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水無月

気がついたら、お気に入り登録が100人を超えていました。

はわわわ…びっくりです。ありがとうございます。

のんびりまったりでつたない話ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

オルタンシアから転移魔法で一気に帰宅したシキたちは、それぞれ部屋でダウンしていた。

冒険者として生活してきたカレンやフィリーでも、やっぱり疲れるものは疲れるのだ。

旅行とは、体力の配分を考えずにはしゃいでなんぼである。

そしてこの四人の中でもっとも体力のないシキは真っ先に撃沈している。

唯一体力に余裕が残っているのはタチバナのみであった。

シキの自室と化しているリビングで大きなクッションと毛布の山に突っ伏しているシキの傍らでタチバナのみが一人で旅行の片付けをしている。


「あー…楽しかったけど疲れた…明日も休みでいいよね」

「かまいませんけど…明日には仕込みを開始しないと店を開けられませんからね?」

「わかってるー。でも午前中は寝る。絶対に寝る」


オルタンシアは水の都だった。

慣れぬ人間では、あの湿度MAXな環境では体力をかなり消耗する。

梅雨になるとなんとなく気だるくなるのと同じことで、オルタンシアはそれがさらに酷かっただけだ。

最後のトラブル以外は全力で楽しんだのでいいのだが。


「ところでシキ、今のあなたの属性は何になっていますか?」

「…水だね。水オンリー」

「ということはラグもきっちり梅雨入りしたということですね」


オルタンシアではあの土地の属性に引き摺られて水属性の魔法になっていた。

が、ラグを出発するころは風の上位に水の下位といった所だった。

一週間で季節は変わるものだ。


「梅雨入りかー…水無月つくるよー」

「で、毎年思うのですがそのミナヅキの名の由来がわからないのですが」


水無月。

日本においては、旧暦の六月のことであり、六月三十日に行なわれる夏越祓なごしのはらえという神事の際に食される和菓子の名前でもある。

ちょうど一年の折り返しのあたりで行なわれる神事であり、残り半年の無病息災を祈る神事である。

白の外郎に小豆をのっけて三角形に切られたもので、三角と言う形は『氷』を表し、暑さを払う氷を、小豆は邪気払いの意味を持つ。


「水無月はね、んー、俗説としては水が無い月の意味だっていわれてるよ。旧暦、わたしの使ってる『暦』を新暦に合わせると今の七月だから」

「俗説、ということは学説で証明されている節もあるのでしょう?」


そう、あまり知られていないが水無月は水の無い月だから水無月というわけではない。

あながち間違ってはいないのだが、この説は新暦が定着してから出てきた説で俗説として浸透しているに過ぎないのだ。

辞書などを引くと、ちゃんと本来の意味合いを乗せている。


「辞書に載っているのだと、二種類くらいあるよ。一つ目が、田んぼに水を引き込むから水月みなづき

「田んぼ…ってなんですか」

「おう、そこから!?」


そういえば、とシキはクッションを抱えて起き上がりながら頭を抱えた。

西大陸では主食と言えばパンやパスタで、米を作っているところは皆無だ。

シキが日々食しているご飯は全て東大陸からの輸入品で、当然この大陸に出回っている米も輸入品に限られる。

そんな状態なので、タチバナが田んぼを見たことがなくて当然だった。

壁際にある本棚から、故郷から持ち込めた本の中で田んぼの風景が乗っているものを探す。

レシピ本はほっといて、教科書とか地図帳とか写真集とかその辺りを探す。


「あ、これこれ。さすが地図帳」


この世界ではまったく役に立たないが、地域ごとの特色として小さくではあるが写真が載っているのはありがたかった。

もう一度クッションの山に体を沈めたシキは、洗濯物の山を籠にぶち込んでいる(女物のアレとかソレとか入っているが、今更なので羞恥心には蓋をする)タチバナを手招きで呼んで地図帳の一ページを指差した。

