野郎どもによる同盟
晩餐会。
立食形式だったのでありがたく皿に適当に料理を盛って、シキはカレンたちと共に壁際に引っ込んでいた。
元貴族であったカレンの勧めで、壁際でもなるべく上座に近いところだ。
そうすれば、位の低めの人間は近寄っては来ない。位の高い人間は声をかけてきてしまうが、彼らも位に見合った挨拶回りと言うものがあるので暫くは安全と言うわけだ。
そして、そのあいさつ回りにも行かずにシキたちに声をかけてくるような人間は変な野心がある人間もしくは礼儀知らずなので跳ね除けても問題無い。
ラグやギルドの使者としてシキたちが相手にするべきは、宰相や国王、騎士団長や宮廷魔女など、高位の人間に限られているというのもある。
そういった人間へのあいさつ回りはすでに終わらせてあるので、後はこの笑顔が引き攣りそうな空間からいかにすばやく脱出するか、だ。
「で、令嬢たちの視線が痛い訳ですが」
「中身を知らなければ、タチバナは絶世のとか、傾国のとか修飾語が付く美人だからな」
「中身は甘党な残念狐なのに、本当に……なんていうのかしらねぇ」
シキ、カレン、フィリーの三人は、壁際で鴨の香草焼きや針羽根ウコッケイの丸焼きの切り落としなどをサラダと一緒につつきながら、シャンパン片手に会場の様子を眺めていた。
タチバナはソーセージを取りにいこうとした所を、何も知らない令嬢たちにひっ捕まってしまっていた。
そつなくあしらっている様だが、その作られた笑みに呆けてしまっている令嬢たちと、それに釣られて新しくやってくるので、悪循環のようだ。
何時ものタチバナを知っている三人からすれば、あの笑みは笑っているのではなく唇を持ち上げているだけの代物だ。
仮面とか、無表情にちかい感覚。
中には、タチバナを足掛かりにシキたちに近付こうと考えている強かな野心家令嬢もいるようだが、そういった相手にはタチバナが阻止しているようだ。
笑顔を維持していても、どこか疲れた風情でタチバナが三人の下へと戻ってくる。
「お疲れ」
「リヒトシュタートよりマシですけど、令嬢たちのあのパワーは何処から来るんでしょうね……?」
「いやもうほんと、お疲れタチバナ」
リヒトシュタートでは、暗殺のために晩餐会に耳や尻尾などを幻惑術で誤魔化して潜入していたことがあるタチバナ。
その際も、この顔のせいで絡まれるわ絡まれるわ。
暗殺対象が女性だったので近付きやすかったが、なかなかに苦労した。
ぽんぽん、とシキの労りが本当に心に染みるというかなんというか。
そうやって話していると、背後から低めの声がかかった。
「女性ゆえに仕方があるまい。が、あのままではお目当ての男性を捕まえるなど到底無理であろうな」
「……魔王」
魔王であった。
服装は他の騎士たちと変わらないが、やはり晩餐会用に少しばかり豪奢なものに変わっている。
だが、其の傍にシュノはいない。
「シュノちゃんは?」
「王や養父母殿たちに捕まったようだ。私が傍にいても周囲が無駄に騒ぐ故に、私を押さえ込める貴公らの近くがよかろうと思ったまでだ」
牢に閉じ込めておいてくれても構わぬのにな、と硬質なと表現されるだろう雰囲気の魔王は、その雰囲気を少しだけ崩して苦笑する。
よくよく見れば、その首や腕には魔術刻印がビッシリと刻み込まれた首輪とバングルがはめられていた。
「…俺はあなたをどう呼びましょう」
「…?」
徹底的に力を削ぐための呪いと封じの術をその体に纏わり付かせた魔王のその姿に、タチバナは一瞬だけリヒトシュタートで15番目と呼ばれていたころの自分を思い出した。
逆らわぬように隷属の首輪をはめられ、慰み者にされ、命じられるまま誰かを殺して、少しでも逆らう意思や失態をみせれば暴力で蹂躙された日々。
普通の人間を装っていたって、それでもそうされ続けたゆえに歪んだ精神が今更真っ当にはならない。
けれど、シキが『タチバナ』と呼んでくれるから、普通の人間に近づける。
普通の人間だと、言い張ることができる。
名前というのは、そういう力を持っている。
タチバナを『香り立つ花』と、シキが呼んでくれるから。
