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城下町観光その一

翌日。

シキとカレン、フィリーの女三人はシュッツヴァルト王城から城下町へと繰り出していた。

タチバナは与えられた部屋で轟沈している。

夜半、魔王もといヴィンフリートと呑んでいたのだが、互いに何か盛り上がったらしく、気がつけば許容量を超えて呑んで二日酔いだ。

ツマミとして城の台所を借りて鳥のから揚げとか、マリネとか、色々と提供したシキも、自作の薬を飲んでベッドで呻いているタチバナは放置することにした。

散々人をトラブルメーカー呼ばわりした恨みを知るがいい。


「あぁ、雪が積もっているな」

「その割りに、道は凍ってないのね」


石畳が複雑なうつくしい模様を描き雪がそれを装飾する。

が、決して凍り付いてはおらず雪に慣れぬシキも普通に歩けそうだ。

ラグも雪が降る国だが、シュッツヴァルトとは違って凄まじく積もるということはない。

積雪量でいえば二倍以上の差があるだろう。

建物は全て石レンガで作られており、そこに木材が調和している。

寒さを少しでも緩和するためだろう、頑丈な雨戸が取り付けられている。

屋根は全て雪の重みを逃がすためにかなりの傾斜がついていた。


「多分、この石レンガの下に温水管通してるんだと思うよ。近くに火山とか結構あるらしいから、温泉を源泉から引っ張ってきてるのかもね」

「温泉!いいな、寒さに染みるだろうな」

「王城の大浴場は温泉を引いているって聞いたわ。貴族連中に絡まれるのがイヤで使わなかったけど、時間を見計らっていってみてもいいかもしれないわね」


今日の服装は、先日グッタリする羽目になったドレスではなく、完全に私服だ。

とはいえ、国賓として此処にきているので平民とまったく同じと言うわけにもいかず、少しばかり装飾が多めだったり素材が良かったりはしている。

寒さ対策の外套でよく見えなかったりするが。


「じゃ、美味しいもの探しにいこうか!」

「「おー!!」」


今日のお目当ては、シュッツヴァルト特産の料理各種だ。

地球のいうところで北欧に近い気候だとシュノから聞いているので、きっと保存食系がとても美味しい事だろう。

ラグも港国という特色のおかげか、さまざまな食材が手にはいるが保存食は割高だったのだ。

冒険者が利用する保存食は本当に保存だけを重視しているのでマズいし。

のんびりと街を歩きながら、屋台を覗く。


「城のご飯もおいしいけど、堅苦しくて食べた気があんまりしなかったからなぁ。あ、氷角トナカイの串焼き発見」

「三つ確保よろしく。あっちのマーゲンブロート一袋買ってくるわ」

「じゃ、わたしはあそこの飲み物かな」


それぞれ一度散開し、良さそうなものを買い込んで道の端のベンチに座り込む。

シキはホットワインで、カレンが氷角トナカイの肉の串焼き、フィリーが焼き菓子だ。

最初に口にしたのは串焼き。

どうやら赤ワインや香辛料に漬け込んだものを炭火で焼いたものらしい。

間に挟まっている野菜はおそらくタマネギ。

焦げていたりするのは、ご愛嬌なのだろう。


「あ、結構おいしいわね」

「んー、タイムとローリエと、あとなんだろ?」

「赤ワイン以外まったくわからん。が、いい味だな。鹿肉に近いか?」

「煮物にしたいね、これ。絶対おいしいと思う」


長時間漬けたのだろう、赤ワインの香りとハーブの香りが混ざり合ってなかなかに美味しかった。

氷角トナカイはその角が魔力で生成された氷で出来ているトナカイで、習性は普通のトナカイと同じなのだそうだ。

問題があるとすれば、普通のトナカイの角による攻撃よりも数段強烈なくらいか。

家畜として飼われてもいるシュッツヴァルト周辺ではメジャーな魔獣である。


「マーゲンブロートって、いう郷土菓子らしいわ。保存食としても優秀なんですって」

「うわ、スパイス強烈だな」

「あ、あれ、なんか、ジンジャークッキーっぽ、い?あれ、でも違うかな。なんだったかな、こんなお菓子、地球にもあった気がする」


思い出せない、とクッキーのような、固焼きパンのような、スパイスが効いたその菓子をもぐもぐと食べる。

ちなみにシキの脳内で思い出されていたのはドイツのお菓子の家や、ロシアのプリャーニクだ。

流石にこれはシキの持っているレシピブックにもマイナーすぎて載っていなかった。

ジンジャークッキーが近いと言えば近いのか。


「シキ、これ作れるか?」

「え、うん。まったく同じものは無理だけど、似たようなものなら。多分、シュトーレンとかと近いものだと思うんだよねぇ」

