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互いに忍び笑い

タチバナの作るハーブティーは評判がいい。

カフェ・ミズホの常連の中には、彼の作るそのハーブティーを求めてやってくる客も多くいる。

店頭で出されている紅茶類、特にフレーバーティの調合も、実はタチバナが行なっている。

淹れる腕はシキには敵わないが、それの基となる調合の腕はある。

ハーブティーは元々薬効のあるハーブ類をあわせて作るので、薬の分類といえば分類なのだ。

漢方のお茶も同様に。

タチバナの調合したハーブティは数量限定の上、予約者に限って販売している。

タチバナが一回に作れる量は限られているし、店で使う分を考えるとこうしないとキリがないのだ。

そして、今日は大口の予約が入ってしまい、閉店して間もないというのにタチバナは調合に追われていた。

依頼人はギルドの一部署。

なんでも、梅雨の気候のせいで眠れない新人職員が続出し昼の業務に支障をきたしだしたというのだ。

眠れない新人職員というのは、ラグ生まれのラグ育ちではない、他国からの派遣メンバーだと言う。

事務処理能力を買われて、本部であるこのラグのギルドに栄転したはいいが慣れぬ気候にダウン気味だというのだ。

いまだ大きなミスはしていないが、明らかに効率や小さなミスが出始めているのでそろそろマズいと上司の一人でありカフェ・ミズホの常連の一人が依頼してきたのだ。

どうにか、夜眠れるようにしてやってほしい、と。


「湿気が多い日の寝にくさって、慣れない人間には酷だよねぇ」

「私たちも、タチバナの茶を飲んでどうにか、だしな」

「あと、お腹一杯食べて体力つけてるのも、一役買っているかしらね」


ゴリゴリとハーブを砕いたり重さを量ったりするタチバナの横で、シキたちは夕食の準備をしていた。

なぜリビングでタチバナが調合をしているかと言うと、頼まれた量が多すぎて自室のテーブルでは間にあわなくなったのが原因だ。

自室の調合机の上には、まだ処理途中の傷薬や軟膏などが置いてあるのでスペースがないのだ。


「今日の夕飯はチリコンカンだよー」

「名前からしてシキの故郷の料理ではないな」

「メキシコ料理です。場所知りたかったら、棚の地図帳見て」

「読めないから」


スパイシーな香りが店舗と共同のキッチンからほんのりとタチバナのところまで漂う。

ハーブティーの製作のさいに他の香りは敵といっても過言ではないが、そこは獣人としての嗅覚の強さをフル活用して凌いでいる。

ハーブの中には当然スパイシーな香辛料も含まれるので、調合しているもの自体と混じらなければ問題はないことだし。

手元にあるのはそれぞれドライ処理を施したレモンバームにパッションフラワー、カモミールにシキお手製のオレンジピールだ。

レモンバームは頭痛や消化不良、吐き気、それから気分の高まりやストレスを抑える効果を持つ、名前のとおりレモンに似た香りを持つハーブだ。

パッションフラワーは別名トケイソウ。

リラックス効果に優れたハーブで、眠れない夜には最適だ。

カモミールは鎮静効果に高い能力を発揮し、安眠の薬としても有名だ。

りんごのような甘い香りがするが、二種あるうちのローマン種のカモミールはハーブティにすると苦味が強く出るのが特徴だ。

オレンジピールは文字通り、オレンジの皮だ。

上記のハーブと同様に強い鎮静効果を持つ。皮をただ乾燥させただけのハーブや薬としてのものでもよかったが、今回はほんのりとした甘みを付けたかったのでシキに頼んでドライフルーツとしてのオレンジピールを作ってもらい、それを利用する。

効果は少しばかり落ちてしまうだろうが、美味しく飲めるのが一番なので採用。

そろえたハーブを全てお茶にするための最適なサイズに砕いたり切ったり、ごりごり潰したりして、重さを量って適量を混ぜ合わせる。

用意したビンの中に、均等に入れて乾燥剤の板をいれて蓋をすれば出来上がりだ。

まとめて大量に混ぜてから瓶に詰めると、割合が崩れてしまうので一瓶づつの作業だ。

現在やっとのことで5瓶目だ。


「タチバナ、そろそろ休憩してご飯にしよう」


閉店してすぐに調合に取り掛かってすでに二時間。

時刻としては夜の7時を回った。

声をかけられてはじめて、空腹を自覚したタチバナは固まった体をほぐしつつ立ち上がった。


「あぁ、いい匂いです。オレガノですね」

「わたしの故郷の世界のメキシコっていう国の料理だよ。うろ覚えだったんだけど結構美味しくできたから、もどきなのは許してよ」


彼女の頭の中にはどれだけのレシピが詰まっているのか不思議になるが、もどきだろうがなんだろうが美味しければ問題はないので、テーブルに並べられた夕食のチリコンカン(もどきだが)と珍しくナンと呼ばれるパンの一種らしきひらべったいものを見た。


