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達磨の憂鬱

「寒い」

「冬だし?」

「冬だもの」

「冬ですから」


パチパチと音を立てる囲炉裏の前で、シキは何故か真顔で言った。

だが、その姿は情けなくもまるでダルマ。

着膨れているうえに、毛布や布団を被っていた。


「…そういえば、一年経つんだな。シキたちと出会ってから」

「あら、そういえばそうね」

「色々ありすぎて実感が正直ないな。あと、シキもこんなに着膨れてなかった気がする」


さむさむ、と囲炉裏の前から動こうとしないシキを呆れた表情で見ながら、カレンは一年ほど前を思い出す。

リヒトシュタートから逃れようとし、シキに救われ、下宿をして。

魔王退治や料理の特訓、それから旅行。

毎日は慣れぬ接客や目の回るような忙しさと、慣れぬ気候に悪戦苦闘した。

本当に目まぐるしかった。

だが、出会った当初のシキはこんなに着膨れていなかった。断言できる。


「見栄張ってただけです。カレンたちが一緒に住み始める前までは冬になるとこんなんでしたから」

「だ、だって年長者だし!?」

「もうとっくに年上の威厳なんて消えてますから。あと、この場での最年長は俺です」

「うぇぇぇ…タチバナがいぢめるぅぅぅ」


よよよ、と泣き崩れるようなふりをするシキ。

が、一年も一緒に暮らしていれば互いの長所も短所も見えてくるもので、シキのこういったお遊びにも慣れた。黙殺できる程度に。

当然のように黙殺したフィリーは、冬のお馴染みのショウガ強めのチャイを飲みながら呟く。


「一年、なのよねぇ…そろそろ、兄さんに連絡とらないとダメかしら」


その言葉に、毛布と布団に埋もれていたシキがその着膨れた姿からは想像できないスピードでフィリーに詰め寄った。

カレンも同様に、フィリーの肩をガッチリと掴む。


「……え?」


瞬時に二人に詰め寄られたことで、思わず唇を引きつらせたフィリー。

だが、なにか言葉を返すよりも先にシキとカレンによる『いいからさっさと連絡を取りなさい(要約)』という説教が始まってしまう。

思わず助けをタチバナに視線で求めたが、視線をそらされてしまう。

当然、余所見をしたとして説教もヒートアップする。

フィリーが、兄とちゃんと連絡を取るもしくは一度でいいから帰省するなりこちらに招くなりをする、という宣誓をするまで、二人の説教は終わることはなかった。






フィリーへの説教が終了し、さぁ朝食の支度だとなると流石のシキも着膨れてはいられないとばかりにいつものシャツにハイウエストロングスカート、寒さ対策のカーディガン姿になる。