金の稲穂が揺れる、段々の田んぼだ。


「麦畑…に近いですが、なんでしょう、あれとはまた違った感じですね。段々畑というのもめずらしい」

「日本って、山が多くて平地が少なめの国だから、畑を作るにはこうするほうが効率がいいんだよ。少ししかない土地の有効活用ってやつ」

「土地柄ってやつですね。東大陸にならこれと似た風景がありそうですが」

「見に行くにしても、時間足りないよ。お店あるし」

「でしょうね。で、この畑に水を引き込むからミナヅキ?」

「そ。ひとつめだけどね。もうひとつが、故郷の言葉の文法なんだけど…」


シキが異世界の言葉をすらすらと話せているのは、そういう術式を刻まれているかもしくは実は魔力を消耗して無意識の魔法を使っているからかな、と本人は考えている。

原因はわからないし、ソレのおかげで隷属の首輪の件では助かっているので今は考えないようにする。考えたところでわからないものはわからないし。


「水無月の『』というのは、連体助詞である『の』という意味で、だから水『の』月で水無月」

「……文法なんてまともにやったことのない人間には意味不明です」


暗殺術と幻惑術、ハニートラップのための言葉遣い。毒薬を作るためには計算が必須で、計算をするには言葉が読めないと駄目で。

そんな感じで加減乗除と文字の読み書きは問題ないタチバナだが、だからといって文法までは話が別である。

話し言葉を文字に当てはめれば、当然誰もが読める。文法を意識して使うことはない。

誰だってそうだろう、今から話す言葉はどういった文法で表現されていますかと聞かれて、即座に答えられるだろうか。

母国語と言うものは、思考回路に直結しており文法を考えることはない。

そもそも発音さえ違う外国語などなら、文法を覚えねば話せないのだから答えられるだろうが。


「単純に表現するなら、昔の『な』という言葉は今でいう何かを指し示す『の』という言葉と同じだってこと」

「それなら、まぁ、なんとか。とりあえず、ミナヅキというのは水の月とかそういった意味だと思えばいいんですね?で、それがどうしてお菓子の名前になるんですか」

「これまた故郷の風習なんだけどね。日本にも当然宗教はあったっていうか、未だに日本人の根底にあるんだよ」


宗教、と聴いた瞬間タチバナの表情が歪んだ。

リヒトシュタートの狂信者たちやそれを利用して馬鹿をやらかす連中を思い出していたのだろう。

が、日本の宗教観と言うのはかなり独特だ。

無神論者であっても、合格祈願に神頼みをするし新年にはそばを食べるし鏡餅を飾るしおせち料理で酒盛りするし、天皇陛下には無意識レベルで尊敬の念を抱いているし、夏祭りで盆踊りを踊る。

くわえれば、他国の宗教のお祭りでどんちゃんさわぎするし。

結婚式は洋式もしくは神道式で、死ねば仏教で葬式を出す。

何処の国にも、ここまで宗教に寛容なというか無頓着な国は存在しない。

タチバナにそのことを説明してやれば、呆れたような視線を向けられた。


「なんですか、あなたの国は。宗教にまみれている割に無頓着すぎませんか」

「国民性だと思うよ。昔っから、外のものを取り込みまくって自分たちに合わせて改変して馴染ませてきた国だから。宗教戦争も無かったわけじゃないけど、それで一国滅んだとか覚えてる限りじゃないし」

「ますます意味がわかりません」

「ま、とりあえずわたしの故郷の宗教観は特殊なんだよね。で、その馴染みまくった宗教の中でも一大勢力なのが神道。八百万の神々」

「ヤオヨロズ…?」

「数え切れないくらい沢山ってこと。すべてのものに神が宿るっていう考え方だね」

「あぁ、食事前の『いただきます』の言葉もそれに類するものでしたね」

「そ、ごはんにも神様いるから。で、その神道の中の神事のひとつに夏越祓なごしのはらえっていうのがあるんだけど。それがちょうど旧暦六月で、さらにその神事の際に振舞われるお菓子があってね」


それがその神事が行なわれる月にあやかったのだかよくわからないが水無月と呼ばれている。


「言葉の意味も分かりましたし、どういった場合に食されるのかも分かりましたけど…あなたの国は聞くにつれ本当に意味分からないです」

「あはは、一応あの世界じゃ千年以上国家保ってる国だよ。専制君主制だったり民主制だったり統治方法とかは変わってるけど、いわゆる王族の血統がまだ現存してる」

「千年以上もですか!?」

「そ。実権はもうないけどね。そういえば、タチバナとこういう話をするのは初めてだね」

「そういえばそうですね。御伽噺を聞かせてもらってりはしましたけど、国がどうこうというのはあまり聞きませんでした」


リヒトシュタートからの逃走劇のときは御伽噺くらいしか話さなかった。

郷愁に捕らわれそうだったというのが一番の理由だったが、今口にしてみて良く分かった。

故郷は、どうやら遠くなってしまったようだ。

だが、染み込んだあの国の習慣や考え方というのがとても嬉しい。

たとえ帰ることができなくても、繋がっている。

ここに、シキの思考の中に、あの故郷の形がある。

少し歪んでいるだろうし、きっとこれからも変わっていってしまうだろうけれど、でも確かに此処にある。

今更それを感じて、シキは小さく笑った。


「ねぇ、タチバナ。わたしの故郷の話、聞いてくれる?」

「あなたが望むのなら、いくらでも」

「じゃ、まずは水無月を作ってから、それをお茶菓子にして話そう」


寝物語にはきっとちょうどいいだろう。

そして少しづつ話して、受け入れていくのだ。

わずかな希望に縋るのは悪いことじゃない、けれどそろそろ完全に受け入れるべきだろう。


(わたしは、帰れない。ううん、帰らないんだ)


目の前にいるやさしい獣人のために。


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