餅祭
シュッツヴァルト滞在3日目。
魔王ヴィンフリートへの隷属魔法の件や、ギルド協定による国そのものへの追加事項などなど、王宮では上層部が頭を抱えていたりしたが、使者であるシキたちは会議には無関係であり、彼女たちの一存で内容の改正などはできないので案外平和に過ごしていた。
当事者であるシュノやヴィンフリートは、発言権はあるものの基本的には国の決定に従う以外の選択肢がないそうなので、養父母である騎士団長ファストラートと宮廷魔女アラディアの二人に委任してしまっているそうだ。
血が繋がらぬとはいえ、大事な大事な愛娘の事だから、彼らもシュノの不利になるようなことはしないだろう。
国を優先せねばならぬが、それでも妥協案を引きずり出すだろう。
そういうわけで、シュノは暇を持て余すシキたちの前で一言いった。
「お餅が食べたいです」
外は大雪。
そのため、観光に出かけることなどできないシキたちは諦めて城の与えられた客室でまったりと過ごしていた。
時折、貴族の訪問があったが素気無く追い返している。
大概のお誘いが、お茶会で親睦を深めたいとかそんな感じの誘いであったし、それ以外は初日の晩餐会でタチバナに熱をあげてしまった令嬢たちからの誘いだった。
一度だけ、タチバナがあえてシキを押し倒しているシーン(シキは了承していない)を見せ付けると言う荒業で追い返したが、タイミング悪くかち合ってしまったカレンとフィリーまでもがなんとなく砂糖とか砂を吐きそうな心持になったこと、そういうシーンを他人に見られるのは極力避けたいシキによって二回目以降は却下されることとなった。
タチバナにはラグへの帰還後、一週間のワサビ地獄が待ち受けている。
嗅覚が鋭い獣人であるタチバナにとってワサビは天敵なので、ソファに座り込んで頭を抱えている。
「いきなりどうしたの、シュノちゃん」
部屋に来るなり言い放った彼女の言葉に、シキは紅茶をすする手を止めて問いかけた。
「いえ、その…。スイが、ですね」
「シキ殿にお会いした時から、懐かしき香りがしておりましたゆえ、郷愁の念に駆られてしまったのございます」
トン、とシュノの肩に乗っていた白狐のスイが床に降り立ち、古めかしい言葉でそう言った。
それでシキはふと思い出す。
神様や、それに連なる人たちが好きなもの。
ご飯。
お酒。
祭。
相撲。
子供。
基本的に、どの神様もこれらが大好きなのだ。
稲荷神に仕えていた元神使のスイも、それらが好きなのだろう。
が、この世界では種類は違うがあらゆるところに存在している酒や子供はともかく、それ以外のものの共通点があまりない。
東大陸ならば話は別だろうが、ここは西大陸のさらに西の端。
手に入る機会は皆無に近い。
「うーん、もち米とか、ある?」
「ちょ、ちょっとだけなら。すっごく高いんですよ、こっちだと……」
「あー、輸送費かぁ。しょうがない、ぱぱっと家まで転移して持ってくるかな」
「え、その、いいんですか?」
シュッツヴァルトに出回っているもち米を、シュノは少しだけ購入していた。
だが、一キロで最低3000リラほど。
ラグで買えば、800リラ。
東大陸なら、500リラ以下だ。
どんだけ値上がりするんだよ、という話だが、需要と供給の関係、そして魔獣があちこちに存在するこの世界では輸送費というのはかなり高い。
結果が、このもち米の値段だ。
シュノの給料は一般家庭の五倍ほどあるが、だからといって大金持ちというわけでもない。
魔獣討伐に必要な薬や装備などは基本的に支給されるが、隊長格ともなると装備品は独自のものを持っていないと見た目にも、戦闘でもお話にならない。
騎士団の装備課に掛け合って、自分の戦闘スタイルにあったものを造ってもらうのだ。
そして、その手入れも既製品とは変わってくる。
結果、給料が溶けるように無くなる。
自身の命に関わってくるので仕方ないとはいえ、サイフが本当に辛い。
どの国でもそんな内情はあるし、元騎士のカレンやお客様からシキの所へも漏れ聞こえてくるので理解はある。
「うん、いいよ。暇だったし。あ、けど報酬と言ったらなんだけど、シュノちゃんとこの男手借りてもいい?」
「えと、どういうことですか?」
「道具も全部用意するから、餅つき、やってもらおうかなって」
力仕事は得意でしょう?