「よし、なら今度作ってくれ」


どうやらカレンは気に入ったらしく、追加でいくつか買ってくるとマーゲンブロートを売っている屋台に突撃していく。

紙袋みっちみちに詰め込んできたカレンは言った。


「これだけあれば、見本にも事欠かないだろう?」

「いやいや、多すぎ」


そしてシキの買ってきたホットワイン。

赤ワインをベースに、リンゴやシナモン、甘味付けにハチミツがたっぷり入っていた。


「シナモンが強くて私は苦手かしら。もうちょっとシナモン押さえたほうが好みね」

「賛成。あったまるんだけど、ちょっと香りがきついかな。味は好みなんだけどねぇ。カレンのは白ワインベースにしたけど、どう?」

「……苦手だ」

「やっぱり。白ワインベースで作るなら、柑橘系のほうが合うかな」


カレンのものだけ白ワインベースのホットワインで、中身は赤ワインと同じリンゴとシナモン、ハチミツだ。

が、シナモンのクセが強く出すぎているらしく眉をしかめていた。


「香辛料たっぷりって、土地柄かな」

「このあたりだと、塩のほうが貴重らしいからな。海が遠いだろう?」

「あー、なる。輸送費用ね」


ホットワインを飲み干し、次の美味しいものを求めて歩き出す。

お土産として可愛い絵付けがされた陶器や樫の木の木製食器が売られている。

その端っこ。

派手な絵付けが多いなかで目立つ、シンプルな食器類や鍋を販売している出店を見つけたシキは、マーゲンブロートを齧りつつ覗き込んだ。


「あ、これ、ホーローだ」

「え、なに?ホーロー??」

「金属の食器とか、鍋とかにガラス質の釉薬をかけて高温で焼き付けたやつのこと。故郷じゃ、鍋とか人気だったんだよねぇ」


ミルクパンをひとつ手にとって、全体を見る。

カフェで使っている鍋やフライパンは全てゾルダン特製の、かなり上品質なものなので今更買い足すこともないが、これはちょっと欲しいかもしれない。


「お、よく知ってるねぇ、おじょうちゃん。ここの隣の国の特産品だよ」

「ここの隣国?」

「そうさね、砂と星の国サルガスの日用品さ。コレとか、冒険者に人気だね」


店員のおばさんが、小さな鞄を取り出す。

バチン、と少しだけ硬い音を立てて開かれたその鞄には、茶器のセット。

ケトル兼ティーポットがひとつと、手のひらサイズのカップが五つ。

それから、茶葉を入れる缶に茶さじが一本。


「あら、いいわね」


フィリーがカップをひとつ手にとって笑う。

鞄のサイズは本当に小さく、25×18センチほど。厚みだって10センチ程度だ。

週刊誌のサイズに10センチばかりの厚さがついた程度のサイズを想像すれば一番近いだろう。

携帯するには少々大きいが、人数が多くいる冒険者パーティには調度いいサイズだろう。


「これは五人用さね。もっと小さくしたいなら三人用とかになるね」

「このケトル、直火いける?」

「いけるとも。そういうふうに作ってあるからね」


直火でいける。

鍋要らずというのが何より助かる。


「買うわ。ちょっと身内に贈るつもりだから、なるべくいいのを見繕ってくれるかしら?」

「おや、エルフのおじょうちゃんが買うのかい?」

「兄に、ね。最近音信不通やっちゃったから少しでも宥めるための材料があったほうがいいのよ」

「……フィリー、普通に謝ろう?」


兄の怒りを逸らすため、と言い切ったフィリーに、ミルクパン片手にシキが呆れたようにツッコミを入れた。

が、そうしているうちに店のおばちゃんのとっておきだと言う茶器のセットが取り出される。

先程と同じサイズだが、ケースは革張り。中のホーローマグやケトルなどにひとつだけ刻印が押されている。


「サルガスに数あるホーロー工房の中でも、品質は一級品。頑丈さ、保温性、トップクラスだよ。ただ、ご覧のとおり実用一点張りで、装飾が色だけっていう難儀な代物でね」

「女受け、貴族受けが悪いわけね」

「そのとおり!土産にも向かないってんで、敬遠されがちなんだが、料理人には愛されている代物さ」

「買うわ。お幾ら?」


そこからはもう、シキとカレンは置いてけぼりだった。

フィリーと店のおばちゃんの一歩も引かぬ値段交渉。

しかも何故かシキの見ていたミルクパンまで対象になっている。


「……フィリーって、あんなんだっけ?」

「あぁ、うん、私も見たことがないフィリーだな」

「おばちゃんにノせられてる?」

「かも、しれないな」


怒涛の値段交渉は、太陽が中天にくるまで続いた。


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