即席フロランタン
早朝。
カレンとフィリーは同じような黒髪と、瞳をした同郷だと言う少女と席を並べて朝食を取っていた。
無言のタチバナが、少し不気味だ。
恐らく、シキを連れて行かれるとか考えているのだろうが、シュノにはそんな気はないと知っているので、「ないない」と軽く否定の言葉を告げるくらいしかできなかった。
心底から納得できるかどうかは、タチバナ次第だろう。
「じゃぁ、シュノちゃんは速攻でシュッツヴァルトに帰るんだね?」
「はい。僕らの目的は達成できましたから」
「シキに会うこと、時空魔法による時空の裂け目の封印術式の発見、だったか?」
朝食は、鳥胸肉とアスパラのバター炒めと野菜たっぷりトマトスープ、黒パンだ。
それらを突きながら、今日中にラグを出発すると言うシュノの行き先を聞く。
「そうです。シキさんにお話を聞けて、うれしかったです。僕は小さい頃にこっちに来てしまったんで、日本っていってもあんまり実感がなくて。スイから話を聞いても、スイも知らないことありますし」
「神様のお使い、だったかしら?道理で不思議な気配がするわけね」
「わらわ以外は、おらんようなので、の」
「それに、魔法の件を受けてくださってありがとうございます。シュッツヴァルトには時空魔術を使える人間が本当に少なくて……」
シュッツヴァルトは盾の国だ。
直接的な火力と、その火力を底上げする魔術の研究はかなり進んでいるが、それ以外の魔術、特に素養を持った人間が圧倒的にすくない時空魔術などの研究は進んでいない。
時空魔術は攻撃魔法が一切存在しない、と思われている。
恐らくあるのだろうが、他の属性の魔術と比べてもその構築の難解さには定評があるうえに、対象が時空というよくわからないものなので、検証が難しいというか。
それに、そんなのに構ってる暇があれば目の前の魔獣を叩き潰せ、があの国なので放置気味だったというか。
そのため、人間がベースの魔王が出現し、世界の魔力バランスが崩れた結果発生しだした時空の裂け目の対処法を殆どもたないという事態に陥った。
シキが引き受けた時空魔法による時空の裂け目の封印術式の構築は、実は一晩で終わった。
もっと時間がかかるものだと誰もが思っていたのだが、昨晩のうちに魔法としての構築は終えてしまったのだ。
「無理矢理裂け目を縫い合わせる、応急処置みたいなものだから、世界が裂け目を修復しきる前にその近くで暴れれば、裂け目が復活すると思う。そこだけ気をつけてくれればいいかな」
「魔法から魔術への変換自体はこっちの術師が何とかできると思います。あとは誰でも使えるように、魔道具に籠めてくれる職人さんを捕まえるだけです」
そのあたりの手配は上司やギルドに丸投げする、とシュノは笑った。
スイと二人で、僕らには無理だもんねー♪と頷きあう。
「そうか、シュノは騎士か」
そういえば、とカレンが呟いた。
カレンも元々は騎士だったので、なんとなく共感を覚える。
使える主が尊敬できるかできないかはさておいて。
「一応、隊長やってます」
そしてさり気なく階級が高かった。
驚いたように、無視無言を決め込んでいたタチバナさえも、彼女を見た。
シキは、思わずアイスティーを飲み込むのに失敗し、むせる。
「そんなに以外ですか?」
「親の七光り……じゃなさそうよね。剣を見れば一目瞭然よね」
使い込まれた、ハンド・アンド・ハーフソード。
それに、スイがいるとはいえ女の一人旅だ。
盗賊連中にとっては恰好のカモだし、そうでなくてもラグまでの道のりで女性一人は滅多にいない。
魔獣の危険があるのだから。
男であっても、最低でも二人で旅をするのがこの世界の常識だ。
一人で旅をするなら、海路で渡れる範囲内というのも同様に。
それを、陸路で殆ど一人と言ってもいいような状態でこうやって元気にシキの元へこれたのだから、実力は確かだ。
「うちは、実力主義ですから。使えなければ、王弟殿下でも下級騎士扱いです」
「ってか王弟が下級騎士扱い……」
「本当に……剣はさっさと諦めて事務系に回ってくれたらどれだけありがたいか……」
視線を逸らしたシュノの様子から察するに、彼の国の王弟殿下は剣の腕は壊滅的なようだ。
それでも、事務能力が高いので必要な人材なのだろう。
が、本人が剣の道を諦めきれていないのが哀れなのか、それとも傍迷惑なのか。
恐らく後者だろうが。
「異名は、多分、今回の魔王討伐で最前線に加わるので、そのあたりで貰うことになりそうです」
