どんがらがっしゃん。
短いです。
どんがらがっしゃん。
文字通りの音をたてて、ラグの上空で稲妻が走る。
光を感じたと同時に轟音が響き渡り、全身を震わせる。
「うわ、わわわわわっ」
「…っ!…っ!!」
カレンとフィリーはあまりの雷の凄まじさに、リビングの端っこで二人一緒に毛布に包まっていた。
こんな凄まじい嵐に遭遇したことなんてない。
が、シキとタチバナはケロリとした表情で、リビング中央の囲炉裏で何やら焼いている。
いや、ケロリとしているのはシキだけで、タチバナの尻尾や耳はせわしなく動いている。
表情は取り繕えても、耳や尻尾の動きまでは意識しないとなかなか取り繕えないのだろう。
「んー、どっかに落ちたねぇ、これは」
「な、なんでシキはそんなに暢気に…っ」
ひときわ大きく鳴り響いた轟音に、小さく悲鳴をあげながら硬直したカレンは、音が少し治まったと同時にシキへと苦情を申し立てた。
ありえない、本当にありえない。
リヒトシュタートは盆地だったが、どちらかといえば寒冷地帯で四季の変化もとぼしい国だった。
当然、こんな嵐などウン百年に一回あれば、というレベルでしか発生しない。
特に、港町だからこそ発生するような、こんな嵐には絶対に遭遇しない。
「わたしの故郷は島国だからねー。シーズンがくると、台風やら竜巻やら…これくらいじゃまったく問題ない、かなぁ。一過性のものだろうし、あと半日もすれば治まるでしょ」
それまでは仕事にならないなぁ、と暢気にシキは囲炉裏で焼いていたものを焦げ付かないようにひっくり返した。
香ばしく、それでいてあまい香りが部屋に満ちる。
「火の魔力が入りかけてる…?そろそろ梅雨明けかな」
ぱちん、と跳ねた火花を咄嗟に軽く手で払い、普通なら熱く感じるそれがなんの火傷をもたらさなかったことに、ぽつりとシキが呟いた。
リビング内は、梅雨と嵐特有の肌寒さに包まれており、囲炉裏の火が部屋をじわりと温めていた。
冬のように暖房をかねた炭の熾し方ではないので、決して気温は不快なものではない。
「シキ、こちらもできましたよ」
「ありだと。ほら、二人ともそんな端っこで縮まってないでこっちおいで」
カタンという音と共にタチバナがケトルを台座から移動させた。
蓋を開けて茶器に注げば、香るバターの香り。
蜂蜜バター茶だ。
すこし、シナモンの香りもする。
そしてシキは、網の上で焼いていた物体を木の皿のうえに無造作に置いた。
「胡桃餅だよ。昔読んだ児童書…子供のための読み物の中に出てくるお菓子とか食べ物を作ってみようっていう本があってね。その中のひとつだよ」
「…この前作っていた木の実の蜜煮の、かしら?」
「そうそう。結構昔だもんで、正確なレシピを覚えてないから、殆どオリジナル状態なんだけどね」
本のタイトルは覚えているのになぁ、と呟きつつ、シキは毛布に包まったまま近くに寄ってきた二人に、胡桃餅の乗った皿を渡した。
タチバナも、二人にマグカップで蜂蜜バター茶を渡すと、自分とシキの分を入れてシキの隣に座り込んだ。
「んぐ、うまいな。なんていうか、屋台で食べる味と言うか」
「合ってる合ってる。物語でもそういうシーンで使われてたから。でも、うーん、やっぱ正確な材料とか作り方とか覚えてないから、結構別物になっちゃったなぁ」
外の皮はお焼きなどをベースに、小麦粉や米粉を練ったものを使っている。
中身の木の実の蜜煮は文字通り、蜂蜜や砂糖で胡桃やナッツ類を煮たものだ。
胡桃餅、と言う割りに色々入っているので、ナッツ餅、と言ったほうが正しいだろう。
「秋に出したいわね。軽食向きだもの」
「冷めると固くなるし、作り立てじゃないと美味しくないから、ちょっと難しいかな。祭の日に出すっていうなら話は別だけどね」
もぐもぐ、と四人揃って餅と茶をすすりながら、囲炉裏のそばで固まって話す。
雷の音は、少しずつ遠のいてはいるがそれでもまだ近かった。
「嵐、治まりませんね」
「多分この嵐が過ぎたら、夏が来るよ。余分な雨雲とか全部持っていってくれると思うし」
「あー、服を買いにいかないと……夏物はまだあまり揃えていないから」
「それよりも、夏ってことは虫型の魔獣討伐増えるわよ…?」
虫型の魔獣、とフィリーが口に出したことによって、全員でそれがあったと頭を抱えた。
夏は女性の天敵である虫型の魔獣の活動が一番活発になるシーズンだ。
春は植物系だ。獣型は年がら年中活動しているので考えない。
「シュノちゃんから聞いた時空の裂け目の件もあるし、ギルドからのお達しが面倒なのばっかりになりそうだよねぇ」
「考えたくもありません…夏は薬草を取りに森にいかなければならないんですから」
夏になっても、どうやら厄介事は尽きないらしい、と思い至り、胡桃餅を咀嚼しながら全員でため息をついた。
嵐はまだ続いている。
胡桃餅。ネタがわかる人いらっしゃいますでしょうか。