラさんの大好きな抹茶のマシュマロが一ヶ月は食べられなくなりますよ」

「結婚式、やらなくてよかったです」


シキの言葉に即座に手のひらを返したラウラは、それでも手元で重要書類の受付表やそれに伴う書類や登録、サインを高速で行なっている。

さすが、冒険者ギルド本部ラグ事務統括官である。


「よし、と。受付、完了しました。お仕事ご苦労様でした」

「城に提出しなくてもいいって、ありがたいわ、本当に」

「シキさんならフリーパスで入れるじゃないですか」

「今回、大使役を引き受けたのはシュノちゃんがいたからだし、公爵の顔を立てるためだし……それ以上の面倒はごめんかな」

「だと思いました。で、タチバナさんの異名の登録も完了しました。以降、魔王討伐や通常ランクの冒険者では対処できない魔獣が出現した場合、指名依頼が発生する場合があります。本人の体調不良含む明確な理由がない場合、拒否できないのでお気をつけください」

「えぇ、了解しました」


雑談を交えつつも、無事に全ての手続きが終わりさて帰ろうかとシキたちがギルドを出ようとする。

が、それを引き止めたのは『四季の魔女』の噂を知りつつも、彼女の側にいる獣人は金魚の糞であるという噂を鵜呑みにした冒険者だった。


「待てよ」

「何か?」

「おかしいだろうがよ!ちゃんと依頼を受けているわけでもねぇ、嫁さんになった『四季の魔女』におんぶに抱っこで、こんなお綺麗なだけの野郎が異名をもらうとか、おかしいだろ!!」

「デュー、やめるでござるよ」

「あんだよ、テメェは納得いくのかよ!こっちは毎日必死こいて仕事して、ギルドのランクあげようとしてんのに、今までなんの噂も聞かねぇ、聞く話と言えば魔女にくっついてる金魚の糞だとか、残念美人だとか、そんなのしかねぇじゃねぇか!!」


デュー、と呼ばれた褐色の肌に所々鱗が煌めく竜人族その冒険者は、相方だろう東大陸の人間独特の言葉遣いをする青年の制止を振り切って、タチバナに掴み掛かる。

思わず魔法で氷水をぶっ掛けてやろうと動いたシキだが、周囲の他の冒険者に止められる。


「やめとけ、魔女さんよ」

「そうよぉ。タチバナが薬士として凄腕なのも、暗殺者だった事も、ラグを拠点にしてるアタイたちは知ってるけど、なぁんも知らない余所様からすれば、魔女さんのオマケで異名を貰ってるずっこいヤツだもん」


そう言われて、シキは展開しかけていた魔法を霧散させた。

シキは魔王討伐やなんやかんやで戦闘をしている。

それに、この世界では異世界人イコール巨大戦力だ。いきなりギルドから異名を贈られても、やっかみなどは殆どない。

だが、そのシキのサポートに回っていたタチバナは?

直接戦闘が無かったわけではないけれど、カレンやフィリーのように狩りに出て、中堅冒険者ならパーティで狩るはずの魔獣を単独で狩ったりなどしていない。

ギルドに顔を出すのも薬の卸しのためが主だし、彼が直接戦闘をする場面を見た人間は案外すくない。

それなりの実力者になれば彼の足運びなどで力量を図ることもできるが、現在タチバナに掴み掛かっている竜人の青年のように、初心者を抜け出したものの中堅の底辺で留まっているようなランクの冒険者では、まだ無理な話だ。


「いいから、やらせとけって。タチバナの兄ちゃん、強いだろ?」

「うん。カレンたちと並ぶくらいに、強いよ」

「なら、大丈夫だ。あの位のヤツなら簡単に沈められる。一度強さをハッキリ見せ付けとけば、噂で広がって手を出すやつはいなくなる。オレらも、なんも知らん連中に周知させるしな」


それでも、心配なものは心配なのだ。

タチバナが一番得意なのはやはりハニトラや毒物を利用した絡め手の暗殺で、正面からのガチンコは苦手なのだ。

そんな表情が出ていたのだろう、タチバナが一瞬シキへ視線を向けると、ニヤリと、微笑した。

タチバナにしては、ひどく好戦的な笑みだった。


「……あ、タチバナ怒ってる」

「え、マジですか」


思わず呟いたシキに、トラブルを治めるために出てきたラウラが唇を引きつらせた。

相も変わらず微笑をたたえるタチバナに、竜人の青年はエキサイトしており、すでに止めようとする東大陸の青年の声も耳に入っていないようだ。

罵詈雑言を喚くならともかく、話題はシキにまで及び、シキを愚弄する言葉も漏れ聞こえている。


「四季の魔女っつったって、どうせケツふって男誘って得た異名だろ?魔法しか脳が無いんじゃ、普通異名もらえるレベルにならねぇもんな!!」

「……言いたいことは、それだけですか?」


すぅぅ、とタチバナの周囲の空気が冷え込む。

物理的には変わらないのだが、押さえ切れない殺気が漂っているのだ。


「あ、コレはダメなパターンですね。タチバナさん、自覚ないですけどシキさんの事溺愛してますし」

「だぁねぇ……。訓練施設、開放してそこにぶっこんだほうがいいんじゃなぁい??」


シキを止めた女冒険者の言葉に、ラウラは即座にカウンターの通信魔術機で訓練場を開放するように要請する。

少しばかり文句が出たが、タチバナがキレてると伝えると、シキたちがこのラグに来たばかりの頃に、二人の戦闘能力を見るためと称して仕掛けた悪戯によって建物が半壊しその修繕費を請求された管理教官が同じ轍を踏んでたまるか、と最強度の結界を張って解放しておくと伝えて通信を切った。


「シキさん、申し訳ないんですけど、訓練施設に追加で結界、お願いできます?」

「まぁ、いいけど…道端で戦わせれば早くない?」

「あー…タチバナさんがキレてるってのもありますけど、あの竜人族の冒険者。デューフェリオ・バルシュミーデっていうんですけどね、彼の得意属性が火なんですよ」

「それは、被害が広がるわ。わかった、張るよ」


シキがそう答えるや否や、ラウラはタチバナとデューフェリオに一対一の決闘をするなら訓練場でやれと伝える。

当然、ノリ気なのはデューフェリオでタチバナは仕方がないと言う素振りで移動を始める。が、その金色の瞳は氷のように冷え切って、シキを侮辱されたことを決して許してはいなかった。



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