「珍しいですね、ご飯じゃないなんて」

「たまにはね。っていうかコレ作ったのはわたしじゃなくてフィリーなんだよね」

「焼くだけなら、失敗はしないわ!!」


どうやら、お菓子は作れてもなぜか料理は失敗する(カレンは逆だ)状態へのリベンジらしい。

よく見れば、フィリーの前に置かれているナンは端っこが炭化している。

ほんの少しなので、其処だけちぎれば食べられないわけではないだろう。

そこをつつくのは哀れだったので見なかったことにして、挨拶をして食事をはじめる。


「辛くてでも味が濃くていいな、これ」

「ご飯でもいいわね。固めのパンでもいいかしら。材料も豆と肉とトマトとチリパウダーとオレガノっていう単純さがいいわね」

「缶詰にしたら冒険者に売れるかな。後は水で薄めて食べてね☆みたいな感じで」

「あったら、あのマズイ携帯食料の乾パンでも美味しく食べられる気はするわ」

「こっちってレトルトパックないから、不便だよね~」


レトルトパック?とタチバナ含めた三人で首を傾げる。

と、缶詰のひらべったい版。との返答が帰ってきた。


「缶詰はあるんだっけ?」

「高級品よ。中に水物いれていると錆びちゃうんだもの。そうならないように使う金属が、錬金術師が加工する特殊金属なの」

「…アルミニウム…うーん、合金とかないの?」

「合金技術はドワーフが抱え込んでいるから、だめだな」


こんなところで技術占有が。

だが、それぞれの種族の特性を維持しつつ独立し続けるためには、それくらいしないとどうにもならないのだろう。

特に、人間と獣人以外の人種は結構子供が出来にくい。

人間が三人産んでいるうちで一人、という割合なのだ。

人間との混血になればまた違うらしいが。


「じゃ、レトルトは無理だね。わたしも存在は知っていても作り方なんて知らないし」

「では、旅路のお供にする計画は断念ですね。ごちそうさまでした」

「もう食べ終わったの!?」

「えぇ、作業をさっさと終わらせないといけませんから」

「そっか。おそまつさまでした」


食後の挨拶をして、珍しくデザートに手を延ばすこともしないまま、タチバナはハーブティーの調合作業に戻る。

後に続いて三人ともが食事を終えると、明日の仕込みの最終確認をし始める。

それを眼の端で捉えながらタチバナは黙々と作業を続ける。

すると、ふわりと甘くやさしい香りが真横にあった。


「根の詰めすぎはよくないから、ね。一息入れつつ作業しない?」


シキだった。

手にはヤロウのハーブティ。香りからして、蜂蜜がたっぷり入っていることだろう。

ヤロウのハーブティーは疲労に効く。

シキからの思いやりだろう。確かにあまりの大量注文に少々殺気立っていたことは事実だし、黙々と続ける作業に精神的な疲労を覚えていたことも事実だ。


「…ふふ、ありがとうございます」

「うっかりこの依頼受けちゃったのはわたしだからね。サポートくらいはさせてよ」

「最終的に受けると決めたのは俺なんですから、気にしなくてもいいんですよ?」

「負担かけてるのは事実だからね。明日の仕込みは終わったから、手伝えるよ」


さぁ、なにから手伝う?とシキが笑った。

当然、カレンやフィリーもだ。

が、シキはともかく変な方向で不器用なカレンとフィリーにこれらを手伝ってもらう気にはなれなくて二人には遠慮してもらう。


「では、俺が一瓶ごとに調合するのでシキはどんどん詰めていってください」

「りょーかい!まかせて」


二人向かい合って、作業をする。

一人でやるよりも当然効率も上がる。

それに。


「最初のころを思い出しますね」

「店を開いたばっかりのころ?」

「えぇ、未だ要領を得ていないシキと、二人で必死に仕込みをやってた頃です」

「あは、懐かしいね。真夜中まで二人でヒーヒーいいながら準備して、そのまま寝ちゃったりしてたよね」


そしてバキバキの疲れた体で店を回して。

中々にハードな日々だった。


「たまには、二人でなんかするのもいいかもね」

「してるじゃないですか。夜」

「そっちじゃないから。そうじゃなくて」

「わかってますよ。たまには、こうやって仕事するのも、いいですね」


普段は完全に役割分担が決まっていて、互いに己の担当以外のものに干渉することはなくなっていた。

互いに、こうしておけば後で相手が完璧に仕上げてくれると知っているからこそだ。

効率だってその方が上がる。

同じことを二人でやっていたら、ひとつのことなら早く終わるが、多くのことをこなさなければならない場合には非効率的だ。

今回だって互いに別の仕事をしている。が、向かい合ってというのは久々だった。


「ちょっと後ろがうるさいけどね」


後ろではカレンとフィリーが危なっかしく仕込み後の食器類を片付けていた。

なんであんなに所々不器用なんだろうか。


「楽しいから、いいんじゃないですか?」

「かもね?」


互いに忍び笑いをもらしつつ、二人はハーブティーの製作を続ける。

夜は、ゆっくりと更けていっていた。


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