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ジンジャーエール

オルタンシアからラグに帰還し早一週間。

水底の都とまで謳われたオルタンシアには及ばないものの、梅雨の訪れたラグにもしとしと、と雨が降り続いていた。

そして何より問題だったのが。


「微妙に暑くて嫌になるな…」


梅雨時は連続して雨が降り続けば涼しく過ごしやすい気温になるが、晴れた後に降られると最悪だった。

生温い気温に、もったりとした湿気。

港町であるというのも作用して、湿度は高く乾燥する気配は見えない。

これで森林と完全に隣接していればまだマシだったのだろうが、あいにくとこの都市は二重の外壁で護られているので湿気の逃げ場が無かった。

結果、湿気が篭って蒸し暑い状態になっているのだ。


「このくらいならまだまだ序の口だよ」

「なんでシキは平気そうなのよ……」


が、シキだけはその中で案外平気そうであった。

店舗内で軽食をつまんでいる人間たちも、ぐったりしているのに元気なのでとても理不尽だ。

タチバナも夏用のカーディガンですらうっとおしいと言わんばかりに捲り上げているにも関わらずだ。


「故郷がもろこんな環境だったからね。まだマシだよこれでも。地下水脈たっぷりの上の盆地とか最悪だよ?それに比べたらまだ海風吹くから…」

「あぁ、シキの故郷は島国でしたね……」

「アイスティー…麦茶に豆茶、アイスコーヒー…アイス系統のを眼一杯飲みたい…」


リヒトシュタートは盆地とはいえ山岳地帯にあった国なので、梅雨も申し訳程度の国だ。

そのせいかラグのねっとりとした梅雨に耐性が無かったらしいカレンが、ぐでんと壁に寄りかかる。

仕事中なので褒められた行動ではないのだが、店の中で雨宿りをしている客も全員そんな感じなので誰も責めない。

客もやはり無事なのはシキや生まれからラグで育った人間のみのようで、三人パーティーなのだろう、再奥の席に座る女性冒険者たちもそんな感じでこの国生まれの魔術師に恨み言を呟いているようだ。


「なんていうか、今日はカレン役に立たないっぽい?」

「でしょうね…俺も無理かもしれないです…毎年の事ながらくらくらします」

「ちょっとまて、タチバナは三年ここにいるでしょうが。あ、フィリーもキツい?」

「キツいわ…森とは違う湿気だもの。カレンみたいにはならないけれど、ちょっとだるいわね」


ダウン寸前のカレンと、やはりダルそうなフィリー。

タチバナも、いつもふわふわしている尻尾の毛が萎んでいる。

かくいうシキの髪も、もともとうねっているのにさらにパワーアップしそうだったので諦めて三つ編みにしている。


「んー、本当はもうちょっと味が馴染んでからのほうがいいんだけど…しょうがない、出しますか。タチバナ、つめたい水とレモン。それから重曹持ってきて」

「アレをやるんですね?」

「今いる人限定ね。本当は売れるほどの量を仕込めていないから出したくないんだけど…今回はしかたないから」


指示を出されたタチバナは、つめたい水とレモン、それから重曹をキッチンにおくとおもむろに重さを量り始めた。

そして水のなかに重曹を入れ、レモン汁を加える。


「なんだ、これ?」

「ソーダ水というものですよ。原理は錬金術師に聞いてください」

「…あぁ、『泡水』ね?錬金術師がたまに作る得体の知れない飲み物よ。口の中でしゅわってするの」


思い当たる節があったのか、フィリーが珍しいものを見たとばかりにボトルいっぱいに作られたソーダ水を眺める。

そして、その横でシキは瓶詰めにされたとあるものを取り出した。


「…うわ、すごいショウガの香りだな」

「コップ出して。あと、今いる人たち限定で店内のみっていう制約つきで注文聞いてきてくれるかな?『ジンジャーエール』って言えば常連さんは分かるから。そうじゃない人は、ショウガをつかったさっぱり系の飲み物だっていってくれればいいから」

「わ、わかった」


指示をだされたカレンとフィリーは、いわれた通りに席にいる人間に声をかけてまわる。

すると、初めての人間は首を横に振るものの、常連だったり其処までいかなくてもなんだかんだでカフェ・ミズホのメニューを知っている人間は即座に注文を入れてきた。

しきりに首を傾げつつ、カレンとフィリーは注文数をシキに伝える。

するとシキは、用意したグラスの中にショウガの強い香りがするペーストを入れ、そこにタチバナが用意したソーダ水をゆっくりと注ぎ込んだ。

仕上げにミントの葉を添えて、それぞれ客に配る。

当然、タチバナやカレンたちの分も用意されており、手渡された。


「これが、ジンジャーエール?」

「辛い飲み物なのか、シキ?」

「辛みはあるけど、それだけじゃないよ。現にほら、タチバナが平気な顔して飲んでるし」


指を指された先のタチバナは、幸せそうにジンジャーエールを口にしていた。

甘党な彼があんな表情で飲めるなら安心だと、本人が聞けば心外ですといいかねない感想を抱きつつ、カレンとフィリーもグラスに口をつけた。


「あら?」

「おぉ!?」


驚いたようにグラスとシキを交互を見つめた二人は、笑った。


「さっぱりしてて、いいわねこれ」

「ショウガ以外にも、色々入っている?けど甘くて、辛くて…」


二人揃って、炭酸をものともせずにごくごくとジンジャーエールを飲み干していく。

同じように配られた客たちも、さっぱりするわー、とか夏はこれだよねー。とか言いながら口をつけていた。


「入っているのは、ショウガ、シナモン、トウガラシ、クローブ、砂糖に蜂蜜。摩り下ろしたショウガに入れて、煮て、漉して。で、出来たシロップをソーダ水で割ればできあがり」

「トウガラシも入っているのか!?」


それは予想しなかったと驚いたカレンが、シロップの入っているビンを覗き込む。

だが、漉したシロップを見たところでトウガラシの原型が見えるわけもなく。


「ふぅー、シキ、もういっ「だめだから」ですよね」


飲みきったタチバナが二杯目をねだろうとするが、言い切る前に却下をくらいしょんぼりとしながらグラスを片付け始める。

思わず自分のグラスを覗き込んだフィリーやカレンだが、ニヤリとシキが笑いながら言った。


「作るの手伝ってくれれば、明日も飲めるよ?」

「「やる(わ)!」」


力いっぱい手伝いを名乗り出た二人。

だが、次の日、大量のショウガの摩り下ろし作業に早まったかもと後悔することになる。

まだ、二人の知るところではないが。


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