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一緒にいかが?

「と、取り乱した…美味しかった」

「ぐすっ、ご、ごちそうさまでした」


二人が粥を完食したことに、満足そうに頷きながら四季の魔女は空になった椀を受け取った。

変わりに、はちみつ入りのホットミルクを渡す。


「おそまつさまでした。それじゃ、自己紹介といきましょうか。わたしはシキ。四季の魔女とか呼ばれるね」


四季の魔女、シキはそう言って自分用に入れたチャイを啜った。

シナモンを強めに利かせたチャイのスパイシーな香りが、ふわりとカレンとフィリーにまで届く。

異国情緒が感じられるその香りに、カレンは王宮で聞いた彼女が異界出身だということにひどく得心した。

カレンたちにとって紅茶にスパイスを入れるなんてしない。せいぜいミルクを入れるくらいだろう。

市民にとっては、豆茶はともかく紅茶は手が届きにくい。

緑茶も同様だ。

貴族階級だけが飲むことができ、なおかつその香りを楽しむものが紅茶であるのだ。


「カレンだ。カレン・フォン・ヴァサーリーリエ。いや、今じゃ逆賊扱いで貴族フォンの称号は無いに等しいだろうな」

「フィリーネ・トーンよ。見ての通りハーフエルフ。国じゃカレンの雇われ側近をやっていたわ」

「…あぁ、睡蓮の騎士と、風弓。なるほどね、あのバカどもはわたしだけじゃ懲りなかったってわけだ」


シキは二人が衰弱しきったまま洞窟入口で『百合持つ天使(ジブリール)』の紋章を張り付けた連中に襲われていたことを思い出す。

あの時も言ったが、シキはその紋章を持つ者たちを知っている。

知らないわけがない。


5年前、古典学者である両親の影響で古典や和の習慣、神社などが好きな普通の女子高生だった己を無理矢理召喚し、故郷への帰還を盾に魔王クラスとまで呼ばれる魔獣の討伐をさせ、やっと還れると思えば還る術は存在せず挙句の果てにハニートラップから始まり毒殺暗殺事故死等々、何度も己を殺そうとしてきた国だ。

異世界人は世界と世界の壁を超えるときに、強制的になにかしら能力を付与される。

理由ははっきりしていないが、恐らく魂が変質しているか世界がなにか干渉しているのだろう。

そして例外なく、異世界人は強い力を持つ。それが知識であれ、物理的な力であれ、魔法などの異能であれ、あの国にとってそれは利用すべき道具だった。

そして、その道具が思い通りにならなければ壊せばいいとも考えている。


自らを『聖王国』『神に使えし者の国』『理想郷』と呼ぶ宗教国家。


リヒトシュタート聖教国。


険しい山々に囲まれた盆地に建てられた国で、守るに易く攻めるに難しい封鎖的な国。

世界中にある冒険者ギルドでさえも首都に一軒小さいものを置くのが精いっぱいなほど、他国からの干渉を嫌う。

内情は、獣人やエルフ、ドワーフなどを見下し、人間こそが世界最高の種族でありそれ以外の賤しき種はすべて人間に従うべきであるとか、暴言を吐いている西大陸一の問題国である。

元々は、敬虔なリヒト教信者たちが迫害を逃れて立国したのが始まりだが、その面影は見るも無残に消え去っている。

この国にいる獣人やドワーフはすべて奴隷以下の道具扱いだし、名前さえもらえず番号や記号で管理されている。

見目が美しいエルフやハーフエルフはまだマシだがそれでも貴族の奴隷だ。成人の祝いなどに渡される贈呈物扱いである。


「あの国の出身の割に、常識はあるみたいだね?」

「没落した超貧乏下級貴族だったからな。親戚はあてにはならんかったし、そもそも没落理由が、父が身分違いを承知で国外の冒険者を妻に迎えたのが原因だからな」

「うっわ…あの国のことだからここぞとばかりに異端扱いしてきたでしょ」


あの国の常識は正直異常だ。

冒険者ギルドに伝手があるという理由があったとしても、シキの耳にまで届くような英雄が、なぜあっさり国を捨てて逃走できたのか。

あの国の考えに染まっているなら、神の御許へとか言って喜んで殺されただろう。

たとえそれが、国の上層部がその力と求心力を恐れただけであっても。


「あぁ、そのせいでしばらくは王都からかなり離れた場所で暮らしていたんだが、過労で両親共にさっさと逝ってしまってな。金を稼がねばならなくなって、冒険者ギルドに登録したんだ。そこでフィリーと知り合って…」

