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いざ出発

すこしどんよりとした雲行きながらも、雨まだ降っていない。

早朝の少し肌寒い空気を感じながら、シキたちはオルタンシアへ向けて出発しようとしていた。

馬はギルドから借りた。

黒毛の大型種で、元々は軍馬として育てていたものの気性がどちらかといえば穏やかだったり臆病だったりで、戦場等には全く向かなかった馬だ。

が、頑丈さや力強さに至ってはそういう種だけあってなかなかに目を見張るものがある。

このまま処分するよりは、とギルドが輸送用として買い上げた馬だった。

この二頭はとても仲が良く、臆病だが人懐っこく扱いやすい二頭だ。

その二頭の馬に二人乗り用の鞍を乗せ、金具を使って荷物を吊り下げる。

主にそれをやっているのはカレンとタチバナだ。

シキは後ろで店舗兼自宅に結界魔法をかけている。


「ひそやかに さくはいなづま ふれるなかれ ふれなばはじけん 『鳳仙花』つなぎてつむぐはときのこえ ふくはあらはえ じゃをこばみし はしゅのあらし『南風の結界』」


古語で紡ぐ二重の結界だ。

入るには、シキを伴うかギルドに預けた家の鍵が無ければ不可能となっている。

これでは入れるのは宮廷魔術師たちが本気を出した時くらいだろう。

しかも、何か問題があればギルドに置いたベルが鳴るようになっている。

警備体制は万全だ。


「……なんていうか、ありえないわよねぇ」


しみじみとその結界の構築を見ていたフィリーが言った。

フィリーも風の結界ならば張ることはできるが、ここまで高性能なものは無理だ。

というか本当におかしい。

が、いちばんありえないのはそれに慣れ始めてきてしまった自分自身だろう。

これが当たり前の感覚になってしまったら、どうやって他の魔術師と組めというのだろうか。組めない、組む気すら起きない。


「フィリー??」

「何でもないわ。あえていうなら、非常識が常識になり始めてる自分にツッコミいれてるだけよ」

「そう?」


結界の構築が終わったシキが、ぼんやりしているように見えたフィリーに声をかけた。

その後ろでは、馬にテントを含めた荷物をすべて積み終えたのだろうカレンとタチバナが生暖かい視線をよこしていた。

あんたらだって同類だろうが。


「とりあえず、出発しましょ?雨が降ってきたらそこで足止めだもの。せめて中継地点の村あたりで宿を取りたいわ」

「テント持っていくとはいえ、同感。野宿は体がバッキバキになるから嫌なんだよねぇ」


シキの格好も、タチバナの格好も、普段とは全く違う。

シキは何時ものハイウェストロングスカートからスキニータイプのパンツと編上げのロングブーツ。

タチバナも似たような格好だ。ブーツがショートであるだけで。

いわゆる旅装なのだが、冒険者として野山を駆け回っているカレンやフィリーに比べるとどうしても馴染みが無い。

そのためか、サイズを合わせているものの一日が終わるころには少しばかり疲れてしまう。

慣れている服装や靴というのは、実はとても大切なのだ。

そこに慣れない野宿が入れば、疲れは一気に加速する。



「とりあえず、一番体力無いのはシキだから、シキのペースで行こう」

「うぐ…そこは反論できない…ごめんねぇ」

「いざとなれば空でも飛んでください」

「…いいかも」

「駄目だから」


街道のど真ん中で低空飛行。

シキのことだから、きっと洒落と称して箒に乗って飛ぶつもりだろう。

視線が、掃き掃除をしているおばさんの竹箒にいっている。

だが、街道でそんなことされたら馬が驚くより先に周囲の商人や冒険者に笑われてしまうだろう。

魔獣に襲われたりした時のいざというときの離脱手段としては優秀だろうが。


「ま、とりあえず出発しましょ?」

「ですね、門が混んでしまう前に抜けましょう」


四人は頷いて、馬を引きながら都市の正門へと向かう。

門には厳つい顔をした騎士が、無言で佇んでいた。

身分証明である冒険者の登録カードを見せると、一つ頷かれたのでそのまま門の外へ。

足元は整備された石畳。

少し先で三方向に分かれている。

向かうのは南西方向だ。

カレンとフィリー、シキとタチバナに分かれて馬に乗りパカポコとのんきな蹄の音を立てながら進む。

そうして進んでいると、ガラガラと音を立ててラグ方向へ向かう馬車や、眠そうに欠伸をしながら進む冒険者パーティーたちとすれ違う。


「結構人がいるね」

「俺たちよりも早く出発した人たちでしょうね。日が昇ったと同時に野営を切り上げて、動き出したのでしょう」

「あぁ、日が昇り切ってからだと、街道沿いで街に近ければ近いほど混むのが分かっているからな。それに、体を休めたいのだろう」

「慣れていようが、慣れていまいが、野営はだるいってことだね」

「シキはもうちょっと慣れててもいいと思う」

「もう三年弱ラグに居座って動いてないんだから無理」


のんびりと会話を繰り返しながら街道を進む。

が、薄暗かった空がどんよりと黒さを増して重苦しくなっていく。

ラグを出発して約4時間ほど。昼の少し前の時間。

石畳ではなく、人の足によって踏み固められた道のその途中で空を見上げながらシキが言った。


「…なんか、雲行き怪しくない?」

「今日の中継地点の街まではまだありますよ?」

「どうする、フィリー」

「駄目ね、あと一時間もしないで降られるわ。馬には負担をかけるけれど、一気に駆けれるだけ駆けてどこかよさげな場所で雨宿りね」


風から大まかな天気の移り変わりを読んだフィリーが険しい顔で言った。

できるなら、どこか街道途中の小屋とかに辿り着ければいいのだけれど、と思っていたが恐らくそれは無理だろうともわかっている。

馬にまともに乗れないシキは、慌ててタチバナにしがみつく。

途端、四人を乗せた二頭の馬は、ギャロップで街道を駆け出した。

真上の雲の中で、稲光が小さくひらめいていた。



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