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お祭り×厄介事

オルタンシアに到着してからすでに三日目である。

つまり、オルタンシアの統治者である『雨姫様』の舞が見られる日でもある。


二日目は、ひたすらにユカリと共に都市を巡り倒した。

ハイドレインジアの咲き乱れるこの都市は、慣れぬととことん移動が億劫だ。

理由としては、ひたすら雨の中を行かねばならないというのが一番に上がる。

おりしも、到着二日目の雨模様は土砂降りだった。

だからといってこの都市の住人はそれが当たり前なので、平然と生活している。

ユカリも、当然そのひとりであった。

雨の中、とりあえずは透けないように何時もの服装の上から、この都市の特産でもある特殊なケープやマントを購入して羽織り、歩き回る。

前夜祭も兼ねているせいか、あらゆるところに出店が出店していた。

ちなみに購入したケープやマントは『水蜘蛛』というハイドレインジア同様この都市のような水だらけの場所でなければ生息できない特殊な魔獣を飼い慣らして生成させたものだ。

水蜘蛛の出す透き通った美しいその糸は、鉱物から採取されるいわゆる水干絵の具や油絵具、鉱物絵の具と呼ばれる染色剤でなければ染めることはできず、染めた途端に透明度は当然失われる。

鉄よりも頑丈な糸なので、切るにも魔力による付与がなされた特殊なハサミが使用される。

魔術との馴染みが以上に良く、また生産性が生物利用のものにしては異常に高いので中級クラスの魔術師に愛用される装備の一つらしい。

お値段はとりあえず店の半月の売り上げが消し飛んだ。

が、シキもまともなローブでもマントでもケープでも手に入れろと口を酸っぱくして言われていたことが過去にあったので、この機会にと諦めて購入した。

魔王クラス魔獣の討伐賞金が無ければスルーしていたことだろう。

そんな感じで、高い買い物をした後にひたすら出店を食べ歩いた。

アユの塩焼きから始まり、ちまきにジャガバタ、ウィンナーに串焼きに何故か漬物。

この湿気だと生ものは速攻でダメになるので、何かしら加熱処理なり塩漬けにして防腐処理を施したものが多かった。

ちなみに一番美味しかったのは、コンソメベースの豆と魚のスープだった。

クラムチャウダーに近い味だった。

シキは家で再現しようと決意を固めている。


そんな二日目を通り過ぎ、三日目の今日。

ユカリの案内で、舞を見る穴場へとやってきている。

場所は中央広場にそのためだけに作られたのだろう舞殿のちょうど真正面の屋根の上。

舞殿は屋根が無いので、上から見れば全体を見られるというのだ。


「おぉー、確かに見晴しいいね」

「特等席じゃないか」

「そうね…」

「これさえなければ、ですが」


が、当然屋根の上なので雨にガッツリ降られる。

斜めでしかも苔むしているので滑りやすいことこの上ない。


「……ねぇ、魔法使っていい?」

「いいわよ、どうせ下から見上げてきたりはしないだろうし、滑り落ちそうな現状の方が問題よ!」

「ええ。俺はともかく、シキとカレンは落ちそうです」

「何故私まで!?落ちるのはシキだけぇぇぇいだだだだ!!」

「本気で落とすよ?」

「シキ様、落ち着いて!」


余分なことを言おうとしたカレンを〆てから、この都市に来て、属性が完全に水になっているので、降り注ぐ水をかき集めて平らな台座を作る。

水の台座だ。が、普通そのまま水ならば乗った途端におっこちるだろう。

そこはシキが魔力で台座の軟度を変えているので問題ない。

座り心地はまるで低反発クッションの上に転がっているかのようだ。

つまり、とてもダメになりそうな心地よさ。

さらに、雨よけの結界もきっちりと張っているのでこれ以上は濡れない。濡れてしまっていた服は当然速攻で乾燥させた。


「はわー、シキ様すごいですねぇ…」

「いいかしら?ユカリちゃん、これは真似できないわよ?魔術師育成学校言っても無理よ?」

「えー、ちょっと水の収束と軟度の調整ができれば…」

「維持にどれだけ魔力使うと思ってるんですかあなたは」


非常識の塊であるからできるんだから、真似しないこと、と言い含められているユカリ。

そんな彼女は、魔術の適性があったのと知識をつけるために来年から魔術師学校への編入が決まっているそうだ。

双子のシオンは魔術の適性はなく、使えても飲み水をすこし出すくらいが限度だろうと言われている。

二人ともちゃんと学校というか寺子屋のような場所には通っているので、基礎的な計算や文字の読み書き、歴史などはできる。

それを聞いたタチバナは、リヒトシュタートの教育に関する考えがどれだけ遅れているかを思い出し、隠れて苦い顔をしていた。


「あ、はじまります!」


水の巨大クッションの上でごろごろしながら出店で買い込んだ串焼きとかをぱくつきつつ、開始時間を待つ。