「意気投合したのよ。私はその時は依頼であの国に来ていたのだけど、あそこの差別ってすごいでしょう?見た目だけでもどうにかすればまだマシだって言ってくれたカレンと組んで稼いで、そうしていたらいきなり枢機卿がやってきて、カレンをドラゴンゾンビ討伐に駆り出すって言い出したのよ」


断りたかったが、相手は枢機卿。

カレンは没落しているとはいえ下級貴族で、しかも冒険者として登録している以上指名依頼の体裁を取られてしまえば逃げ場はなかった。

どうやらあまりにも急激にランクと名を上げすぎたらしい、と気が付いたのはその時だ。

そして、近年復活してしまったドラゴンゾンビの討伐部隊に混じることとなった。

部隊の連中はいい奴らが多かったが、それでもやはりカレンやフィリーとは何かが噛み合わなかった。

それでも、最初は練度は高く演習でも息はあっていた。

ぎこちなくとも、歯車は噛み合っていたのだ。


「だが、よりにもよって討伐中にその歯車が狂った」


結果として、部隊のリーダーが死亡した。

生き残った連中をどうにか纏め上げ、瀕死のドラゴンゾンビにトドメを指したのは、カレンだった。

そして、帰還と同時に命を狙われだした。


「聞けば、リーダーは枢機卿の甥だったらしい。彼の武勲のために与えた手駒の一つが私だったというわけさ」


ところが、武勲を上げて帰ってきたのは可愛い甥ではなくその手駒。

没落下級貴族で、しかも異国との混血児。


「なんとなく想像はついたよ…で、殺される前に国を脱出するも追っ手が湧いてああなったわけだね」


偶然にも、あの国付近にしか生えていない薬草の回収をかねてうろついていたシキがいなければ、二人の末路は悲惨なものだっただろう。

そして、実は危機的な状況は終わっていなかった。

シキは耳に下がる牙の形をしたピアスに触れると、何やら小さく呟いた。

首をかしげてその動作を見ていたカレンとフィリーだが、カラリと開かれた引き戸に驚き振り向いた。


「呼びましたか」

「うん、呼んだよ。ごめんねぇ、お詫びに後で稲荷寿司でも作るから」


現われたのは獣人だった。

耳の形や揺れる尻尾の形を見るに、恐らく狐。性別は男。

美人が多いハーフエルフであるフィリーを見慣れていたカレンや、自分が美人と言って過言ではないことを良く知っているフィリーでさえ、一瞬感心してしまうほどの美人だ。

釣り上がり気味の金色の瞳が、シキの『イナリズシ』とやらの言葉にひどく緩んだ。


「それで、どうしましたか?とても懐かしく不快な臭いがしますが」


だが、一瞬緩んだ眼差しはカレンとフィリーに向けられた瞬間、ひどく冷え切ったものになった。

ポットからチャイを注いで彼に渡しながら、シキは座るように促す。

彼は慣れたようにシキの隣に腰を下ろし、少し温くなったチャイをすする。


「大丈夫、彼女たちはわたしと同類だよ。あの国に追われて逃げていたところを保護したんだ」

「……なるほど、それは失礼しました。俺の名はタチバナ。元は四季の魔女暗殺を命じられていた『死の翼サマエル』ですよ。ナンバーは15。今は足抜けしてシキの友人の薬士として働いてます」


