出会い
「はぁ、はぁ、巻いたか!?」
「ダメ、南南西400に三人、東南320に五人!一キロ圏内に少なくとも30!!」
「しつこいな、そんな事ではモテんぞ!?」
「連中にとっては、それよりも私たちのほうがよっぽど魅力的なんでしょ!」
冬の雨降る森の中。
雪をかき分けながら二つの影が息を切らしながら疾走していた。
一人は赤銅色の髪をポニーテールにした女性。年の頃は二十を超えるか、超えないか。瞳は海を思わせる青だ。
もう一人は、見事なプラチナブロンドの髪をそのままに流した、ハーフエルフの少女だ。
二人の格好は所々擦り切れ、ボロボロだ。
赤銅色の髪の女性の握る剣も欠けが目立ち、剣としてまともに機能していないも同然だろう。
ハーフエルフの少女が抱える弓も同じだ。弓自体は無事でも、弦は今にも切れそうで、まして射るための矢が無い状況では役に立つことはない。
二人は追っ手に囲まれぬよう、そして少しでも休息を取るべく目の前の洞窟へと入り込んだ。
足跡は気にしなくていい。
体温と体力を奪うばかりの冬の雨が、足跡を消してくれる。
時間稼ぎにはなるだろう。
「さ、寒い、わね」
「あぁ、まずいな。かなり体温を奪われた。火を熾せればいいんだが…」
「見つけてくださいって言ってるようなものよね、それ」
「まったく、国境付近にも関わらず追ってくるとは…国交問題を考えているのか考えていないのか」
「考えてるんだったらやらないわよこんな事」
互いに身を寄せ合ってどうにか暖を取る。荷物は手に持つ武器以外は無い。
食料も、腰のポーチに入った一食分が最後だ。
冬でなければまだどうにかなっただろうが、この森を抜けて街に辿り着くまで持つかどうか。
そもそも、今夜を越せるかすら危うい。
「ふ、ふふ、いっそ討って出てやろうか…」
「カレン、寒さで頭逝ったのって言ってやりたいとこだけど、そうよね、一矢報いてから散るのもありかしらね」
「フィリーにしては珍しい意見だな」
赤銅色の髪の女性、カレンはまさか自分の意見に彼女が賛成するとは思っていなかったので、驚き見つめる。
だが、ハーフエルフの少女であるフィリーがその意見に賛成したのには意味があった。
ジャリ
追っ手がすぐ側まで来ていたのだ。
どうやら、『犬』まで投入していたらしい。これでは、どこに潜んでも見つかってしまうわけである。
匂いを辿られているのだから。
魔力の『匂い』を辿るこの『犬』には天候など関係ない。
襲い掛かってきたその『犬』を、ほとんどすっからかんと言っていいほど使い果たした魔力をなんとか絞り出して倒すと、洞窟の入り口には今にも襲い掛かってきそうな追っ手たち。
下卑た笑いを浮かべている以上、負ければこの後どんな目に合うかはよくわかっている。
「はは、本当に、やってられんな」
「まったくよ」
カレンはボロボロの剣を、フィリーは短剣を構える。
体調が整っているのなら、そうでなくても武器がまともなものならば、この程度の相手に負けることなどありえない。
だが、着るものもとりあえずな状況での逃亡生活に、間髪入れずに襲いくる追っ手との連戦。
摩耗する武器に精神。
人間、気合だけで乗り切れるのは少しの時間だけだ。
二人はこの戦闘が最後になるだろうと、覚悟を決める。
「ただでは死なんぞ」
「道連れにしてあげるわ」
決死の覚悟で襲いくる追っ手たちと交戦を開始する。
一人目は簡単だった。上段から隙だらけの状態で剣を振り下ろしてきたのでカレンが容赦なく腹を串刺しにした。
その後ろから襲いくる者に呻く男を蹴り飛ばし、ぶつける。
狭い洞窟内だということが正直ありがたかった。一人、もしくは多くても二人同時程度で済む。
が、後方に魔術師が控えているのだろう。一撃で絶命させない限り治癒術で回復される。
ジリ貧か、と上がる息の中カレンは折れた剣をそれでも構える。
その時だった。
「なんだ、知ってる鎧と紋章だったから珍しいと思って見に来てみれば。あんたたちは何をしてるのかな?」
ずがっ、という音を立てて、カレンと追っ手の間に氷の槍が突き立つ。
追っ手たちが、声の主の姿を見た瞬間震え上がった。
「し、四季の、魔女」
現れたのは、豊かな波打つ黒髪と黒い瞳の女性だった。
片手には、どこから集めたのだろうかというほどギッシリと野菜や果物が詰まった籠を持っている。
すべて冬が旬のものなので、雪の下に埋まっていたものを探し出したのだろう。
そして何よりカレンの琴線に引っかかったのは追っ手たちが彼女を指して呼んだ『四季の魔女』という呼称だろう。
フィリーが知っているのか、と視線を向けてくる。
「五年前、魔王クラスの魔獣の討伐のために宮廷魔導士連中が禁忌を犯して無理矢理に異世界から呼び寄せた人間だ」
「なんでそんなトップシークレットみたいな人がこんなところにいるのよ」
「詳しくは知らないんだが、魔獣討伐の後その力を危ぶまれて暗殺されそうになったらしい」
「あぁ、なるほどね。私たちと同じってわけね」
「そういうことになるな」
こそこそとカレンとフィリーが話している間にも、追っ手たちは仕方がなかったんだとか、許してくれだとか、四季の魔女と呼ばれる女性に向かって喚きたてている。
呆れたようにその様子を見つめる彼女が、ふとカレンたちに視線を向けた。
「生きてるー?」
なんとも軽いノリで生存確認をされた。
かろうじで、と返すと、しばらく大丈夫ならもうちょっと待っててと笑顔と共に言われたので素直に頷く。
「あんたたちに事情は聞かない。どうせ上の連中が馬鹿な考えした結果だろうから。ひとまず忠告だよ。ここはあんたたちの国と隣国の境だよ。これ以上この場所で暴れるなら……わかるよね?」
彼女の周りで、雪の結晶が乱舞する。
現れたのは数本の見るからに高純度の氷の杭。それが追っ手たちの足元に高速で突き刺さる。
そう思えば、すでに氷の杭は充填され次弾として空中に待機していた。
真っ青な顔で追っ手たちは頷くと、我先にとその場から逃げだしていった。
「ふん、根性が足りないよ、根性が。とりあえず、お二人さんは大丈夫?」
「あ、あぁ、助かった」
「助かったわ、ありがとう」
完全に気は抜けないが、命の危険は去ったのでカレンもフィリーもぐったりと座り込んだ。
先ほどまで気にも留めなくなっていたが、緊張を緩めたせいで冬の寒さがぶり返す。
それに気が付いたのだろう、四季の魔女が朗らかに誘う。
「詳しいこと聞きたいから、うちに来る?」
温かい飲み物と、服くらいなら貸すよ、と差し伸べてくるその手を、疲れ果てていたカレンとフィリーは拒めなかった。