旅行終了。
葛餅の作り方自体は簡単だ。
くず粉と砂糖、水を混ぜ合わせ、火にかける。
この際、焦がさないように火を調整しながら煮詰めていくと、ある一定の温度に達した瞬間透明になる。
それを好みの固さになるまで練り上げて、火から降ろす。
バットなどに冷めないうちに流しいれ、冷やす。
面倒な場合は鍋ごと冷やしながらスプーンで掬って氷水に放り込んでもいいだろう。
バットや型に流しいれた場合は粗熱をとってからきちんと冷やし、型から抜いたり一口大に切ったりする。
それを器に盛り、黒蜜や蜂蜜、きなこや抹茶などをまぶして出来上がりだ。
が、しかし。
シンプルだからこそ難しい、を地で行く和菓子だったりするのだ、葛餅というのは。
「ぐぬ…焦げた」
「ああ、かたまりません……」
レシピだけでできるわけもないので、見本品をつくりがてら教えるよ。
そう言ったすぐ後に生徒としてやってきたのはウーヴェと、水浅葱の双子の片割れのシオンだった。
予約などをとれるあたり、水浅葱とラクシュミーの仲は良いのだろうと思っていたが、まさかの二人組である。
なんでもシオンは、ユカリとは違って魔術の才能が無い代わりに指先が器用なのでそう言った道に進もうとしているらしい。定休日になるとウーヴェのところに転がり込んで料理を教えてもらっているというのだ。
「ウーヴェさんは火力が強すぎ。ゼラチンとは違いますよー?シオンくんは水が多すぎ。ここらは湿気が多いから少し水を少なめにすると固まりやすいかもね」
悪戦苦闘する二人の横で、シキは二つの葛のお菓子を仕上げていた。
当然一つは葛餅。
そしてもうひとつは、水まんじゅうだ。
あんこを煮るのに本当は一日がかりになるのだが、今回は簡易版ということで色々ずるをしている。
そのため味が少々落ちてしまうが、試作品という扱いなので見逃してもらうつもりである。
「はい、ティエンラン様。こちらが葛餅、こちらが水まんじゅうです」
「ありがとうございます。では、さっそく…」
いきなり黒文字(お菓子用の楊枝)で食べろとか、慣れていない人間には苦痛だと思うので、風情は全くないがフォークを添えている。
最初に葛餅だ。
黒蜜とかは揃えられなかったので、今回は蜂蜜である。
「ふるふる…ぷるぷる…はふ、たまりませんね……」
「そう言っていただけたなら、作ったかいがあります。どうでしょう、依頼の趣旨に合っていると思いますが」
「えぇ、これなら。ただ、高い水準で作れるようになるのにはなかなか苦戦しそうですね」
「そうですね。素材の品質がもろに出ますし、練るのもなかなか大変ですから」
「流動食としてのクズよりも、水分がすくないですものね。繊細な火加減が出来なければ、作ることは難しいでしょう。最初はウーヴェの店から、しばらく経ったらよさげな人材を見繕って覚えさせます」
視線の先には、火の加減を覚えたのか透き通った美しい葛餅を作るウーヴェの姿。
シオンはまだ苦戦しているようだが、及第点には達している。
これだけの短時間でここまでの完成品を作り出すというのは、さすがあれだけ美味しい料理を作る料理人だけある。
菓子作りは料理と違うが、火加減など応用が利く部分も多く存在する。
きっちりとしたレシピと見本があれば、ここまで作れるのだ。
本人の資質とやる気もとうぜん関係しているが。
「では、これで契約完了ということで」
「また様子を見に来るくらいはしますから」
「転移魔法、でしたか。うらやましい限りです」
「面倒なものに巻き込まれやすくはなりますよ、こんな力」
「そうですね。バカな人間はいなくならないものですから」
ギルドの職員に作らせた契約魔術入りの契約書に互いにサインすると、そこでその場はお開きとなる。
今日はラグに帰らねばならない日なので、お土産の確保をしたカレンたちと合流する。
「どうだった?」
「ウーヴェさんがなかなか綺麗な葛餅作ってたから大丈夫だと思う。シオンくんも、多分このまま葛餅づくりの訓練だろうなぁ…」
「あの年であれだけのものが作れるのなら、確実に彼の下への修行入りでしょうね」
「ということは、あの宿は人気になるわね」
何故?と誰もが首を傾げるものの、一瞬にして納得する。
「朝食の質が上がるね」
「下手すれば、夕食も出るようになるかも?」
「むしろ一階を食堂に改装とか」
「あと何年かかると思ってるんですか…」
最後のタチバナのツッコミに、女三人ともが唇を尖らせてブーイングする。
夢がない、と。
「ま、今度この都に来るときがあったら、あそこに泊まろうよ」
「どうせ転移魔法で日帰りになるんじゃないかしら?」
「旅のロマンを味わいたいときは使いません」
そして四人は水浅葱の店主に挨拶をして宿を引き払う。
ユカリやシオンにも挨拶をしていきたかったが、ユカリはお使い中だし、シオンはウーヴェと共に葛餅のレシピ相手に奮闘している。
言付けだけをお願いして、転移魔法をつかっても目立たないように都から出て森へ。
こんな時にさえ、雨はしとしとと降り注いでいる。
「んー、結局トラブル巻き込まれたけど、楽しかったねぇ」
「お土産には何を買ったんですか?二人とも」
「ハイドレインジアの砂糖漬けとか、ジャムとかよ」
「店でも使えるし、やはりこの都市はあの花が一番印象に残っているからな」
「あ、じゃぁ、帰ったらハイドレインジアの砂糖漬けを使ってゼリーでも作るよ」
都市を出てすぐの雑木林。
その中に入り、周囲を確認してシキが魔法を展開する。
小さな発光とともに、四人はその場から姿を消した。