本日の朝食は、体を芯から温めるスープ。

クラムチャウダーだ。


「魚介なんて置いていましたか?」

「この前つくったクリームコロッケに入れてたエビとか余りもの冷凍してたやつそろそろ使わないと、ね」


氷室の中身を思い返しつつ、首をかしげたタチバナにシキが苦笑と共に答えた。

店に出す商品の試作としてクリームコロッケを作ったその残りなのだ。


「あったな、そういえば。クリームコロッケ…美味しかった……。でも、店には出さないのだろう?」

「手間がねぇ。ホワイトソースはいいけど、あれを固形物として大量保存は正直面倒」

「そうね。溶けたらでろでろだものね。コロッケの材料だけで氷室が埋まっちゃうわ」


エビクリームコロッケ。

材料はシンプルなのだが、固形にするのがひどく面倒なのだ。

だからと言って粉を増やせばクリームの滑らかさは消えるし、ゼラチンなどを使うのは邪道だと思っているので却下だ。触感も悪くなる気がするし。


「というわけで、余ったエビとかホタテとかを処理してしまおうと思います!!」

「で、その横にある大量の豆類は?」

「嵩増し用の具材です。あと、オルタンシアで食べたクラムチャウダーっぽいもの?への挑戦でもあります」


ぶっちゃけ、余りもののホタテやエビだけでは具材としては足りないのだ。

本当ならばアサリとかが欲しいが、こんな早朝では市場も準備中だろう。

タマネギやジャガイモでも構わないのだが、やはりちょうど使い切らないと品質的にちょっと不安な豆が色々とあったので投入することにしたのだ。


「ではでは、ちゃちゃっと作っちゃおっか」


最初に、鍋にエビやホタテ、それから少量の白ワインを入れて蒸し煮にする。

その傍らで底の深いフライパンにバターを投入。

半分ほど溶けたあたりで豆類やタマネギなどを投入。軽く火が通る程度に炒める。

そして火から降ろし、小麦粉を入れて具材と絡める。

ちょうどその頃になると鍋で蒸していた魚介に火が通るので、出た汁と共に魚介をフライパンに全て入れる。

そして少しだけ煮てから、牛乳を入れて沸騰寸前まで煮詰める。

最後にチーズを入れて完全に溶け切れば完成だ。


「バゲット炙っておきましたよ」

「ありがと。カレン、フィリー。器に入れて運んでー」


朝の店支度として窯に火を入れたり、テーブルを拭いたり、ショーケースの点検などをしていた二人を呼び寄せて、未だにちろちろと火が立っている囲炉裏のそばで朝食にする。

行儀がよろしくないのは重々承知の上で、カーペットの上にミニテーブルを置き、座り込んでの朝食だ。


「あー、あったまる」

「魚介って生臭いってイメージがあったんだが、最近はまったく感じないな」

「ほんとよね。処理の問題なのかしら」

「川魚と海魚はそれぞれ色々違いがありますからね」


バゲットをクラムチャウダーに浸しながら噛み付けば、貝類の出汁とホワイトソースのほんのりとした甘さが舌に伝わる。

スープをそのまま飲めば、腹の底からほっとした暖かさが広がっていくようだ。


「店で出せないのが勿体ないような、ほっとするような?」

「タンブラーに入れれば持ち帰れるんでしょうけどね。食べにくそうではあります」

「スープ用のタンブラー作ればいいんだけどね。でも、竃がこれだけで埋まっちゃうから」


他にも温めなければならないものがあるのに、これだけにスペースは裂けないとシキは両手でスープのカップを持ちながら言った。

ふと、こういったスープ専門の店もあったなぁと思い返すが、あれらはスープをストックするためのパウチなどの設備と言うか方法が充実していたからこそできるものだと思う。

現状、できないので頭の隅っこに追いやることにする。


「にしても、今度の旅行先はシュッツヴァルトか……」

「旅行じゃないって。まぁ、似たようなものだけど」

「絶対に違いますからね?」


朝食も中盤になると、ぽそりとカレンが遠い目をしながら呟いた。

使者としてシュッツヴァルトに、シュノの下僕…もとい、契約者となった魔王の他国での扱いと対応をしたためた親書を届けるのだ。

各国としては、魔王を伴って国に来るときはギルド経由でいいから知らせろ、という事になったそうだし、ギルドとしては魔王が人間に害のない存在であると証明するために、一定量の魔獣の討伐と、魔獣から魔王が発生した場合の討伐への参加を義務付ける方向らしい。

とはいえ、シュノの所属はシュッツヴァルトの騎士団だし、ホイホイ出歩けるような身分でもない。

ましてや、転移魔方陣の利用は結構な金がかかる。西の果ての国なのに、南の果てに出た魔王を倒せとか、西の果てに出た魔王を倒せとか。

ぶっちゃけ時間と人件費的に問題が出てくる。

ギルドが召集した場合のみ、という前書きがついていることだろう。

他の条件や制約は、シキでも聞いていない。政争にこれ以上首を突っ込みたくないので。


「他国のことなのに、なんで魔王やシュノに制約をつけられるんだ…とか聞いたらマズい、よな?」

「平気だよ?簡単に言えば、冒険者ギルド加盟国だから。ギルドってつまりはいろんな国が出資している魔獣対策とか未開地探索とかを割り振るための窓口なんだよね。で、出資してる国同士が対等であるように誓約してるから」


カレンが恐々と聞いてきた内容に、あっけらかんと答えるシキ。

カレンとしては便利だからという理由で小さかったがリヒトシュタートにあったギルド支部を利用していた。だが、どういう設立理由があって、どういう風に運営して、というのは興味がなかったのでスルーしていたのだ。


「で、うっかり飛びぬけた戦力を持ったりすると、調整のために制約がそれぞれの国にかかるんだよね。ラグもわたしがいるし高ランク冒険者が多く集まるから制約がかかってるよ」

「ちなみに、どんな?」

「ギルドから卸される素材の買取価格にちょっぴり色つけてる」

「なるほど」


そういうことだったのか、と納得したカレンはバゲットの最後の一切れを口に放り込むと頷く。

それぞれの国ごとに実は制約がかかっているのだが、そこまで詳しくはシキも知らないのでそこで説明は終わりになる。


「とりあえず、近々お達しがあるようですから準備だけはしておきましょう。転移魔方陣を使用しての道程になりますが、オルタンシアと違ってあちらではしっかりとドレスコードやら礼儀作法やらありますから」


タチバナのその言葉に、元々は一応がついてしまうが貴族であったカレンやその付き人をしていたフィリーはともかく、そういったことを一番苦手とするシキが項垂れた。

きっと、近日中にドレスや服装のための地獄の採寸祭があるのだろうと予想がついてしまったのだ。


「…今更だけど、逃げたい」

「諦めてください」


苦しいのは嫌ぁぁ…と項垂れたシキを尻目に、三人はさっさと今日の店支度の続きを開始する。

シキも三人に続いて、のっそりと支度を開始した。


「大丈夫ですよ、シキ。俺もああいう恰好は大嫌いです」


憂鬱そうに動くシキに、タチバナがそう笑う。

タチバナも嫌いな正装。

二人揃って憂鬱なら、まぁ、諦めもつくか、とシキは今度こそ背筋を伸ばして気合を入れなおした。



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