ならば、魔王であることを厭い、人を捨てきれないこの魔王だとて同じことだ。
名を呼んで、魔王ではなく一個人として見るべきだ。
それにシキだって言っていたではないか。
『力』だけならば、異世界人の魔女も魔王も、脅威という意味では変わらない。
見るべきは、精神面である。
「同じ異世界人を契約者にもつ者同士、友好を深めませんか、ということですよ」
「…貴公、も?」
「えぇ、シキと交わしています。先に言っておきますが、確実に色々と振り回されることになりますよ。トラブルがガンガン舞い込んできますから。眼も回るるくらい」
「ちょっとどういう意味かなタチバナ」
「そのままの意味です」
文字通り彼女たちはトラブル吸引体質です、と言い切ったタチバナにシキは思わずツッコミを入れた。
が、後で甘いもの抜きの刑に処されても、タチバナは魔王と言葉を交わすべきだと思った。
手紙だって構わない。何でもいい。
この魔王の本質は、まだタチバナほど歪みきってないのだ。
だからどこかまだ不安定だし、周囲からの悪評をそのまま受け入れて粛々と己を悪にして、自身がどれだけ理不尽な目に合っているかを見ないでいる。
だが、その心が壊れた時。
シュッツヴァルトは、彼が滅ぼしたと言う国の二の舞になるだろう。
そして今度こそ、この青年は歪んでしまうだろう。
世界を蝕む、魔王になってしまうだろう。
そうすれば、シキが泣く。
それは、嫌だから。
利己的だろう。
そんな相手に友人になろうなどと、言葉にしてほしくないだろう。
だが、同士ならどうだろうか。
友人だって腹の中で色々互いに抱えているものだ。
ならば、同士ならば。
似たような境遇同士なら?
そして時間がたっていつか、友人になれるかもしれない。
「…ふ、ふふ。それは、私も苦労する事になりそうだな」
「楽しいですけどね?あと、場所が限定的でしょうけど、美味しいものが盛りだくさんです」
「そうか、食事は良いな。私の生まれた時代より、美味なものが増えていると聞く」
「えぇ、東大陸との交易も盛んですし」
「ほう?よい事を聞いた。私が知る東大陸は、鎖国していたからな」
タチバナの言いたい事が、伝えたいことがなんとなくだが理解できたのだろう、苦笑と、それでいてどこか不敵な表情で魔王は笑う。
ぽんぽんと弾む会話に、置いてけぼりにされたのはシキたち三人だ。
「…な、なに、が?え、どういうこと?」
「男同士の友情…的な?」
「というか、異世界人に振り回されることになる隣人への応援じゃないかしら」
「ちょっとフィリー、どういう意味?」
「あぁ、なるほど」
「どうして納得するのカレン!?」
「「自覚して(くれ)、シキ」」
カレンとフィリー二人にトドメを刺されたシキは、いじいじと拗ね始める。
それを二人で宥めているのを横目にしながら、タチバナは肩をすくめた。
「…賑やかでしょう?」
「あぁ、懐かしい感覚だ。ヴィンと呼んでくれ」
「俺はタチバナです。後で呑みます?ツマミはシキが作ってくれますし」
「異界の料理か。楽しみにしておこう、タチバナ」
「えぇ、腕をふるいますよ。シキが」
男二人、周囲の好奇の視線も気にせずにじゃれあうシキたちを見て、苦笑する。
先程はタチバナが声をかけられまくっていたが、実はこの三人も狙われていた。
野心家たちにとって、とても価値のある人脈を彼女たちは持っている。が、宮廷魔女でさえ敵わないと言い切った『四季の魔女』相手に、不況を買うのを恐れて近付かないだけだ。
また、そういった面を除いても、魅力的な女性であるというのは本当である。
タチバナやフィリーが飛びぬけた美人なので、美貌と言う点では陰に隠れがちだが、カレンは凛々しいし、シキは愛嬌がある。
タチバナが令嬢の相手をしつつも、実はこっそりそういった彼女たちを狙う男性の手合いを封殺していたことに、彼女たちは気がついているのかどうか。
「苦労しているな、タチバナも」
「直に貴方もそうなります。ヴィン」
タチバナのその言葉に、ヴィンフリートは少しだけ、本当に少しだけ頭痛を覚えた気がした。