カレンとフィリーに向けられていたつめたい眼差しが少しだけ和らぐ。

だが警戒は解かれていないらしい。

そして、首を傾げるフィリーと対照的にカレンは顔色を真っ青にしていた。


死の翼サマエル……実在していたのか」

「うん、百合持つ天使(ジブリール)の騎士どもから逃げおおせた以上、確実に彼らが出張ってくるから、気をつけて」


死の翼サマエル

それは、獣人だけで構成されたリヒトシュタートの暗殺部隊。

使い捨てることが前提の、彼の国の業の一端。

有能でなければ生き残れず、有能であっても決して人間として扱ってもらえない、絶望に満ちた場所。

カレンは、そういったものがあると噂だけは聞いていた。

彼らを使う権限があるのは、上級貴族やそれに匹敵する位を持つ者のみ。

下級貴族であり、混血児であったカレンには決して知らされることがなかったものだ。


「と、いうわけで。二人とも、しばらくここに住んでみない?」


重苦しくなった空気を振り払うかのように、シキが明るくいった。

隣に座るタチバナは、ため息と共に諦めたような表情をしている。


「今は真冬だからね。冒険者ギルドの依頼も激減してるし、二人の亡命の手続きはわたしより時間がかかると思う」


シキの場合は、禁忌とされる異世界召還の被害者だったというのがかなり効いていた。

後ろ盾はない、この世界のことも最低限、しかも偏ったり間違った部分しか知らないのに、力だけは強大だからだ。

だが、二人は違う。

緊急度が違うと言われればそこまでなのだが、何よりもカレンの持つ貴族としての称号が面倒だった。

このままでは位の放棄のためにもう一度リヒトシュタートへ赴かなくてはならない。

そうしたら待ってましたとばかりに暗殺の嵐だろう。

それを避けるためには、まずはギルド内から信頼できる人間を後見として付け、その後見人から「こちらに籍を移すので貴族位返還します」と書状を送らなければならない。

そして、後見人と同じ国に戸籍を作ってもらい、そこで初めて亡命が成立するのだ。


なぜ本人が返還する場合は直接向かわねばならないのに、後見人なら書状ですむかといえば、ちゃんとした理由がある。

本人が心の底から他国へ籍を移したいと願っても、母国に邪魔されるのでは意味がない。

世界中に展開する冒険者ギルドは、ギルドに協賛する国々が認める治外法権。誰もが登録できるもう一つの国として機能していると想像してもらえばいい。

ギルド上層部の要請イコール協賛国による大きな国の要請も同様なのだ。

それを下手に突っぱねれば、大打撃を喰らうのは突っぱねた側だ。

リヒトシュタートは支部はあるものの、協賛はしていない。

そのため、内部から手を回すこともできない。


「とはいえ、邪魔は入るし。わたしより緊急度は低めに見られるだろうから、後見人決めるのにもちょっと時間がかかると思う。だから、その間の安全対策もかねてわたしのところにいればいいんじゃないかなって。働かざるもの食うべからずっていうルールはあるけど、不自由はさせないよ?」


シキのその提案に、カレンもフィリーもしばらく考える。

今現在の自分たちの装備。

冒険者ギルドで依頼を受けた場合の稼ぎ。

襲ってくるだろう追っ手の迎撃。

どれをとっても、二人だけでは力不足もいいところだ。

だが、シキがいれば。

王都を一切の人的被害を出さずに氷付けにできる彼女がいるのならば、安全度はぐっと増す。


「おまけに、向こうのバカはわたしに手出しできないよ。してきた場合、問答無用で国ごと燃やすってギルドもこの国も公認で脅してあるから」

「この国?そういえば、ここはなんていう国かしら?」

「ここは、ラグだよ」


交易都市国家ラグ。

西大陸の中でも最東端にある小さな国だ。だが、その影響力はすさまじいの一言に尽きる。

東大陸との交易で栄えているのだが、なによりも恐れられている理由がこの都市国家には冒険者ギルドの本部があるのだ。

集まる人間も、高ランク冒険者や商人、職人などでこの都市国家を害そうものなら逆に国を落とされるのではないかと言われるレベルだ。


「それなら、確かに手出しできないわね…この国どころか世界中の冒険者にケンカは売れないもの」

「あぁ、まったくだ。シキ、すまないが、厄介になる」

「じゃ、しばらくはうちに居候ってことで。うふふー、これで従業員ゲット」

「「従業員…?」」


最後の最後に、一つ爆弾を落としてカレンとフィリーの居候は決定した。

るんるんと楽しげにタチバナのための稲荷寿司を作りにキッチンへと消えた彼女を見つめていた二人に、なぜか同情の眼差しを向けながらタチバナはいった。


「……がんばってください。大丈夫です、フォローはいれます」


何のことだかさっぱりなカレンとフィリーだった。





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