城下町観光その二
あけましておめでとうございます。
まったりのんびり、不定期更新ですが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
なお、お話はまったく新年関係ないです。
「うふふ、いい買い物が出来たわ」
「……だろうね」
上機嫌なフィリーを横目に、シキとカレンの二人は近くのベンチでグッタリとしていた。
まさかの値段交渉に時間単位。
気がつけばもうお昼ご飯の時間である。
「一度城に帰るか?」
「あー、でもほら、面倒なのに捕まりそうだし、このままどこかの食堂でもレストランでも入っちゃおう」
「そうするか。フィリーもそれでかまわないか?」
「えぇ、いいわよ」
上機嫌なフィリーもやはり腹は減ったようで、シキやカレンの提案に賛成した。
市場からちょっとだけ離れて、適当に大通りを歩く。
いたるところから美味しそうな香りが流れ出している。店によってはテーブルを大通りにまで出しているところもある。
歩く人々も、店頭の看板に書かれたメニューを覗き込んでいる。
「どこにする?」
「昨日いってたシュノちゃんオススメのとこって何処だっけ?」
「えーと、大通り右の中心近いところにある、『雪だるま亭』だったか?」
「何度聞いても可愛い名前ね」
「でもその実態は、騎士団の連中が休憩中に詰め掛ける、とってもむさくるしい……とかなんとか」
「……止めない?」
「味はお墨付きだって。あと量と価格も」
多数決の結果。
行くにシキとカレン、行かないにフィリー。
「さー、いくよー!!!」
「おー!!」
「……おー…」
むさくるしいと聴いた瞬間、食欲よりもむさくるしさを回避したいと言う思考に走ったフィリーの意見はものの見事に玉砕した。
シュノに聞いたとおり、大通りの真ん中付近の右。沢山の休憩中だろう騎士たちが集まっていた。
「え、四季の魔女殿!?」
「うお!?城にいるんじゃ…?」
などといった声が聞こえるが、彼らの所属する部隊の腕章を見るとどうもシュノの率いる部隊の騎士たちらしい。
他にも様々な部隊の騎士たちが入り乱れているので、腕章がなければ区別などつかないが。
「なんだろ、昨夜に続いて視線が痛い?」
「わかってて言ってるわよね、シキ」
「もちろん。さて、お昼ごはんのメニューは何かな?」
硬直する騎士たちをそっちのけで店に入ったシキたちは、店の中でも外が見える端っこの席を確保する。
昼時なのでこういった席は基本的に埋まりがちなのだが、ありがたいことに入れ替わりのタイミングが合ったのだ。
加えて、小さめのテーブルなので男たちが数人で固まろうと考えると手狭なのであまり人気がないのだろう。
入れ替わりに席を立った騎士も、女性騎士だったし。
席に座った三人の下へ、手馴れたように猫の獣人の少女が水とメニューを持ってくる。それらを受け取り、メニューに眼を通す。
「んー。単品より、ランチセットがやっぱりお得みたいだね」
「肉か魚か選べるから、ランチセットでいいんじゃないか?」
「私は魚にするわ。二人はどうするのかしら?」
「わたしはお肉、かな」
「私は魚にするか。足りなかったら追加注文をすればいいしな」
それぞれサクサクと注文を決めると、店員に伝えて出来上がるのを待つ。
その間に、次はどのあたりを回ろうかと相談する。
市場は一日中やっているが、夜になるとまた別の露天が出始めると言う。
が、その時間まで出ているのは一応は国賓という立場上問題があるし、なによりスリや窃盗が増える時間でもある。
カレンやフィリーはともかく、シキは魔法がなければ本当に一般人と同程度の身体能力しか持ち合わせていないのでそういった時間帯には出歩かないようにしているのだ。
出る場合はタチバナが護衛につく。
護衛という意味ではカレンたちでも問題はないのだが、女三人というのは嘗められやすい。
下手をするとトラブルを引き寄せてしまうため、却下だった。
「おまたせしました~」
なんだかんだで話していると時間はあっという間にたつものらしい。
ランチセットで共通なのは、ジャガイモのスープとサラダ、木苺とヨーグルトの三つだ。
シキが頼んだ肉のメイン料理は、小鹿のロースト。ソースはコケモモから作られるリンゴンベリーのジャムを使っているらしい。
それと、クルミなどの木の実がたっぷりの黒パンだ。
カレン、フィリーが頼んだ魚料理は、スモークサーモンをたっぷりと使ったクリームパスタだ。
「や、やわらかぁい…鹿肉、今度から仕入れるかなぁ……」
「ん。魚の燻製を使ったパスタか。鶏肉など燻製にしたものもいいが、魚もかなり美味しいな。シキ、作ってくれ」
「さらりと無茶振りするわねカレン。でも、そうね。魚の燻製作らない?シキ」
鹿肉のローストは、程よくやわらかくそれでいてベリーソースの甘酸っぱさが肉のこってりとした味わいを中和してくれるのでさっぱりと食べることができる。
スモークサーモンのパスタはキノコなどの出汁に加えて、サーモン独特の風味が塩気と相まって食欲をそそる味になっている。
ちなみに、量はかなりある。
材料自体はそんなに物めずらしいものではないと感じたカレンがシキに問いかけ、フィリーがそれにのっかった。
「うーん、作れるけど…狩って来てくれる?魚」
「わかった、よいものを狩ってこよう」
「ちょっと待ちなさい、魚は釣るものよね?狩らないわよね??」
「ラグ近くの川に生息する鮭、正式名称を『リュウリンザケ』というのがいます」
突如、淡々とした、まるで教師のような口調で話し出したシキに、二人はなんとなく嫌な予感を覚えた。
「高級食材で、市場にあがると即効で競り合いになる鮭です。大きさは一メートルから二メートルと通常の鮭より大きいことが特徴です」
「ほうほう」
「リュウリンザケの性格は一言。凶暴です。針羽ウコッケイなんて目じゃないくらいに凶暴です。んー、中堅冒険者がパーティで狩る位?」
「……ほうほ、う」
「また、その鱗はドラゴンレベルで硬いのが特徴です」
「ちょっと待て」
針羽ウコッケイなどの例を考えると、食することが出来てもやはり魔獣は大概凶暴である。
また、身を護るためにムダに硬くなるものも多く存在する。
が、まさかのドラゴンレベルの硬さの鮭とか。
「美味しいよ?」
「…う」
「すっごーく、美味しいよ?」
数瞬押し黙るカレンとフィリー。
だが、やはり美味しいという誘惑と、なにより自分たちで狩ることができるレベルの相手だと分かってしまうと引けなくなる。
「…分かった、帰ったら狩る」
「おし、そしたらおいしいご飯にしてあげよう」
誘惑には、勝てなかった。
苦し紛れにパスタを一口食べるカレンとフィリー。
新しいメニューが出来た、と無邪気に喜びつつシキも小鹿のローストを頬張った。