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水の花の宿の少女

オルタンシア。

周囲を石垣で囲まれ、内部の建物もすべて石材で統一された雨の都。

一日中とは言わないが年がら年中雨が降り、止まない日などないこの都は緑の苔に覆われている。

そしていたるところに見えるのが、『硝子の花』と呼ばれる大量の水を必要とする植物。

この都の名前の由来でもある植物。ハイドレインジア。

いわゆる紫陽花なのだが、普通の紫陽花ではないのは一目瞭然だ。

まず、色は普通の紫陽花ととても似ているのだが、ガラスと形容される名のままに透明だ。

葉から花まで、全体的に透き通っているのだ。

触ると水を固形化したような、不思議な触感になっている。

そしてサイズも普通の紫陽花の三倍ほどの大きさだ。かなり大きい。

それが都中いたるところで咲き誇っているのは、圧巻の一言だ。


「「「………」」」


溢れんばかりに咲き誇るハイドレインジアを見て、四人とも都の入り口の広場で見事に固まっていた。

他にもシキたちと同じように固まっている人間の姿がかなりの数見受けられる。

広場の中でレインコートを着込んでいる者たちだけが見惚れて固まっている。オルタンシアの原住民たちはすでに雨に降られるのが当たり前の環境の為か、傘さえ差さずに歩き回っている。

服装も、透けないように厚手でなおかつ色が鮮やかなものを着込んでおり、ガラスのようなハイドレインジアに透けたり反射したりして、この景色に一役買っていた。


「と、とりあえず。宿を取らないといけないわね」

「そ、そうだね。ギルドの職員さんに聞いたオススメの所行こっか」


最初に正気に返ったのは、フィリーだった。

あまりの景色に、タチバナやカレンは固まったままだ。フィリーにつられて何とか正気に返ったシキが、馬を降りて手綱を引っ張る。

一人で乗れずともこれくらいはできるので、ぼんやりとしたままの二人を引っ張るようにしてその場を移動した。

この都が故郷だというギルド職員のオススメの宿は、この広場から直線に進んで左にある、とのことだった。

名前は『水浅葱みずあさぎ

宿はすぐに分かった。

広場から約200メートルほど先。ハイドレインジアに埋もれるようにその宿はあった。

石造りだというのに、イメージとしてはとても和、つまりこの世界における東大陸の雰囲気が強い宿だった。

だが、決してオルタンシアの風景を邪魔することなく溶け込んでいる。それは、建物全体に絡みつくように咲き誇るハイドレンジアのおかげだろう。

おそらく、店主もそれを見越してこんな風に大量に咲かせているのだろう。


「店主は東大陸の人間っていう話よね?」

「うん、みたいだね。石造りなのに、雰囲気がそうだよね」

「私たちの代表はシキだから、手続きとかお願いしてもいいかしら?」

「おっけーやっとく。馬はギルドに預ければいいんだっけ?」

「それはカレンと私で行ってくるわ。カレンはともかく、タチバナが珍しく役に立たないし、もう夕方だもの、ご飯のオススメも聞いておいてほしいわね」

「美味しいごはんは旅の楽しみだもんね。わかった、それも聞いておくよ」


宿の入り口でいつもの組み合わせで二手に分かれると、シキはぼんやりしたままのタチバナに容赦なく荷物を持たせて、宿へと入った。


「「いらっしゃいませ、ようこそ。ミズアサギへ」」


出迎えてくれたのは年の頃10かそこらの少女と少年だった。

格好で見分けがつくものの、そうでなければ性別が分からないうえ、どちらがどちらだか判別がつかないほどに似ている双子だ。


「部屋を借りたいんだけど、二人部屋が二部屋、もしくは四人部屋でもいいからあるかな?」

「はい!えーと…」


少女の方が勢いよく返事をして、部屋割りの台帳を見る。

手馴れているその様子から、この子たちはこの宿の主人の子供だろうとあたりを付ける。

少年の方が、タチバナから荷物を預かる。さすがに抱えられないのは分かっているのか、小さめの台車を持ってきているところが中々目ざといな、とシキは思う。


「おまたせしました!大丈夫です、二人部屋を二部屋ですね。期間はどれくらいになりますか?」

「四泊かな。いくらになる?」

「一部屋一泊につき10000リラですね。連泊と二部屋ってことでちょっとだけ割引が入りますので二部屋合計78000リラです」

「結構安いね。ご飯はどうなってる?」

「朝食だけの対応になります。一人300リラですね」

「そっか。じゃぁ、朝食つけてもらっていい?」


一人一泊5000リラ。

連泊と二部屋キープでさらに割引。

結構な安さだ。当然、冒険者が利用するような安宿ならばもっと安く済むのだけれど、今回は観光目的で来ているので冒険者相手の安宿の固いベッドより、こういった商人などが使うちょっと良い目の宿のベッドの方がありがたい。

