魔王の飼い主
シュノがシュッツヴァルトへと帰還し、その後シキの組んだ時空の裂け目対策魔法改訂版の魔道具と共に世界中に厳戒令が出されて早半年。
シュッツヴァルトによる人魔王討伐成功の報に街は湧いていた。
ラグという都市は季節関係なく賑やかな街だが、それに輪をかけた状態だった。
だが、そんな状態の都市の中心。
王城ではギルド上層部を含めて誰もが無言で頭を抱えていた。
裂け目封じの原型を作った功労者として、また今回問題の種であるシュノと同郷であるという部分で呼び出しを食らったシキは、正直葬式かとツッコミを入れたいくらいに重い雰囲気に唇をひきつらせていた。
「どうしたものか…」
「どーしょーもないと思うわ、それ」
「魔女殿は気楽に言われるが……」
「や、殺す方が問題じゃない?今回の場合」
シュノ・イナモリ・オルトゥルフ
異名は狐狼姫。
そして隠れた異名は。
『魔王の飼い主』
時空の裂け目を作り出すきっかけとなってしまった人魔王。
彼は、過去の大戦の被害者であった。
シュッツバルトに残されていた資料を解読し直すと、二重に仕掛けられた暗号で正しい記述を読めぬようにされており、また長い年月のために当時の資料が入り乱れたり破損していたことで情報が倒錯していたのだ。
記録にあるべきは二人。
異世界から来たマッドサイエンティストと、王女に懸想していたがために利用されてしまった被害者の大貴族であった青年だ。
だが、いつの頃からか資料が混ざり合い、二人が一つになっていたのだ。
「魔王として覚醒しちゃったけど、理性はあるんでしょう?むしろ、『契約』を交わしたシュノちゃんに対しては従順。むしろ魔の森の魔獣どもを抑える良い壁になってくれそうだって言ってましたよね?」
被害者であり魔王である青年。
国としては、魔王であるという時点で滅ぼすべき存在だ。
だが、魔王という特色さえ考えなければ莫大な力を持ち、なおかつ制御が可能な国としても個人としても垂涎ものの駒になりうる存在だ。
シュッツヴァルトは、彼を受け入れることにしたらしい。
魔の森を抑える彼の国としては戦力はあるに越したことはないのだから、ある意味当然の判断だ。
シュノという枷だけでは心もとないので、他にも様々な制約や契約によって雁字搦めにするだろうが。
もちろん、世間一般に魔王を下僕にしました。
なんて誰も信じてはくれないし、世間は魔王を殺せと喚きたてるだろうことが判っているので、特定国家を除いた各国上層部とギルド上層部にのみ、伝えられた情報だ。
「シュッツヴァルトが魔王を駒として擁することなったって、ちゃんと伝えてくれているだけマシだと思いますよ?リヒトシュタートなんてわたしを召喚したことを徹底的に隠したじゃないですか。自分で言うのもなんですけど、召喚された異世界人なんて魔王と変わりませんよ」
都市ひとつ、国ひとつをたった一人で破壊できるだけの力を持つ人間。
しかも魂が壊れてしまえば大陸の一部を引き裂くだけのエネルギーを発生させることができる。
まして、召喚されたばかりの頃に死亡すれば、世界の魂の循環そのものを乱すことができる。
これを、魔王と呼ばずになんと呼ぶのだ。
「嬢ちゃんの言うことにも、一理あるのぉ…」
「ハルニレのおじーちゃん、自分で言ったけど納得されるとちょっとなんかなぁ…」
「力の面のみで見た場合、じゃ。精神構造と言う面で見れば明らかに違うからの」
魔獣ベースの魔王、人間ベースの魔王、そして召喚された異世界人。
莫大な力を持ちつつ、その内情は明らかに違う。
だが、力をもつという部分だけは同じだ。
誰も彼もが深いため息を吐き出して、顔を見合わせた。
「……ラグとしては、傍観させて頂こうと思うが、ギルドはどうかね?」
「同じく、じゃ。彼の国ならば悪い方向には進まんじゃろうて」
「では、魔王を伴っての出入国についての議題だな」
「で、わたしは帰っていいかな?」
魔王の扱いに関しての方向が定まったところで、そのまま法律やら彼らにかける制約やらの議題に移ろうとしたザフローア公爵やハルニレのギルドマスターやその他のメンツに思わずツッコミを入れるシキ。
本音は、「法律なんざ判らんから帰りたい」である。
「いや、シキ君には頼みたいことがな」
「なんですか?」
「シュッツヴァルトへの使者をお願いしたいのだ。あぁ、何も歩いて行けとは言わんよ。こちらで転移魔方陣は準備させてもらう。一度行った土地は、転移可能なのだろう?店も長期間空けなくても大丈夫だと思うのだが……」
言い出された内容に、シキは思わず眉をしかめた。
額面どおりに受け取れば、シュノと接点のあるシキに使者を頼み、少しでも円滑に事を進めたいという事だ。
が、シキが転移魔法が使えることを前提で話している。
それはつまり、もしもシュノが魔王を抑えきれなくなった場合、即座に転移し魔王を討伐もしくは討伐部隊を押し込めるようにしろということだ。
「…公爵、わたしは政争できませんけど、馬鹿ではないんですよ?」
「すまぬ。だが、恐らく拮抗できる存在は君だけなのだ」
「シュノちゃんにうっかり伝えてしまっても文句は聞きませんよ?なんせ、彼女とは同郷ですから」
「……分かっている」
苦々しく頷く公爵。
シキがラグに留まるにあたって交わした契約の内容も脳裏には浮かんでいるのだろう。
キレたシキを止めることのできる戦力は、たとえギルド本部のあるラグをもってしても存在しない。
大陸中の高ランク冒険者をかき集めればできないことはないのだろうが、その前に国が消し炭になるほうが先だろう。
唯一の救いにして弱点は、シキが殺人を厭っているという一点のみだ。
それを無くせば、本当に誰にも止められない。
「理解してくれているならそれでいいです」
「うむ…。では、使者として出てもらう際の日付などは後日知らせよう」
「分かりました。では、これでわたしは失礼します」
言うなり、シキは一礼して椅子から立ち上がった。
何人かは苦々しく、何人かは苦笑してシキを見やる。
刺さる視線をものともせずに会議室から出かけたシキだったが、ちょっとやりすぎたかもと思い振り向いて恐らく彼らの機嫌を上昇させるであろう一言を伝えた。
「後でお汁粉、差し入れますよ」
パタン、と会議室の扉が閉まる。
瞬間、扉越しにも関わらず「ぃよっしゃぁぁぁ!!」とか「うぉぉお!?」とか、「やったわ!来たくなかったけど来た甲斐があったわ!」とか。
まぁ、歓喜の声が漏れ出ていた。
「……現金だなぁ」
別に世界に菓子が無いわけでもないだろうに。
だが、シキは忘れていた。
この世界における菓子とは、ただの砂糖の固まり同然のものが多いという事を。
高いものを大量に使うイコール高級菓子という法則がまかり通っているなかで、シキのというか現代地球で作られている菓子と言うのは、完成度がひどく高いものだと言うことを。