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魔女の住処

真冬の森から、転移の術で魔女の家へとやってきたカレンとフィリー。

家に着くなり温まっておいでとほかほかと湯気を立てる湯船に放り込まれた。

木の香りがどこか安心感をもたらす女二人が一緒に入っても余裕がある広々とした湯船に浸かりながら、逃亡の間についた汚れを落とす。


「なんか、ほっとするわね…いいのかしら」

「いいんじゃないか?私たちを殺そうと考えているならばとっくに殺されている頃合だ」

「そうよねぇ。それに、悪い人じゃなさそうだわ」

「ハーフエルフのカンか?」

「そうね、彼女からドロドロした魔力を感じないんだもの」


エルフという種族は魔力に敏感だ。

元々神樹を護る種族ということも相まって、神樹に害のある悪意ある魔力を感じる能力に特化している。人間と混ざったハーフといえど、その能力に衰えはない。

フィリーはぐでん、と湯船の縁に頬を乗せて柔らかな木と水の交じり合った香りを堪能する。

カレンも同様に、壁に寄りかかると深くため息を吐いて溜まりに溜まった疲れを溶かしていく。

二人揃って無言で冷え切った体を温めていた。


「お二人さーん、そろそろ上がらないとのぼせるよ!」


暫くの後。

四季の魔女に声をかけられ、二人同時にびくり、と体を跳ねさせた。

どうやらあまりの心地よさに意識が半分飛んでいたらしい。

声をかけられねばうっかり風呂場で溺死するところだった、と用意されたネグリジェに袖を通しながらカレンは笑った。

ネグリジェの上にさらに冷えないように、と用意されたショールを羽織りリビングと思しき部屋へと向かう。

ネグリジェの素材は肌に優しい絹。ショールは羊毛だろう。

ゆったりとした作りのそれは、擦り傷だらけの肌に刺激を与えないようにという配慮が感じられた。

室内履きでゆっくりと板張りの廊下を行く。

左には外が良く見えるガラス戸が嵌め込まれており、見える風景や木々からここはあの冬の森から離れた場所なのだとわかった。

廊下を抜け、木製の引き戸を開ければリビングだ。

部屋の中央には床を四角く切り取り灰を敷き詰め薪が燃える囲炉裏があった。

火にかけられている鍋からは、くつくつと中身が煮える音がする。

鼻をくすぐったのは、柔らかな火の香りだ。


「こっちこっち。好きなところに座って。一応絨毯は敷いてあるけどクッション欲しければ適当にそこらへん転がってるの拾って使ってよ」

「あぁ、助かる」

「お言葉に甘えて、お借りするわ」


カレンとフィリーが並んで囲炉裏の前に座り込むと、まっしろな、なにかを煮込んだものに半熟卵をのせたものが入った椀をすこし大き目の匙と一緒に渡された。

最初はオートミールかと思ったのだが、匂いが違う。

これはなんだと視線を向ければ、粥だと答えた。


「こっちじゃあんまり食べないか。米だよ、お米のお粥」

「え、あれって野菜じゃなかったかしら?」


カレンやフィリーにとって米は野菜だ。

もしくは、リゾットやパエリアのようにして食べるものだ。あと、牛乳と一緒に煮込んでプディングにしたり。


「東大陸じゃ主食だね。わたしの故郷でも主食。二人とも、あんまり食べてないみたいだし、お腹にやさしい卵粥にさせてもらったんだけど……苦手だった?」


どうやら、逃亡の最中まともにご飯を食べていなかったことも見抜かれているらしい。

考えてみれば当然だ。カレンもフィリーも、あきらかに痩せ細っていた。

骨が浮き出るまではなっていないが緊張の連続で頬がこけているくらいはしているだろう。

鏡を見てはいないので予想でしかないが。


「あまり見かけなかったものでな、すまない。いただこう」


二人同時に、そっと粥を口にした。

半熟卵と、米の甘さがほんの少しの塩で引き立つ、とても優しい味だった。

おかあさん、という言葉が自然に脳裏に浮かんだ。

米をこんな風にして食べたことはないし、そもそも味付けだってシンプルだ。

だというのに、酷く懐かしく感じる味だった。


「うん、食欲もある、血色も良くなった。それ食べ終わったらホットミルクでも飲みながらお話しましょ」


ぽろぽろと、二人の頬に涙が伝う。

追っ手相手に気丈に振舞ってはいたが、彼女たちはまだ二十歳にも達していない少女だった。

柔らかな空気に、優しい温度と労わりばかりの言葉。

無理もなかった。

四季の魔女は、泣き腫らしながらお粥を啜る二人を柔らかな眼差しで見つめていた。






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