とニッコリ微笑まれ、シュノは一瞬早まったかもしれないと思う。
が、数年ぶりのおいしいお餅。
体力が全ての基礎である騎士であるシュノも、例に漏れず大食漢であり、美味しいご飯という誘惑には勝てなかった。
だって、ラグからの帰り道で食べた、シキ特製の即席フロランタンは、即席とは思えないほど美味しかったのだから。
「……わかりました。その変わり、彼らの分もお願いしますね?」
「オッケー。で、材料費はどれくらいまで出せる?」
「…部隊の費用から捻出…どうせ男共が食い尽くすでしょうし、なんなら会費制にでもすれば」
ぶつぶつと、なんとしてでも経費を浮かせようと考えるシュノ。
結果として、隊の経費はちょっとマズイので会費制にした。
会場は、騎士団の訓練場の一部。
そこに、もち米や煮炊きするための設備を持ち込むことになった。
行って来るねー、と笑うシキと、未だに一週間ワサビの刑が確定し立ち直れていないタチバナの二人が燐光と共に掻き消えた。
一時間後。
どういう伝手なのか、10を超える数の臼と杵。
そして200キロ近い量のもち米。
それから、大量のきな粉や砂糖と醤油。
「すごい量ですね……」
「だって騎士だし、男連中ばっかりって事は、大量に食べるでしょ?」
保存もできるから、作りすぎて困ることもない。と笑うシキ。
その横では、タチバナやカレン、フィリーの三人が着々と下準備を行なっていた。
「さぁ、頑張ってもらおうか!!」
シュノの後ろに控える60人ほどの騎士たちに、ニンマリ笑顔で言い放つシキ。
シュノも含めて彼らは、参加したことを一瞬だけ後悔した。
が、今更逃げられるわけも無く、容赦なく飛んでくるシキやタチバナたちの指示に従う。
「本当なら、もち米は一晩水に漬けるけど…時間がないから魔法で強制的にどうにかします」
200キロ近いもち米を枡で計り分量ごとに分け水に浸すと、シキがひとつ深く息を吐いて詠唱する。
「いざすすめや ときのはり まわりめぐりて さきをなせ おちゆけみずよ のぞみのときを わがまえに 『先進みの漏刻』」
漏刻とは、最古の時計である水時計のことだ。
別名、クレプシドラ。
古語による詠唱が終了すると、もち米はたっぷりと水を吸い込んで膨らんでいた。その水を切って、セイロに放り込み、超火力で一気に蒸し挙げる。
「ふぁいやー!って感じ?」
「あの、シキ。そのネタはぶっちゃけこっちの人間にはまったくわかりません」
「むぅ」
そして蒸し上がったもち米をあらかじめ温めておいた臼に投入し。
「説明したけど、最初は見てね!まだまだもち米は蒸しあがってくるから!!」
タチバナに杵を持たせてつかせる。返し手はもちろんシキだ。
一気に餅をつきあげると、タチバナが少しだけグッタリとして座り込む。
その間に、待機していたカレンとフィリーが餅をとり、サイズをあわせてちぎってきな粉をまぶす。
「はい、最初はシュノちゃんとスイちゃんからね」
「「ありがとうございます!!」」
渡されたつきたてのきな粉餅。
配下の騎士たちがうらやましそうにする中で、二人はそれを思いっきり頬張った。
「お、おいしぃぃぃぃ」
「うむ、うむ!!これぞ餅じゃの!!」
二人そろって満面の笑みで餅に食いつく。
きな粉には砂糖が入っていないというのに、できたての餅の甘さがそれを覆す。
うにぃ、と伸びる熱々の餅は、本当に美味しい。
「さぁ、騎士の皆さんも食べたければ自分たちでガンガンついてね!もち米はまだまだいっぱいあるよ!!」
幸せそうに餅を頬張る隊長を見て、そして漂う美味しそうな香りに負けた騎士たちは、我先にと割り振られた臼へと向かい、次々に蒸しあがるもち米をつきはじめる。
流石は騎士で、身体能力が高いだけあって最初はぎこちなくとも、あっという間にプロ顔負けの動きで餅をついていく。
返し手を担当する女性騎士たちも、リズムよく餅をひっくり返す。
「ほら、タチバナも食べたかったら復活する!!」
「はぁ……。毎回のことですけど、本当に疲れますね、餅つきは」
「店で出す分、タチバナがやってるのに?」
「だから次の日ダウンしてるんじゃないですか」
立ち上がったタチバナが、もう一度餅をつくために腕まくりをする。
後ろでは、カレンヤフィリーが男顔負けの力で餅をつき、負けじと張り合う騎士たちの声が響く。
さらにその後ろでは、何とか担当分の餅をつき終わり、器に入れた餅に自分たちの好みの味をつけるため、きな粉や醤油の入れ物が飛び交っている。
「ま、今回はちょっとにぎやかで楽しくない?」
お祭りに似た雰囲気で、大勢の騎士たちが杵を振るう光景に、シキが笑う。
つられて笑ったタチバナも、目の前の臼に投入されたもち米を餅にするために、同じように杵を振り上げた。