このロビー部分を見るだけでも、内装のセンスの良さは見て取れることだし。


「はい、四名様…でいいんですよね?」

「うん、四人だね。馬を預けに行ってるものだからここにはいないけど」

「はい、大丈夫です!では合計82800リラになります。前払いですが宜しいですか?」


頷けば、少女が後ろを振り向いて大人を呼んだ。

さすがに会計は大人がやらねば問題が出てくるのだろう。

呼ばれたのは穏やかな表情をした男性だった。


「はい、お客様。ありがとうございます。確かにお預かりしました。お部屋のカギになります」

「ありがとう。早速荷物を置きに行きたいんだけど、いいかな?」

「大丈夫ですよ、こちらで運んでおきます。貴重品などはお客様自信での管理をお願いします」


男性が視線を双子の少年に向けると、少年が笑いながら問いかけてきた。


「貴重品はこのお荷物の中にはございませんか?」

「うん、大丈夫。君が運んでおいてくれるの?」

「はい、僕の仕事ですから」


少年が引いている台車に乗せた荷物の中は、衣類や旅に必要な装備だけだ。

一番大切な武器やお金などは常に持ち歩き肌身離さずを実践している。問題はない。

シキの返答に頷いた少年は、ちゃんと手入れの行き届いているおかげか音もさせずに台車を動かし、シキたちにあてがわれた部屋に向かっていった。


「シキ・フォン・フェルンヴェルト……四季の魔女様?」

「へぇ?知ってるんだ」


少女が台帳に書かれた名前を見て、思わずといった様子で呟いた。

聞こえてしまったシキは、ニマリと笑いながら少女を見る。男性は少女へと無言で叱責の視線を送った。

それを、かまわないよと首を振ってとりなして、シキは少女と視線を合わせるようにしゃがみこんだ。


「わたしは確かに、四季の魔女だよ。けれど、人の名前を聞く前にすることがあるよね?」

「は、はわ、すみません!わたしの名前は、ユカリ・ミズアサギと言います!」


客の前で、客の名前やその名声などで客を判断するのは、接客業ではやってはいけないことの一つだ。

悪名名高い人間だった場合はそれをやると自身の身の危険もある。

そうでない人間だった場合でも、不快感を抱く人間もいる。

名前を見て、判断するのは確かにやらなければならない場合もあるだろうが(悪質なクレーマーとかの対処には必要です)今回は違う。

ユカリと名乗った少女はそれにちゃんと気が付いたので特に咎める必要もないとシキは思っているが。


「はい。わたしは四季の魔女、シキです」

「シキ様は、異世界からいらしたとお聞きしています!少しだけ、お話を聞くことはできませんか!?」


握り拳を作って鼻息荒く言い出した内容に、シキは思わず面食らった。

異世界から無理矢理連れてこられたのだから、という理由でむやみやたらと聞いてこないのが周囲の人間だった。が、彼女はそれなりに気が利きそうだというのにあえて聞こうとしてきた。

地雷かもしれないというのに、初対面のしかも魔女に踏み込んできた。

怖いもの知らずというか、なんというか。


「面白いねぇ…」

「シキ、悪い顔になっていますよ」


笑ったシキに、ぽそりとツッコミが入った。

タチバナだ。どうやら見惚れている状態から復活したらしい。

リヒトシュタートから外に出たことが無かったというので、見惚れてしまう気持ちはとてもわかるが。


「こら、ユカリ!」

「あぁ、いいですよ。もう夕刻ですからあとは夕食をどこにしようか、ってくらいでしたから。報酬として、明日から都を巡る際のガイドでもしてくれれば十分です」

「いいのですか?こちらとしては大変もうしわけなく…」


ユカリのその言葉に、本気で慌ててシキに向かって謝り倒そうとする男性。

だが、シキとしても渡りに船だった。

この辺りには全く詳しくないので、道案内が欲しかったのだ。

シキが異世界の話をすることで道案内人が手に入るなら、これに越したことはない。


「かまわないですよ。わたしたちはこの辺りには疎いんで、ガイドが欲しかったんです」

「それなら…ユカリ、わかっているな?」

「はい!シキ様のお話を聞かせてもらう代わりに、案内をすればいいのね!」


頑張りますと言わんばかりに意気込んで、好奇心に瞳をキラキラさせてユカリはシキを見上げてきた。

これは明日からが楽しみだと、苦笑するタチバナと一緒に笑った。




1リラ=1円。

紙幣も貨幣も両方使ってます。


冒険者が利用する安宿なら、一泊食事つきで2000~3000リラくらい。

なりたて冒険者の一日の稼ぎが4000リラ前後なので、安いと言ってもギリギリ。

初級になると安定して6000とか。

カレンやフィリーのような高レベルは一日50000とか余裕で稼ぎます。



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