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魔女の騎士

シュッツヴァルトへ出発する当日。

城の待合室にて、ザフローア公爵からプレゼントと称されて着せられたドレスに、シキは不機嫌だった。

色合いはいつものシキに合わせてくれたのか、ワインレッドと深いチョコレート色、それから少しの金。

形そのものはバッスルスタイルドレスで、動きやすさを重視してくれてはいるようで引きつる感じやウェストの苦しさは無い。

大量のフリルなど嫌だと言い張ったおかげか、最低限のフリルですませてくれたらしい。レース飾りと腰の部分の大きなリボンが一番大きな装飾になるだろうか。

スカート丈は移動重視のためかくるぶしあたり。それでもいつもより少し長めだ。

髪は複雑に編みこまれ、ひとまとめにされている。

タチバナもシキと揃いの色のカラビニエリと呼ばれる、イタリアの憲兵の制服に似た形のものだ。

ジャケットはビターチョコレート色で、パンツのサイドにはワインレッドの細い刺繍のラインがある。シャツは当然ワインレッド。

右肩からは飾緒モールと呼ばれる飾り。その上から黒の外套を羽織っている。


「うぇぇぇぇ……。いつもの恰好にベストとか上着ちゃんと着ればいいじゃん……」

「ですから、それでは失礼になるんですよ、シキ」

「素材とデザインで誤魔化せるよねぇぇぇ……?」

「誤魔化せません」

「じゃぁせめて振袖か袴にさせてぇぇぇ……」

「東大陸というかシキの故郷の服装に詳しい人間が捕まらなかったのですから、諦めてください。それに、この正装だって本来なら俺たちが自腹で買わなきゃいけなかったのを、ありがたいことに公爵が出してくれたんですから」


自腹で買ったら、店の売り上げが一ヶ月分ぶっ飛んでいた。

アルラウネ魔王討伐で稼いだ金はまだまだあったが、オルタンシアで買ったローブよりも圧倒的に使い道がないくせに高いドレスを買わずにすんだのはありがたいのだ。

ちなみに、オルタンシアのローブやケープはシーズン的に合わないので仕舞い込まれている。

防寒具としてはあまり高性能ではないのだ。


「というか、私たちもいいのか?」

「なにがぁ…?」


慣れぬ恰好にゲッソリしながら、カレンの質問にシキは首をかしげた。

カレンもフィリーもシキと似たような恰好だ。

それぞれ似合う色というのがあるのでカラーリングは違うが、三人とも似たようなデザインにされたドレスだ。

恐らく、わざとそうやって揃えたのだろう。公爵の遊び心だと思われる。

シキのドレスに比べて、明らかに裾の長さが短かったり、騎士を思わせる装飾があったり些細な違いはあるが。


「はぁ、いつまでも管を巻いてても仕方ないか。うん、いいんじゃないかな。一応国の使者の護衛として選抜されたことになってるみたいだから。帯剣も許されてるんでしょ?」

「あぁ、シキのくれた軍刀のデザインが良くて助かった。儀礼用の装飾剣など使えたものじゃないからな」

「私も弓の持ち込みはできないけれど、ショートソードは許可されたわ。タチバナなんて、全身暗器だらけなんでしょう?」


フィリーの呆れたような視線を受けたタチバナは、ふい、と顔を逸らした。

タチバナの腰にも、カレンが刷いているような軍刀よりもさらに細いものが佩かれているが、彼の本領は針による暗殺術だ。

一通りの武器は使えるらしいが腕前は中段程度。

初心者には余裕で勝てるが、それを専門とする人間には勝てないというレベルだ。

そのため、右肩から垂れている飾緒モールと呼ばれる飾りに鉄や簡単な魔術強化された盾くらいならスッパリ切り落とすアラクネという魔獣の糸から生成された鋼糸と呼ばれる暗器が織り込んで隠されている。

