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重さ

「あ゛-、終わったぁぁ……」

「いえ、終わってませんけど」

「一番礼儀作法がうるさい王との謁見が終わったんだからいいの。後は結果待ちみたいなものだから」


シュッツヴァルトの王へ親書を渡すための謁見を無事に終了させたシキたちは、王宮内に与えられた客室のソファで思いっきりダレていた。

来るときに着ていたドレスはとっくに脱ぎ捨てている。

夜会用のドレスはまた違うのだ。先程のは正装で、夜会に着ていくのは肩が露出するタイプのいわゆる盛装用というやつだ。

とはいえ、基本的なドレスの形は動きやすさを重視したバッスルスタイルドレスにしている。


「ところで、何時までここでこうしていればいいんでしょう?」

「あぁ、7時くらいまでは自由時間だそうだ。晩餐会が始まる前には人を寄越してくれるらしい」

「自由っていっても……後2時間もないじゃないのよ」


部屋に置かれた柱時計は5時を指し示している。

この時間では、城の外に遊びにいくなど出来はしない。だからといって部屋で大人しくしているにも長く感じてしまう時間だ。

が、どうやらそんな心配は必要ないらしい、とノックの音に軽く返事を返すシキ。


「僕です、シュノです。入っても大丈夫ですか?」

「いいよー」


どうやらシュノらしい。

謁見の前に軽く言葉を交わした程度だったので、お喋りしに来たのだろうと軽い気持ちでシキは扉を開けた。

が、シュノ、スイの二人の後ろに予想もしない人物が立っていた。


「………ぇ?」


琥珀を思わせる深い金の髪。

サファイアを思わせる深い青の瞳。

シュッツヴァルトの騎士たちと同じ制服を一分の隙も無く完璧に着こなす姿。

まさにこれぞ貴族、といった風格だ。


「どなた様…?」


思わず、ぽかんとしながらシュノに問いかける。

その反応に、心底、心底申し訳なさそうにシュノは答えた。


「件の……魔王です」


部屋中の空気が一瞬にして凍りついた。

が、硬直していたのは数瞬で、タチバナが瞬時に隠しナイフを袖口から滑り出しシキを庇うようにして魔王の咽元に突きつけた。

今にも彼の咽を掻っ切ろうとするその殺気に、魔王は静かだ。

むしろ、そのナイフが自らの咽を切り裂いてくれるのを待っているかのようだった。

いや。


「貴公が私を殺してくれるのか?」


その言葉が魔王の少しだけ青みがかった唇から漏れ出すや否や、二つの声が唱和しそして男二人をしばき倒した。


「「止めい!!」」


タチバナはシキからの容赦無いわき腹への裏拳、魔王は飛び上がったシュノに

回し蹴りを食らわされ、二人揃って地面にしゃがみこむ。

うずくまったタチバナはカレンとフィリーに引き摺られるようにして回収され、魔王に至ってはトドメを刺さんばかりにシュノに踏まれている。


((女王様がいる……))


