雨の境界線
かなり短いです。
空クジラの歌を聴いて一晩を明かし、晴天の中を道程の遅れを取り戻すように一気に駆け抜け。
ラグを出発して早三日目の事である。
オルタンシアまであと半日となったあたりで、空が一気に暗くなった。
いや、とある場所を境にきっぱりと空が分かれているというか。
オルタンシアの管理する国境ならぬ都市境にあたる辺りから、オルタンシアに向かう地域のみ雨が降り注いでいるのだ。
夏の豪雨の境目を想像すればわかりやすいだろか。
そんな感じで、一歩入れば雨に降られ、だが進まねばたどり着けない悩ましい状況だった。
「どうしてこーなった」
「話には聞いていましたが、まさかここからこんな有様だとは思いませんでしたね……」
雨境の前に立ち、シキたちは呆然とする。
同じようにオルタンシアに向かうのであろう者たちの殆ども同じ状態だ。
が、慣れているのだろう商人などは防水加工をしっかりとした馬車で次々と雨の中に突入していく。
「行くにはどうしてもこの中を行かなければならないようだな」
「しょうがないわよ。雨具はあるから、半日は我慢しましょう?」
「……魔法で雨弾いちゃだめ?」
「ダメ。目立つもの」
シキが魔法で雨を弾くという方法を呟いたが、速攻で却下された。
普通そんなことにまで魔力は割けない。一時間も雨よけの風の結界など張っていたら、上級クラスの魔術師でもないかぎり魔力切れで倒れるレベルの消費になる。
シキにとっては何の負担もならないレベルのものだが、やらかしたが最後とんでもなく目立つだろう。
それに加えて。
「オルタンシアに近づいてから、シキの魔法が水に寄って来ていないか?」
移動途中、魔獣に何度か遭遇し撃退しているのだが、その際シキの使う魔法が、ラグでアルラウネ退治をした時よりも水に魔法の系統が寄っていたのだ。
だが、シキ曰くまだ風の季節。
「んー、もしかしたらなんだけど。オルタンシアの周辺の磁場っていうか魔力っていうかなんだろ、そんな関係のものが梅雨とかに寄ってるんだと思う」
「で、シキの魔法も釣られて?」
「そう。一年中雨ってわたしの世界にもそれに近い環境の場所はあったから納得してたんだけど、ここまできっぱりと境界線できてるなら、もしかしたら特殊な場所なのかもね」
「調べてみるのも面白いかもしれませんね」
オルタンシアの特殊な環境が、シキの魔法に影響を与えていた。
水で水を防ぐことも可能だが、視界は風に比べて悪くなる。
四人は相談の結果、諦めて半日はずぶ濡れ覚悟で行こう、と決定した。
馬に吊り下げている荷物の中から防水布を出し、荷物をカバーする。そのあと、自分たちも雨よけのレインコートを着込んで馬に乗る。
馬のコートは無い。半日程度では音をあげることはないだろうし、準備もしていなかったので。
「…合成繊維が恋しい…重いよぅ…」
「なんだそれは」
「レインコートなんて、重いものでしょう?」
「わたしの世界だと、軽いものだから。これより高性能だし!」
「…たまにシキの世界の技術力疑うわ」
ポリエステルなどでできている地球のレインコートに比べ、この世界のレインコートは重い。
厚手の布に、水を弾く錬金術で作られた特殊な薬品を染み込ませて定着させたのがこの世界におけるレインコートなのだが、重いのだ。
染み込んだ薬品そのものが硬化して繊維の隙間を埋めるので水を弾くのだが、染み込んだ薬品の重さがそのまま布との重さと相まって、レインコートの重さになっている。
液体状態の薬品よりは軽いのだが、それでも結構な重さになる。
感覚的には、冬の厚手の掛け布団の重さとでもいうべきだろうか。
「はいはい、重かろうと何だろうと今日中には到着したいんですから行きますよ」
タチバナが一向に動く気配のない三人を急かした。
我に返った三人。
それぞれ手綱を握ったり相乗りをしている相手にしがみついたりして、態勢を整える。
ピシっという手綱の音を合図に、四人は目の前の雨の境界線を通り抜け目前まで迫ったオルタンシアに向けての最後の道を進みだした。