と、ゴーンという重い鐘の音が一回響き渡る。

どうやら開始の合図らしい。

じゃれあうのをやめて、シキたちは舞殿をじぃっと食い入るように見つめる。


最初は、ハイドレインジアの花束を持った女性が一人。

その格好はベリーダンスのあの格好に近い。

が、頭には修道女を思わせる長いベールを被っているし、腹以外の露出は案外少ない。

衣装も、派手さは無く薄紫一色だ。

後続の少女たちは、最初の女性が持つハイドレインジアの代わりにベルを持っている。

よく見れば、最初の女性の持つハイドレインジアの根元には小さな鈴が連なっていた。


りーん、りぃーん、とベルが鳴り響く。

恐らく、最初の女性が雨姫様なのだろう。

ベルの音に合わせて、ゆっくりとしたステップを踏み、鈴を鳴らしながら舞い踊る。

長いベールが動きに合わせてひらひらと揺れるのが美しい。


「はぁー、綺麗だねぇ」

「雨の中なのに、ひらひらふわふわ…不思議ねぇ」


決して激しい踊りではない。

どちらかといえば、日舞や神楽舞に近い動きだ。

宗教的な意味合いなので、扇情的な動きは無いのだろう。

あの格好とて、露出が高いようで腕もゆったりとした飾りの手甲に覆われているしなによりあのベールが肌を隠す。

宗教的な意味合い、とはいえここの宗教はリヒト教ではない。

この都市の地下深くにあるという地底湖に眠るという竜を祭っている。

彼の竜がいるがゆえに、この土地は腐ることもなく雨が降り続いているのだと言われているのだ。

まして、この都市の周辺の生物はここ以外では生きていけない希少生物が多い。

それらを利用した主産物で都市を潤しているのだから、ここの住人たちにとって雨が止むというのは喜ばしいことではない。

だから、ああやって雨を乞うのだろう。

ベルの和音が鳴り響き、雨姫様がハイドレインジアを捧げるような動きをして、頭を垂れる。

そこで、舞の終了だった。

ベルを持つ少女たちが退出し、そして雨姫様が顔を上げ立ち上がる。

民衆に背を向けて舞殿に一礼してから、また民衆に振り向き、駆け寄ってきた男性から何かを受け取ると話し出す。


「このたびは、このオルタンシアという都市が出来た日を無事に迎えることが出来ましたこと、住人の皆様に、そしていらしてくださっている旅人たちに、感謝します。そして、この都市をお守りくださる水竜アイリスに、深く感謝と変わらぬ信仰を捧げます」


どうやら、演説のようだ。

今年の都市の発展のうんぬんかんぬん。

正直シキたちには関係ない、関係ないのだが……。


「四季の魔女様でございますね?」

「うーわーぁー…」


帰り支度を整えて宿に向かおうとしていたシキたちを、背に羽根を生やした少女と少年が呼び止めた。

思わず、額を抑えて空を見上げてしまう。

彼らの服装には、この都市の騎士たちの紋章が縫い付けられていた。

まごうことなく、これは今舞殿で演説をしている雨姫様の呼び出しだろう。


「あ、あの、そのようにいかにも面倒くさいという態度を取られると、その」

「だって実際面倒だもん。ちなみに、この都市への移住とか雨姫様の配下に、とか絶対お断りだから。無理矢理やってくるなら……」

「聖教国の二の舞、ということです。俺もシキを止めることはしませんからね?」

「一応、その、晩餐への招待と、『異界の菓子』について…らしいので、その…」


休暇中によりにもよって、と一気に不機嫌になったシキとタチバナ、そしてカレンとフィリーに睨まれて、羽根を持つ二人は半泣きになりながらお願いします来てくださいと手紙を差し出してくる。

一応拒否権はあるらしい。が、どうせ宿もばれているのだろうし、そうなると行くまで来てくれコールがあるだろう。

なにより、「雨姫様からのご招待!?すごいなぁ、いいなぁ」と言わんばかりの表情で見上げてくるユカリの視線が痛い。

これを裏切れる人間はいないとは言わないが少ないだろう。


「はいはい、行きますよー。時間はここに書いてあるんだね?」

「は、はい!城の通行許可証にもなっていますし、魔女様以外の方々も是非お越しいただければ!!」

「服装なども、特にお気になさる必要もございません!何しろ、この都市は濡れ鼠になるのが当たり前ですから」


ドレスコードなどつけた場合、ドレスやジャケットの素材を考えないと酷いことになる。

そのため、誰かをパーティなどに招く場合でもドレスコードなどを付けないのが礼儀なのだと、彼らは言う。

とりあえず、手持ちの服の中でも汚れていないもので行けばいいだろう。

そうするといつもの服装になるわけだが。


「「それでは、失礼いたします!!」」


息の合ったコンビネーションで敬礼をして、屋根から飛び去っていく二人。

それを見送って、シキたちはため息を吐いた。

ユカリだけは、訳がわからず首を傾げていた。



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