他にも色々と針やらなんやらを仕込んでいるらしい。

毒に関しては面倒な事になりかねないので、今回は持っていないらしいが。


「シキを護るためですから」

「タチバナ、物騒なものはあんまり…」

「一番物騒なあなたが言いますか?」


この四人の中で一番の攻撃力を有するのはシキだ。

そんなシキに、物騒なものは、と言われても正直納得できない。

シキは後ろで頷くカレンとフィリーにはくすぐり攻撃をお見舞いしつつ、タチバナには稲荷寿司一週間抜きの刑に処することにする。

うなだれ、そして訂正しますと慌てるタチバナのほっぺたをうにぃーと伸ばしながらそのつるすべのもち肌を楽しんでいたシキに、後ろから呆れたような声がかかる。


「そろそろ、出発の時間なのだが…よいかな?」

「あ、公爵。大丈夫ですよ?」

「いや、だが、タチバナ君は…」

「気にしないでください」

「……」

「気にしないでください」

「……あいわかった。とりあえず、転移陣の準備は整っている。表立っては、人魔王討伐における支援不足の侘びと、討伐への感謝となっている事、忘れぬように」


公爵が建て前となっていること、そして本来の目的を忘れないようにと釘を刺してくる。

が、そんな公爵を胡乱げな眼差しで見つめながらシキは言う。


「そちらこそ、分かっていますよね?」

「……う、うむ。すまんな、狐狼姫殿やそのご両親との接触をスムーズにしたいのも事実なのでな」


会議の際に念押した事を思い出したらしい公爵は、一瞬どもりつつも何とか平静を取り戻して答えた。

シキの魔力が室内にじわり、と滲み出したのも、どもった理由の一つだ。

昔、出会ったばかりの頃。

今思えばシキの精一杯の警戒と虚勢だったのだろう魔力の完全解放。

その直撃を食らったとき、公爵は数秒で意識を刈られた。

数秒持っただけで魔術が使えない人間としてはかなりの胆力なのだが、あの時の勝てるわけがない圧倒的な存在の前に立たされた恐怖というのは残っている。

公爵としては、特に何も無ければシキの事は猫かわいがりしてやりたい娘なのだが。


「期間は五日ね。パーティーとかは?」

「前もって説明したとおり、壁の花になっていてくれて構わんよ。私的な誘いは迷わず断ってくれればいい。シュノ君が納得した場合のみ、国を上位者とした隷属魔法を魔王にかけてくれ」

「……隷属魔法は、タチバナに使った自分が言うのもなんですが大嫌いなんです」

「俺も、シキが俺以外を縛るなんてちょっと嫉妬しますしね」

「ほう、君がそんな事を言うとは珍しい」


魔王にかける予定の、暴走防止用隷属魔法の話になるとタチバナが静かな表情で割りいってきた。

珍しいこともあるものだ、と公爵は面白そうに笑う。


「今でこそ俺とシキは対等ですが、それでもシキが俺の手綱を握っていることには変わりない。変えるつもりもない決定事項です。そこに割り込ませようと言うのですから」

「魔女の最愛であるという矜持、かね?」

「逆です。ほんとうのなまえ掛けての契約を舐めないでいただきたい」

「……失言だったようだ。君は、そうだな。『四季の魔女シキの騎士』とでも呼ぶべき存在だな」


魔王にかける隷属魔法。

シュッツヴァルト、ギルド、そしてシキが連名で入る形になる。

シュノは契約を魔王と交わしているので除外だ。

シュノが暴走した場合のストッパーとしてなのだが、なぜ国やギルドだけでなくシキも入ることになるのか。

それは国やギルドという組織を一個人とは見なせないからだ。

国やギルドという組織は一枚岩ではない。魔王を利用しようとする人間がいないとも限らない。

たとえばシキが入らない形で契約を結び、組織の一部が暴走し魔王の力を振るうかもしれない。

それを止めようとした人間が同じ組織の人間だった場合。二つの相反する命令に、契約が崩壊する可能性があるのだ。

隷属魔法だとて万能ではない。魔力に物を言わせて破壊できる。それはシキが証明している。

それを防ぐために、緩衝材としてシキが入るのだ。

シキがいれば、シキが承認しない限り契約が壊れることはない。常に修復され続ける。

そういうことだ。

だが、タチバナとしてはあまり面白くない。

縛られて悦ぶ変態では決してないが、シキが唯一、手放せないと縋るように握っていてくれているタチバナに繋がる手綱以外に、余分なものがもう一本増えるのだ。

独占していた場所に余分なものが。

本当に、面白くない。


「ふむ、そろそろ君にもギルドから異名を贈るべきなのかもしれんな」

「必要ありませんが?」

「いや、必要だろう。シキ君の名が知れ渡るにつれ、その傍に控える君やカレン君、フィリー君の名も多く知られるようになっている。異名を持たぬ君を侮る人間は多かれ少なかれ存在している。魔女の腰巾着、とな」

「ふふ、俺は影でいいんですよ」

「もうすでに、君はシキ君側に立つ人間だよ。今更日陰には戻れん。君が侮られない事。すなわちシキ君を護る事に繋がる。ギルドへの申請は私がしておこう。『魔女の騎士』それが君の異名だ」

「……受け取って、おきましょう」


火花を散らさんばかりのやり取りに、カレンやフィリー、そしてシキでさえも二人から一歩だけ引いていた。


(た、タチバナの笑顔が怖いぞ)

(シキに関しては融通きかないものね)

(個人的には嬉しいんだけど、そこはかとなく背筋が凍るこの空気止めてほしいよ……)


こそこそ、と女三人が話をしている間に、流石に時間が迫ってきているのだろう。

二人よりも怖い笑顔の秘書さんが男二人の冷戦を止めた。

青褪める男二人。

世の中には、逆らっちゃいけない人というのが存在しているのだ。


「では、いってきます」

「うむ。頼んだぞ、四季の魔女よ」


そうして、シキたちはシュッツヴァルトに向かうべく、荷物片手に正装姿で転移陣より旅立った。


タイトルでとあるRPGを思い出された方もいるでしょう。

事実、意識しております。発売10年後くらいにはまったRPGのひとつです。

個人的にはヒロイン可愛い派ですね!

あのくらいの年齢って、守られているのにも気がつかず、自分ひとりで何でもできると思っているものだと思っています。

調度、バカばかりしていた頃の黒歴史を思い出すからこそ、ああも叩かれてしまうのかもしれません。

あと、主人公と周囲が内面はともかく外面だけは軍人の体裁を保っているのが拍車をかけるのでしょう。


そしてそろそろタチバナにも異名くっつけないと、色々侮られてトラブル招きこみそうだなと思ったので、

シキ=魔女。なら騎士じゃね?

と相成りました。

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