お人好し?
会議から抜け出したシキは、王城の台所と言うかキッチンの一角を借り受けて、お汁粉を作っていた。
材料は新米騎士さんに頼んでタチバナに伝令を飛ばし、カフェから持ってきてもらった。
料金は材料費のみ支払われている。
何でも、小額とはいえそれぞれ身分ある人間がパーティーでもないのに奢られたらメンツに関わると言うかちょっとだけいらない噂が立ってしまうし、毒見をしていないのかと騒ぎになるのでと執事長にいわれてしまったので受け取っている。
「お汁粉、いいですねぇ…」
「そんな目をしても、今はあげないからね?」
「わかってますよ。家で作ってくれればそれでいいです」
「…まぁ、作るけどね」
窓越しに伝わってくる冷気。
どうやら外では風花が舞っているらしい。
寒い中、しかも休日だと言うのに届けてくれたことは正直ありがたかったので家に帰ったらちゃんと作ってあげよう、と呆れたような口調は崩さずにシキは言った。
「タチバナ、わたしは白玉作るから漉し餡を溶く用の水を鍋に入れてもらってもいいかな?」
「えぇ。水とかはどれくらいですか?火加減とか分かればやりますけど」
「漉し餡と水は一対一で。砂糖はこっちで計っておいたやつあるからそれ入れて。で、塩をひとつまみ」
「いつも思うんですが、なんで塩を入れているのに甘くて美味しくなるんでしょうねぇ…」
シキの指示通りに持ってきた漉し餡と、城の井戸からくみ上げてある水を鍋に投入したタチバナは、竈に鍋をセットする。
強火で一気に沸騰させつつそう呟くと、シキは覚えている限りのレシピを振り返る。
和菓子はなんだかんだで砂糖以外にも塩を入れることが多くある。
洋菓子にはあまりない特徴だ。
塩を入れるのは、つまりは甘さを引き立たせるためなのだが知らない人間からすれば不思議なのだろう。
自身も最初に驚いた記憶がある。
「味覚の錯覚?の利用かな。ほら、からーい料理食べた後に他のごはんとか食べるとすっごく甘く感じるでしょ?あれと原理はおんなじ。ただ、こういう和菓子の場合は味のバランスを整えるっていう役割もあるかな」
「あぁ、そういうことですか。単純な原理ですけど、和菓子はそれをとてもよく生かしますね」
「先人の知恵ってすごいよね」
しみじみと頷きながらも、シキの手は忙しなく白玉粉と水を捏ね合わせていた。
ボールの中に白玉粉を入れ、少量づつ水を加えて耳たぶ程度の柔らかさになるまで混ぜるのだ。
そしてタチバナが沸騰させている水の鍋とはまた別にたっぷりの水を沸騰させている。
練りあがった白玉粉を一口大に千切り丸めて少しだけ平たくなるように潰し、沸騰した水の中に一気に投入する。
同時にタチバナの見ていた鍋も沸騰したらしく、漉し餡と砂糖を投入。溶かしにかかる。
この時の火加減は強火なので、混ぜるのを怠ったりすると速攻で焦げるので注意が必要だ。
「シキ、そろそろ沸騰します」
「ん、じゃぁ弱火にしてことこと煮て。絶対に焦がさないでね?」
「量が量なので結構腕にキますね。20人弱分ですし」
「普通の餡子作るときよりは軽いよね?」
「あれもかなりキますけど、最近は三人がかりでやってますから」
「じゃ、久々の重みだね」
「はぁ…楽を覚えてしまったんでしょうか、俺」
シキの方はどうやら茹で上がったらしい。
白玉団子を氷水の中に投入していた。かなりの量があるので、氷水の入ったボールが三個、四個と増えていく。
そして水にあげた白玉団子を、今度はタチバナが混ぜる鍋の中に投入する。
「………」
「だから、人数分しか作ってないから」
ただでさえ餡子の甘くて美味しそうな香りに誘惑されているにもかかわらず、加えて白玉団子まで投入されたお汁粉(鍋入り)に、思わずごくりと唾を飲み込んだタチバナに、本気で呆れた目を向けるシキ。
甘党にも程があると言うか、家に帰ったら作ってやると言っているのにそんなもの欲しそうな目を向けられても困ると言うか。
「味見…」
「させません。耐え切れなくなるでしょ?タチバナ」
「否定できませんね」
「否定しようよ、そこは」
白玉も温まったところで火を止め、シキは給仕の担当であるメイドさんたちを呼んだ。
当然、毒見係もいた。
「では、確認させていただきますね」
毒見役が鍋から器へとお汁粉を自らの手で入れ、ひとつの白玉団子と汁を飲む。
ふ、とその表情が緩んだ。
「美味しい……あ、っと、問題はありません。皆さん、用意した器に入れてお客様の下へ」
思わず、だったのだろう。毒見係の青年が緩んでしまった表情を取り繕うと、給仕係のメイドたちが用意された器にお汁粉を注いでいく。
こうなれば、シキたちの手を完全に離れたことになる。
毒見係の青年が、そっとシキたちに近寄り礼をした。
「毒見でしたが、とても美味でございました」
「いえいえ、お粗末さまです」
「魔女様の喫茶店では、このオシルコ?でしたか、商品として置いてはございませんか?」
実は、もうちょっと食べてみたくて、と困ったように笑う青年。
本来は責務を逸脱した感想と質問なのだろう。しきりに周囲を気にしていた。
だが、気持ちは分からなくもないタチバナはさり気なく青年を死角に隠すように動く。
「普段は置いていませんけど…そうですね、週の真ん中に個数限定で出しますよ」
「では、その時は是非とも伺わせていただきます。水の日でよろしいですか?」
「えぇ、水の日に。ご用意しておきます」
「では、よろしくお願いいたします」
ひとつ会釈をして、毒見役の青年は静かに立ち去った。
見送ったシキは、片付けをする降りをして彼をかばっていたタチバナの腕を軽くはたいた。
「本当は、あんまりよろしくないって分かってたよね?」
「まぁ、一応は」
「わたしとしてはお客が増えるからいいけどね。後で彼、怒られないといいなぁ…」
「毒見役は、命がけです。客人の食事に毒が入っていないか、常に気を張って毒見をします。入っていれば、当然ですが自身の命に関わる。美味しい物を食べても、味が感じられなくなる人間も多くいます」
「……精神的なもの、だね?」
「はい。だから、こうやって任務の最中でも美味しく感じられたと言うのは、彼にとって喜ばしいことですから。本当は俺が庇うまでもなく、周囲の人間のほうが分かっていますから……」
本当は庇う必要も無かった、とタチバナは苦笑する。
そこでシキも気がついた。タチバナが庇ったのは、毒見の青年ではなく周囲のメイドさんたちだったのだ。タチバナが青年を庇ったことで、彼女たちは彼のその行動に気がつかなかったふりができる。
「ふふ、タチバナ、最近ちょっとだけお人よしになったよね」
「シキのがうつったかもしれませんね?」
「わたしは別にお人好しじゃないんだけどな?」
言い合いながら、二人は片付けを開始した。
外は、本格的な雪になろうとしていた。