「国を挙げての魔王討伐、か。こっちからは参戦できないし、参戦したらしたで問題が起きちゃうし、面倒だよねぇ」
魔王が危険な存在だとわかっているのに、冒険者以外は国境に阻まれて応援に向かうだけでも時間がかかる。
名誉とはいえ貴族称号をもらったシキは、この一件では迂闊に動けない立場なのだ。
国際問題は、現時点では非常にまずい。
「問題なし、ですよ。時空の裂け目がどうにかなれば、後は僕たちとギルドの応援でどうにかできます」
むしろそれができなくては盾の国の名が廃る。
とシュノは言い切った。
騎士は民の盾であれ。
その文言に誇りを抱いている人間の表情だ。
「じゃ、そんなシュノちゃんにおねーさんからおすそ分け」
覚悟を持って生きる人間は強い。
シキは自分がちょっとだけ歪んでいるのを知っているので、愚直なまでにまっすぐなシュノを眩しく思いながら、テーブルの上に高さ15センチ、横幅が7センチほどの缶を置いた。
「時間がなくて、簡単なものになっちゃったけど、道中食べてよ」
缶の中から出てきたのは、香ばしい匂い。
覗き込めば、大量のフロランタンが詰まっていた。
「これは、俺からです」
シキが置いた缶の横に、タチバナがちいさな瓶を置いた。
「え?」
「タチバナ、あなたシュノをあまり、その」
「信用してないようだ、と?違います。ただの嫉妬です」
シュノがシキを連れて行くことはありえない。
そういいながら、小さな銀のスプーンを瓶の横に置いた。
「同郷の人間が、偶然にも出会って盛り上がった。それだけです。連れて行こうと考えるのなら、最初から別の手段を使っているでしょう?」
例えば、自分の率いる部隊を丸ごと連れてきて、全員で説得にかかる、とか。
タチバナは嫉妬していただけだ。
故郷の話をしながら盛り上がる二人+一匹に。
どうあがいても、絶対に入り込めない領域に入れる彼女をうらやんだだけだ。
ただ、それだけだ。
「とりあえず、みっともない態度をとったお詫びです。携帯食料は、味があんなんでしょう?」
「思い出したら、ちょっと…うん、暫くアレが主食になるんだよね」
最後のほうは殆ど呟きと言っていいほどの声音で、シュノはシュッツヴァルトに戻るまでに何度も食べる羽目になるだろう携帯食料を思い出してげっそりとした。
ぱさぱさもそもそ、味も微妙。
思い出しただけで、気力がごっそりもっていかれる。
「ハチミツです。少しは、マシになると思います」
「あ、ありがとうございます」
荷物は少々重くなるだろうが、素直にありがたかった。
道中はどうせ馬を使うので、瓶のひとつ二つ程度は問題ないし。
「で、わたしのはフロランタン。即席で作ったやつだから長持ちしないけど、水分ガンガンぶっ飛ばしたから、一週間は大丈夫」
フロランタン。
フランスの伝統的な焼き菓子だ。
が、今回は即席バージョン。
食パンを麺棒で平らにして軽く焼いて、その上に生クリームや砂糖、バターを煮詰めた中にスライスアーモンドを混ぜ込んだキャラメルアーモンドを満遍なくのせて、もう一度カリカリになるまで焼いたのだ。
本当はもっと丁寧に作るのだが、時間がなくて土台部分をパンで代用している。
「い、いいんですか?」
「いいって。会いにきてくれたお礼。強制召喚と偶然による落下っていう違いはあるけど、そうだよね、探せば、いるかもなんだよね。それを考えないようにして、自分ばっかりって思ってたから」
認識を改めるいい機会でもあった、とシキは苦笑した。
そう、思い返せば結構召喚された人間の記録は残っていた。
もしかしたら、シュノのように召喚ではない人間がいるかもしれないのだ。
そして、これから出現するかもしれない。
あの女がこの国の港から、東大陸に渡った理由も、わからないし。
あの時は怒りと憎しみに染まってまともな思考が消えていたが、考えても見れば他国へ出ることをあまり好まないあの国の上層部の人間が、あんなふうに出ている時点でなにかあると考えるべきなのだ。
例えば、他国で召喚を行なう可能性、など。
それが自分たちに害を成すにしろ、ないにしろ。
「魔王の一件が片付いたら、遊びに来てください。母さん説得して、転移魔術門、開くので」
「うん。遊びにいくよ」
空になった朝食の食器をまとめながら、シュノは晴れやかに笑いながらいう。
律儀に片付けをしてから、彼女は街の喧騒の中に消えていった。
「「では、また」」
再会の約束だけして。
魔王退治?シキは参戦しません。
最近一体撃破してますし。
なにより遠すぎますから。
byタチバナ