フィリーの呟き
私の名前は、フィリーネ・トーン。
西大陸の南、300年ほど昔の戦争で壊滅してしまった地帯の再生を担う森の守護者一族の末席に名を連ねる者。
今から3年ほど前。
10年以上昔から森と外界の橋渡し役として冒険者として登録していた私は、とある国へと届け物をするために立ち寄ったわ。
人であった母の友人であったという冒険者の女性が、悪評轟く宗教国家の貴族の下へ嫁いだけれど、音信不通になっているという。
睡蓮の貴族紋章という手がかりを頼りに、彼の国の差別思想に辟易しながらも探せば、出会ったのはその娘だったわ。
真っ当な思想と、そして冒険者の母譲りの身体能力。
カレンは、あの国の中にあって異物だったわ。
けれど、生きていくだけで目一杯の生活と言うのは思考を停滞させるものね。
ギルドに登録したことで援助さえ打ち切られた中、カレンは日々の糧を得ることに躍起になっていたわ。
なんにしろ、私は探していた人物の血縁者と出会うことができたうえ、カレンと気が合ったものだから、新米同然だったカレンに冒険者としての知恵や技術を叩き込みながらパーティーを組み始めたの。
カレンは貴族としての体裁を利用して、この国では奴隷も同然のハーフエルフの私を護ってくれてもいたから、対等だった、とも言えるかもしれないわね。
そして、一度知識や経験を得たカレンはたった二年で異名を得るほどに、すさまじい勢いで成長したわ。
それが、バカ貴族に目をつけられるなんて、考えもしなかった。
こっちが死に物狂いで倒したドラゴンゾンビ。
けれど、それに対する報酬が毒杯だなんて、本当に、リヒトシュタートという国は狂っている。
政治的判断、と言われてしまえばそれまでよ。
けれど、そんなことをされなければならないほどの事を、私もカレンもしたのかしら。
たまたまカレンは他国との混血で。
たまたま私はハーフエルフだった。
それだけで、あの国で私たちは異端であり悪とされた。
国を追われ、逃げた私たちを救ってくれたのは同じようにあの国の被害者である四季の魔女だった。
彼女は、躊躇なくあの国に牙を剥き爪を立て、そして高笑う。
自身で招いた結果でしょう?
そう言って。
彼女に拾われてからの一年は本当に嵐のように過ぎ去っていく。
リヒトシュタートからの追っ手の撃退、発生した魔王の討伐、異国への旅行に加えて彼女が経営する喫茶店の従業員としての仕事に、冒険者としての仕事。
目まぐるしく過ぎていく中、私の舌はとてもとても肥えてしまったわ。
だって美味しいのよ、シキの作るご飯もお菓子もお茶も!!
最近のお気に入りは、芋羊羹かしら。
カンショと呼ばれる皮が紫、中身が黄色の甘い芋を使った羊羹。
カンショは季節物で秋にしか取れないけれど、コメほどではないけれど保存が利く芋類であることも手伝って、秋から冬の定番品として店頭に並んでいる。
あの自然な甘み、そのくせしっかりとした味わい。
ケーキにしても、煮物に入れてもおいしいカンショだけれど、やっぱり芋羊羹が一番よね。
そんなふうにシキの保護(?)の下で、私もカレンも日々を謳歌している。
カレンなんて、リヒトシュタートにいたときよりも生き生きしているわね。
けれど、トラブルというのは途切れないものなのね。
新たな魔王の出現と、その飼い主…失礼、契約者がシキと同郷であったことで私たちはシュッツヴァルトという、西大陸最西端の国に国賓として来ている。
慣れぬドレスに辟易しているシキだけれど、もともと愛嬌のある顔立ちなのだから、ちゃんとすれば可愛いのよ。
横にいるのが、傾国のとか修飾語がついちゃう位の美人であるタチバナのせいで、感覚がマヒしちゃってるみたいだけれど。
シュッツヴァルトでは買い物を楽しんだり、観光もできて、満足ね。
次からシキもここに転移できるらしいから、オルタンシアと同じように気が向いた時にカレンも誘って来るのもいいかもしれないわね。
そんな私の荷物の中には、半分しか血が繋がっていないけれど大切な兄への贈り物がひとつ。
忙しすぎて一年くらい連絡していなかったけれど、そろそろしないと突撃をかけてきそうだわ。
騒ぎになりそうだから、早めに対処しておかないと。
カンショとは、サツマイモの和名です。
おいしいですよね、サツマイモ。