というのが横で見ていたカレンとフィリーの共通意見だ。


「あー、もう!うちのバカがご迷惑を…」

「いえいえ、こちらこそいきなりだったので…」


シキとシュノは互いに平謝りをして、原因となった男どもを睨みつける。

互いにアハハー、と空笑いをして、一旦仕切りなおしとなった。





テーブルの上には、シキが焼いて持ってきたお土産のカヌレの一部と、紅茶がほかほかと湯気を立てていた。

見張りを買って出たカレンとフィリーは隣室で待機だ。

うっかり国の機密などを聞くのもまずいから、というのも理由だ。

カヌレや紅茶が置かれたテーブルを挟んで、シキとタチバナ、シュノと魔王が向かい合わせで座していた。


「とりあえず、王からの命がまだありませんが……恐らく隷属魔法をかけることになると思うので、先にコレの顔をお見せしておかないと、と思ったんです」

「あぁ、そういうこと」

「本当なら先にお知らせしておきたかったんですけど、どうにも時間がありませんし」

「気にしないで。晩餐会で見ることになるのかなーくらいは思ってたから。流石に対象者に会わないでかけるなんて、そんな真似したくないし」


カヌレを互いに口にしながら、シキとシュノは和やかに会話を続ける。

その横にいる男連中は何故か睨みあうようにして沈黙している。


「「い゛っ」」


そのあんまりな態度に、眼を見合わせた二人は容赦なく自分の横にいる男の足を踏んだ。

痛みのあまり、タチバナはシキを睨みつけたが一言で切られた。


「謝罪は?」

「……ぅ」


同じようにシュノを睨み返した魔王も。


「挨拶」

「ぐ……」


人間として基本だろうが、と無言の重圧をかけてくる二人に負け、タチバナは魔王へいきなり刃を向けたことへの謝罪を、魔王は挨拶もせず、事情説明もせずのあの言葉の謝罪を言ったところで話の本題に入ることとなった。



ヴィンフリート・リデイル・フォン・ベルンシュタイン



魔王が人であった頃の名前だ。

彼は戦時中に淡い恋をしていた祖国の王女に実験材料にされ合成獣になり。

絶望のまま祖国を滅ぼし、後にシュッツヴァルトの魔術師たちに魔の森に封印されていた。

長い封印のせいか、人間であったヴィンフリートと混ぜられた数多の妖精フェイと精神どころか魂まで完全に融合し、昇華。魔王として覚醒したという。

封印が綻びたことにによって漏れ出した覚醒寸前の魔力により時空の裂け目を生み出してしまっていたが、現在は完全に制御されていると言うこと。

人間としての記憶があるせいか、魔王である自分自身がどうにも受け入れられず、殺してくれるなら殺してほしいとか思ったりするということ。

等々、無言を貫く魔王に変わって説明する。


「出会ったときからヴィンは魔王の癖に自殺願望が強くて。本当に腹立たしかったんですよ。だから、いらないならその命を僕に寄越せ!って言っちゃいまして」

「シュノちゃん恰好いいねぇ。で、結果が魂の契約?」

「はい。上位者は僕とスイです。色々出来ますけど、一番分かりやすいのは……『ステイ』?」

「ちょ、ワンコじゃないんだから」


あんまりな言葉に、シキは爆笑する。

だが、魔王との魂の契約を交わしていて。だというのに上位者が人間であるシュノというのは珍しいというより本来あり得ないのだ。

シキのような世界から力を与えられている人間ならばともかく、神使のスイと魂を共有しているとはいえ普通の人間にすぎないシュノが魔王の上位者。

確かに、ラグやギルドの幹部連中が頭を抱えるわけだ。


「ひとまず、隷属魔法に関してはシュッツヴァルト王の采配があるまでわたしは何も出来ないけど……」

「はい」

「ギルドやラグの幹部連中には、魔王は死にたがりで害は少なめ、くらいの進言はしておくよ。それ以降の信頼は、あなたたちで勝ち取っていってね」

「はい。それだけでもありがたいです。それに、もしも僕か、ヴィンか、国か、分からないけれど、誰かが暴走して魔王の力をバカなことに使おうとしたら。それを僕が止められなかったら………止めて、くれるんですよね」


無事に本題である魔王とシキの顔合わせが済んだうえ、何故シキが使者としてこの場にいるかも理解したシュノは、安心したように笑った。

流石に騎士団の隊長をやっているわけではないらしい。シキよりもよほど、国の政争や謀計策略に理解があった。

シキが忠告せずとも、シキがザフローア公爵たちを脅すような形で伝えることを了承させた内容でさえ理解していた。


「……うん。全力で、止めてあげる」

「ありがとう、ございます」


だが、やはり魔王という強大に過ぎる力を思いがけず手に入れてしまったその重圧は圧し掛かっていたようだ。

当たり前だ。誰だって、恐い。

シキだって、この力を受け入れるまでに葛藤が無かったなんて言えない。

ただ、それどころではなかっただけだ。


「……」


ほろほろと静かに安堵の涙を流すシュノの横で、人を止めざるを得なかった魔王が痛ましそうに主となった少女を見つめていた。


力は重いです。本当に。

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